Ⅰ 事案の概要
本件は、障がい者支援施設を経営するY法人を定年退職した後、有期労働契約を締結し、Y法人に支援員として再雇用されたXが、正規職員と嘱託職員との待遇の相違(①期末・勤勉手当の不支給、②扶養手当の不支給、③夏季休暇・年末年始休暇の不付与)について、旧労働契約法20条及び短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下では、「パート有期法」といいます。)8条、9条に違反するとして、損害賠償等の支払いを請求した事案です。
Ⅱ 争点
⑴期末・勤勉手当の不支給は、旧労働契約法20条の禁止する不合理な労働条件の相違にあたるか。
⑵期末・勤勉手当の不支給は、パート有期法9条の禁止する差別的取扱いにあたるか。
⑶期末・勤勉手当の不支給は、パート有期法8条の禁止する不合理な待遇の相違にあたるか。
⑷扶養手当の不支給は、旧労働契約法20条の禁止する不合理な労働条件の相違にあたるか。
⑸年末年始・夏季休暇の不付与は、旧労働契約法20条の禁止する不合理な労働条件の相違にあたるか。
なお、⑴ないし⑶の期末・勤勉手当の不支給については、旧労働契約法20条とパート有期法8条・9条に違反するかどうかが争点となっています。これは、もともと旧労働契約法20条において、有期雇用労働者と無期雇用労働者間の不合理な労働条件の相違の禁止が定められていましたが、パート有期法(令和2年4月1日施行、令和3年4月1日より中小企業にも適用)の制定にあたり、旧労働契約法20条が削除され、パート有期法に統合されたという経緯があるためです。Xは、両者の適用期間に応じ、期末・勤勉手当の不支給の違法性を争いました。
Ⅲ 判決のポイント
1 期末・勤勉手当の不支給
⑴ 争点⑴
旧労働契約法20条は、労働条件について、「期間の定めがあることにより」不合理に相違させることを禁止すること(いわゆる「均衡待遇」)を定めています。
裁判所は、同条にいう「期間の定めがあることにより」とは、労働契約の期間の定めによって生じたものであれば足り、期間の定めに関連して生じた相違であれば同条の適用が肯定されるとして、期末・勤勉手当の不支給が正規職員と嘱託職員に適用される就業規則や給与規定中の定めによって生じたものと判断しました。
そのうえで、期末・勤勉手当を支給しないことが不合理かどうかは、①職務内容、②職務内容・配置の変更範囲、③その他の事情(手当の性質、支給目的等)を考慮して判断するとの枠組みを示しました。
裁判所は、①②に関し、施設利用者への日常生活上の支援という業務については「正規職員と嘱託職員との間に実質的な違いがあると認めるに足りる証拠はない」とし、当該業務に伴う責任の程度も「責任者たる担当者とそうでない担当者との役割の違いが格段に大きいものであったとまではいい難」く、「就業規則上、正規職員及び嘱託職員は、いずれも人事異動が予定されている点で変わらない」ため、「職務内容及び変更範囲に関し、中核的業務に本質的な相違はない」としました。一方で、③に関しては、期末・勤勉手当が「就労に対する功労報償としての性格」を有し、「賃金の後払的性格、生活費補填の趣旨も含み得るもの」として、「人材の確保及び定着を目的とし、正規職員の勤務継続に対する奨励等として支給するといった趣旨もあることは否定し難い」ことを指摘しました。さらに、Xが37年余りの長期にわたって正規社員として勤務し、定年後再雇用された者であることにも着目し、(正規職員として勤務した)「その間、賃金面では定年制を前提として年功的処遇を受けてきた者であり」、「定年後再雇用における賃金について、長期勤続を前提とした正規社員の賃金体系を見直すこと、すなわち、嘱託職員の賃金の条件を引き下げること自体に相応の合理性があることは否定し難い」と述べ、結論として「定年後に再雇用された嘱託職員について、定年退職時より賃金条件を引き下げるものの、最も高い基本給であった定年退職時を基準としてその8割の基本給(中堅時代の基本給とほぼ同等)とする制度設計をし、正規職員に対して期末・勤勉手当を支給する一方で、嘱託職員に対してこれを支給しないことは、不合理であると評価することができるものとはいえない」と判断しました。
⑵ 争点⑵
パート有期法9条は、上述の旧労働契約法20条の規定と異なり、「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならないこと(いわゆる「均等待遇」)」を定めています。
裁判所は、「労契法20条にはない「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」との要件が明記されている」ことを指摘し、「パート有期法9条違反と認められるためには、処遇の相違が期間の定めに関連して生じたものであるというだけでは足りず、処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要するものというべきである」と示しました。
そのうえで、「定年後再雇用の嘱託職員と正規職員との期末・勤勉手当に係る処遇の相違の理由は、定年前に正規職員として長期雇用と年功的処遇を前提とした賃金の支給を受けたことや退職金の支給を受けたことなど、嘱託職員以外の臨時職員にはない事情を考慮したものといわざるを得ない」ため、「期末・勤勉手当の支給がされない扱いとされていることは、原告が定年後再雇用の嘱託職員であることを理由としたものであって、有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いに該当するものとは認められない」と判断しました。
⑶ 争点⑶
パート有期法8条は、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間で不合理に待遇を相違させることを禁止する旨定めています。同条は、旧労働契約法20条の内容を明確化したものですので、裁判所は、争点⑴で示した判断枠組みに基づき、同様の理由で、期末・勤勉手当を支給しないことは不合理であるとはいえないと判断しました。
2 扶養手当の不支給(争点⑷)
裁判所は、争点⑴で示した判断枠組みに基づき、①②に関しては争点⑴と同様の事情を考慮し、③その他の事情として、扶養手当が「労働者に対する福利厚生ないし生活保障の趣旨で支給され、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じ、継続的な雇用を確保する目的を有するもの」であるため、扶養手当を支給しないことが不合理とはいえないと判断しました。
3 年末年始・夏季休暇の不付与(争点⑸)
裁判所は、争点⑴で示した判断枠組みに基づき、①②に関しては、争点⑴と同様の事情を考慮し、③その他の事情として、年末年始・夏季休暇が「労働から離れる機会を与えることにより、労働者が心身の回復を図る目的とともに、年越し行事や祖先を祀るお盆の行事等に合わせて帰省するなどの国民的な習慣や意識などを背景に、多くの労働者が休日として過ごす時期であることを考慮して付与されるものである」ことを指摘し、このような休暇の趣旨は、嘱託職員にも等しく当てはまるものであることから、嘱託職員に対し一切年末年始・夏季休暇を付与しないことは不合理というべきと判断しました。
Ⅳ 本事例から見る実務における留意事項
旧労働契約法20条及びパート有期法8条の労働条件の相違の不合理性が争われた裁判例がいくつか現れていますが、その中でも、本件は、定年後に再雇用された有期雇用労働者の待遇について、一事例を加えた裁判例といえます。また、均等待遇を定めたパート有期法9条の適用について判断した事例はまだ少なく、今後の判断への影響も考えられるところです。
なお、本判決は、X側が控訴しましたが、東京高裁令和5年10月11日判決において、控訴が棄却され主な理由付けも維持されています。
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