単独では心理的負荷「強」の出来事は認められないが、総合的には「強」として業務起因性が肯定された例(国・和歌山労基署長事件)~和歌山地裁令和3年4月23日判決~ニューズレター2024.8.vol.152

Ⅰ 事案の概要

本件は、幼稚園に勤務する原告が、経験年数を上回る同僚A教諭を差し置いて副主任に出世したこと等から、職場でいじめ、嫌がらせ、無視等を受けたため、PTSDを発症し、休職を余儀なくされたとして、労災保険法に基づく休業補償給付の支払請求をしたが、不支給処分となったことから、同処分は違法であるとして、その取り消しを求める訴訟を提起した事案です。

Ⅱ 争点

本件の争点は、原告の精神障害の発病に業務起因性が認められるか否かです。

Ⅲ 判決のポイント

1 精神障害の業務起因性の判断枠組みについて

精神障害の労災認定要件として、厚生労働省は、①認定基準となる精神障害を発病していること、②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないことの3つを掲げており、裁判所では、この要件の内容を十分に斟酌した上で、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するとされています。

特に、②の業務による強い心理的負荷が認められるかどうかについて、「特別な出来事」に該当する出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」とし、特別な出来事がない場合には、出来事と出来事後の状況の全体を検討して総合評価を行い、心理的負荷の強度を「強」「中」「弱」と評価します。出来事が複数ある場合の評価については、㋐複数の出来事が関連して生じた場合には、その全体を一つの出来事として評価し、原則として最初の出来事を具体的出来事として評価する一方、㋑関連しない出来事が複数生じた場合には、各出来事と発病との時間的な近接の程度、継続期間、内容、数等を照らして、総合的に考慮し、「強」+「中」または「弱」であれば「強」、「中」+「中」であれば「強」または「中」と評価されます。

そして、「強」と認められた場合に、労災と認定されることになります。

2 具体的な業務起因性の認定について

本件では、原告は、12個の出来事を主張していました。具体的には、①教頭と教務主任の板挟みになったこと、②自分が泣いたことを教頭に告げ口したのは原告であると原告が感じるようなA教諭の発言があったこと、③悪口や嫌みを言われ、無視されたこと、④A教諭らが研修会を欠席したこと等、⑤原告にリーダー会議の連絡がなかったこと等、⑥A教諭が原告に対して、「二枚舌の人である、信頼できる上司ではない。」等と述べたこと、⑦教務主任は、原告に対し、とぼけたり両方にいい顔をしたりすることに問題があるという趣旨の発言等をしたこと、⑧入園金の1万円が一時的に見つからなかったことが原告に知らされなかったこと、⑨教務主任から給茶機からお茶が漏れているにもかかわらず対処しなかったことについて厳しい指導を受けたこと、⑩原告とA教諭がひよこ組の共同担任になったこと等、⑪教務主任から教頭への相談、報告等を禁止されたこと、⑫教務主任が、原告に対し、「職員室ではなく、保育室で他の教諭と食事をした方がよい。」と述べたこと、です。

まず、原告の①から⑫の主張について、裁判所は、特別な出来事にあたる出来事は認められないと判断しました。次に、①から⑫の個別の出来事としての心理的負荷について、①その他の出来事の基礎事情、②「弱」、③「弱」、④「中」、⑤「弱」、⑥「中」、⑦「弱」、⑧「弱」、⑨「中」、⑩「中」、⑪「弱」、⑫「弱」という評価をした上で、単独で「強」にあたる出来事はないという判断をしました。そして、原告が副主任になったのは、本件幼稚園において経験年数を上回るA教諭を差し置いての昇格であったことに加え、上司に当たる教頭と教務主任との間にも浅からぬ感情的な対立が存在しており、就任直後から、困難な人間関係の中に置かれていた中で、本件各出来事はいずれも共通の人間関係を基礎とする中で連続して起きたものとして、発病前6か月を超える出来事も含めて総合的に評価するのが相当であるとした上で、その中でも、④は、4か月続いた問題であり、単独で心理的負荷の強度が「強」であるとまではいえないものの、上記の職場環境、関係者間の軋轢その他の状況に照らすと、それに近いものがあったといえることに加えて、⑦は④と一体のもの、また、③及び⑥は④と一連の出来事として評価することが可能であり、全体として心理的負担を増大させる要素とみることができます。その後の⑨、⑪及び⑫は個々に評価すれば必ずしも客観的に心理的負荷の大きいものであるとはいえませんが、それまでのA教諭及び教務主任との対立関係やストレスを原因とする胃潰瘍により体調不良の状態にあった中で、心理的負荷を更に増大させる要因になったとみることができ、そのような中、⑩は、原告とA教諭及び教務主任との関係に照らし、原告にとって相当の心理的負荷を与える出来事であったものと認められ、単に原告の個人的な受け止め方の問題であるとはいえず、これらを総合的に評価すると、発病直前に原告に生じていた心理的負荷の強度は「強」であったというべきであるという判断をしました。

結論として、本件処分は取り消され、労災として認定されました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

精神障害の発病の業務起因性について、業務による強い心理的負荷が要件となっていますが、具体的な判断基準としてⅢの1で記載した厚生労働省の基準が重要となります。

発病の原因と考えられる個別の出来事の評価が、例え「弱」であったとしても、裁判所が、共通の人間関係を基礎とする中で連続して起きたものとして、発病前6か月を超える出来事も含めて総合的に評価すること、原因となる出来事が複数ある場合には、それらを一連の出来事として評価することは十分にあり得ることですし、個別の出来事の評価によらず、全体として発病直前に原告に生じていた心理的負荷の強度は「強」であったという認定をすることは十分に考えられます。

本判決は、個別の出来事を一連一体のものとして、全体で「強」という判断をしていることから、精神障害の発病の業務起因性が認められるハードルは今後下がっていくことが予想されるところです。

そのため、個別の出来事の評価が「弱」であっても、全体として「強」として認定され、労災が認定されることにより、使用者が安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求される可能性に留意する必要があります。

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