Ⅰ 事案の概要
本件は、被告国立大学法人愛知教育大学(以下、「Y法人」といいます。)に教授として雇用されている原告(以下、「X」といいます。)が、学生に対する複数のハラスメント行為を理由にY法人から為された停職6週の懲戒処分(以下、「本件処分」といいます。)が無効であると主張して、Y法人に対し、本件処分が無効であることの確認、停職期間中の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払い、違法な本件処分によって精神的苦痛を被ったとして慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
Ⅱ 争点
本件では、①本件処分が有効であるか(以下、「争点①」といいます。)、②本件処分が不法行為に該当するか(以下、「争点②」といいます。)の2点が争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
(1)ハラスメント該当性
判決では、争点判断の前提事実として、Xの各行為がハラスメントに該当するかについて検討を行っています。問題となった各行為は以下のとおりです。
- Xが学生に対して、発音が間違っていることを理由として100円の罰金を要求した行為(以下、「①行為」といいます。)ただし、実際に100円を支払ってはいない。
- 平成29年5月22日及び平成30年5月8日に、Xが学生を「来んな、ぼけぇ!腹立つやつなあ、お前は」などと強く怒鳴ったり、「お前なんでさ、人が言ったらそんな不貞腐れたみたいな顔するんだよ」などと言いながら約35分にわたって態度が失礼であることを強い口調で感情的に詰るなどした行為(以下、「②行為」といいます。)
- Xが、特定の学生の大学院入学試験の英語の点数が受験生のなかで一番低かったと、本人及び他の学生らの前で話した行為(以下、「③行為」といいます。)
- Xが、学生に対し、発音が間違っていることを理由に、洋菓子の購入を要求した行為(以下、「④行為」といいます。)ただし、実際に洋菓子の購入には至っていない。
- Xが、講義中に、特定の学生が適応障害で休学に至った理由について、E事業団への就職や公務員試験に失敗したためであると他の学生に話した行為(以下、「⑤行為」といいます。)
判決では、①行為及び④行為について、適切とはいいがたいとしながらも、ハラスメント該当性については否定しました。
他方、②行為については、教授として学生に指導を行いあるいはその反省を促すというものを超えた過剰な言動である、指導の範囲を超えた感情的なものであって単に自らの権威ないし優越的地位の承認を強要するに近い、としてハラスメントに該当すると判示されました。
③行為については、学生本人の許可なく公表する必要性はなく、軽率かつ不適切な言動により学生の修学上の環境を害したものとして、ハラスメントに該当すると判示されました。
⑤行為については、学生の立場に立てば、休学に至るほどの精神状態に至った原因が高度のプライバシー情報であることは明らかであり、他方で教員であるXがこれを推測の上、他の学生に話すなどという行為の必要性を認めることは不可能であるとして、ハラスメントに該当すると判示されました。
(2)争点①について
前提として、Y法人の懲戒規程及びハラスメント防止規程には、教職員を懲戒する場合に、教育研究に係る事項については、教授会の議を経ることを要する旨が規定されていました。そして、本件処分は、懲戒規程が要求する教授会の議を経ることなく決定されました。
この点について、判決では、Y法人の各規程が、教職員を懲戒する場合に教育研究に係る事項について教授会の議を経ることを要求した趣旨を、学校教育法が必置としている重要な機関である教授会の構成員に当該懲戒処分について意見を述べる機会を保障し、その意見をY法人が懲戒処分を行うか否かについての判断材料とすることにあるものと解される、と認定しました。そのうえで、Y法人は、この手続きを経ることをせず、重要な機関である教授会から意見を述べる機会を奪い、その意見を判断材料としないままに本件処分を行っているのであるから、教授会の議を経ることなくされた本件処分には、手続き上の重大な瑕疵があるとし、本件処分は手続き上の重大な瑕疵により無効であると判示しました。
なお、Y法人は、教育研究に係る事項とは、教授会が教育研究について有する専門性を前提とする事項であるから、本件のように一般人を基準としても違法・不当を判断できるハラスメントについては、その判断のために専門性を要しないこと、また、文部科学省高等教育局の見解を踏まえて、本件処分が教育研究に係る事項に該当しないことから、教授会が不要である旨主張していました。この点について判決では、Y法人のハラスメント防止規程では、ハラスメントを理由とする懲戒処分の場合に教授会の議を経ることを要求しており、文部科学省高等教育局の見解は各大学の内部規則のあるべき解釈について述べたものではないことを理由に、Y法人の主張を認めませんでした。
また、Y法人は、本件処分後に行われた教授会で本件処分について報告したことによって、手続的瑕疵が治癒されたと主張しました。この点について判例では、手続き上の瑕疵の懸念があることを示すこともなく、漫然と出席者の意見を聴取しようとしたにとどまるから、手続き上の瑕疵を治癒するに足る実質的な審議が行われたと評価することはできないとして、Y法人の主張を認めませんでした。
さらに、Y法人は、被害者である学生の心情への配慮が必要である等を理由に、本件処分について教授会の議を経る必要はないことを主張しましたが、判決では認められませんでした。
以上のとおり、争点①について、判決では、本件処分は無効であると判示されました。
(3)争点②について
判決では、以下のとおり、本件処分は不法行為には該当しないと判示しました。
判決では、本件処分が手続き上の重大な瑕疵により無効であるものの、Y法人において本件処分に先だって、本件処分を行うには教授会の議を経ることが必要であることを明確に認識していたにもかかわらず、教授会における審議を免れる何らかの意図をもって本件処分を強行したなどという事実は認められないと判断しました。また、教授会の専門性や被害者である学生の心情に配慮したものであり、何ら見るべき理由のないものであるとまではいえないと判示しました。さらに、②行為、③及び⑤は、学生に対するハラスメント行為であり、①及び④は教育指導として適切さを欠く部分があることからY法人がこれを問題視することは無理からぬことであり、Y法人が①行為ないし⑤を厳しく評価したこと自体には合理性が無いとは言えないとし、本件処分は不法行為には該当しないと判断しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本件は、学生に対するハラスメントを理由とする大学教員への懲戒処分の有効性が争点となった事案です。本判決では、教員のハラスメント行為が複数認定されたものの、重要な機関である教授会の議を経ていないという手続き上の瑕疵が重大であることを理由に、6週の停職処分が無効であると判断されました。実務上、懲戒処分を出す場合には、適正手続きが重要であることを改めて認識させられる裁判例であるものと考えられます。
その他、懲戒処分が無効であると判断されたものとして、就業規則所定の懲戒委員会の不開催及びこれに代替する措置が講じられなかったとして懲戒処分が無効とされた事案(東京地判平8.7.26労判699号22頁)、懲戒委員会にて事実関係の存否や懲戒処分の内容選択について実質的に審議されなかったことを理由に懲戒解雇が無効であると判断された事案(東京地判平23.1.21労判1023号22頁)等があります。
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