Ⅰ.労働基準法第37 条1 項とみなし割増賃金制
労働基準法(以下、「労基法」といいます。)第37条1項は、原則として1日8時間、週40時間を超える時間外、深夜、法定休日労働について割増賃金を支払うことを定めています。平成22年4月には、長時間労働の抑制を趣旨とする改正労基法が施行され、1か月60時間を超える時間外労働については、割増率がそれまでの25%から50%に引き上げられました(ただし、中小企業については、当分の間適用が猶予されます。)。
一方、変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制といった変則的な労働時間制も法律上認められていますが、要件、手続等が法令により厳格に定められており、使い勝手が良いとはいえません。
そのため、名目のいかんにかかわらず、一定の割増賃金相当のみなし割増賃金が支払われている場合、当該みなし割増賃金でカバーされる範囲内の時間外・休日・深夜労働については割増賃金を支払わないという「みなし割増賃金制(定額残業代制ともいいます。)」は、企業にとって、労働時間規制の多様化、柔軟化の必要に対応する現実的な手段であるといえ、しばしば採用されています。しかし、みなし割増賃金制は、使用者と労働者が、時間外手当の支払いについて、労基法第37条1項と異なる合意をした場合であり、その有効性については、裁判上厳格に解釈されています。
Ⅱ.みなし割増賃金制が認められず、時間外労働に対する時間外手当の支払いが命じられた近時の最高裁判決
i.
昨今、派遣会社において派遣社員として就労した労働者との雇用契約において、月額基本給を41万円と定めた上で、月間総労働時間が180時間超の場合は1時間あたり2560円の時間外手当を支払い、月間総労働時間が140時間未満の場合は1時間あたり2920円を基本給から控除するとの約定(以下「本件約定」といいます。)がされていたケースについて、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、基本給とは別に、労基法第37条1項の規定する割増賃金の支払を命じる最高裁判決が出されました(最高裁 平成24年3月8日)。
ii.
原審(東京高裁平成21年3月25日判決)は、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求は認容しましたが、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求については、①本件約定はそれなりの合理性を有し、基本給月額41万円には月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれているということができ、②労働者の雇用契約に至る意思決定過程についてみても、有利な給与設定であるという合理的な代償措置があることを認識した上で、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を自由意思により放棄したものとみることができるとして棄却しました。
iii.
上記原審に対し、最高裁は、本件において、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、会社は労働者に対し、基本給とは別に労基法第37条1項の割増賃金を支払う義務を負うとの判断を示しました。
最高裁は、本件約定では、月間180時間以内で時間外労働がされても基本給自体の金額は増額されないこと、月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労基法第37条1項の時間外割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、月によって勤務すべき日数が異なること等により大きく変動しうるものであるため、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを区別することはできないことから、月額41万円の基本給の支払いを受けたとしても、その支払いによって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労基法第37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできない旨判示しました。
また、労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、その旨の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないところ、本件の雇用契約締結当時又はその後に労働者が時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す特段の事情はうかがわれないこと、労働者の毎月の時間外労働時間は相当大きく変動しうるのであり、労働者がその時間数をあらかじめ予測することが容易ではないことから、労働者において月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したとすることはできない旨判示しました。
Ⅲ.Ⅱの判例を踏まえたみなし割増賃金制の留意点
上記判例は、使用者と労働者が、時間外手当の支払いについて、労基法第37条1項と異なる合意をした場合について、近時の裁判例の流れに沿って、厳格な判断を示したものといえます。今後、企業においてみなし割増賃金制を導入していくに当たっては、通常の賃金に当たる部分と割増賃金に相当する部分が、契約締結時のみならず、支給時における支給金額においても明確に区別されていることが必要であると考えられます。また、みなし割増分を超えて残業が行われた場合には、当然別途上乗せして残業手当を支払う旨もあらかじめ明らかにしておいたほうがよいと考えられます。
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