Ⅰ 事案の概要
Xは、平成11年6月に日商簿記1級に合格し、以来8年半にわたり事業会社や税理士事務所等において記帳・経理業務に携わった経歴を有することから、Y社(日本国内における外国企業の事業所の記帳・経理業務の代行を業とする会社)より記帳・会計処理に関する相応の知識・経験を有する者と評価され、平成20年9月に記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタントとしてY社に雇用されました。
しかし、Xは、月次決算結果を所定の期限までに提出しない、会計処理を誤る、原資料を適切に管理せず、顧客からの問い合わせに対し適切に回答しないなど職務懈怠を繰り返したため、職務遂行の適格性を欠いていることなどを理由として平成24年3月31日をもってY社より解雇されました(以下、「本件解雇」といいます。)。
Xは、Y社に対し、本件解雇は無効でありXが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と平成24年4月1日以降の賃金などを請求するとともに、本件解雇がXに対する不法行為にあたり、あるいは、Y社が労働環境を整備する注意義務に違反したとして損害賠償請求を求める民事訴訟を提起しました。
これに対し、Y社は、Xは経理等に関する能力に期待されて、経理業務に特化した専門職員としてY社に雇用されたにもかかわらず、職責を全うできないばかりか、Y社に多大な損害を与えかねないようなミスを繰り返したものであり、Y社就業規則の解雇事由(「特定の地位、職種または一定の能力を条件として雇い入れられた者で、その能力、適格性が欠けると認められるとき」など)に該当するうえ、Xに対し退職勧奨を行ったが、Xがこれに応じなかったためにやむなく解雇していることから、本件解雇が有効であること、本件解雇は有効であり不法行為に該当しないこと、Y社にはXが業務の過負担等により健康を害しないよう労務環境を整備する注意義務の違反がないと反論しました。
Ⅱ 争点
本裁判では、以下の4点が主要な争点となりました。
- 1. 本件解雇は有効か
- 2. 本件解雇が原告に対する不法行為にあたるか
- 3. Y社が労働環境を整備する注意義務に違反しXが過負担業務の継続を強いられたか
- 4. 慰謝料額
Ⅲ 東京地裁平成26年1月30日判決の判断
争点1に対する判断
(1)Xの職務懈怠がY社就業規則の解雇事由に該当すること
Xは、記帳・会計処理に関する相応の知識・経験を有する者と評価され、記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタントとしてY社に雇用されたものであったにもかかわらず、その職務を怠り月次決算結果を所定の期限までに提出せず、会計処理を誤り、原資料を適切に管理せず、顧客からの問い合わせに対して適切に回答をせず、Y社から職務懈怠が明らかになる都度、注意・指導をされながら、職務遂行状況に改善がみられなかったことから、Xは結局のところ、Y社における職務を遂行し得るに足る能力を十分に有しておらずY社就業規則の解雇事由に該当する旨を判示しました(解雇事由の存在)。
(2)本件解雇が有効であること
Y社は平成24年2月にXの解雇を検討したが、直ちにXを解雇せずに退職勧奨したうえXからの要望を受けて一定期間引き続き在籍させ、しかもその期間の勤務を免除する取扱いをするなどして円満な合意退職を実現しようとしており、さらにXの職務遂行の状況やY社の注意・指導の状況等を併せ考えれば、本件解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる旨を判示しました(解雇の相当性)。
(3)予告を欠く解雇も直ちに無効とならないこと
また、Y社が解雇予告期間をおかず、また、解雇予告手当の支払いをしないでXを解雇した点につき、このことから解雇の効力が否定されるわけではなく解雇通知後30日の期間を経過するか又は解雇予告手当の支払いをしたときに解雇の効力を生ずると判断し、本件解雇の効力は平成24年4月30日に発生した旨を判示しました(即時解雇等の有効性)。
争点2に対する判断
本件解雇は有効であり、Xに対する不法行為を構成しないため、Xの慰謝料請求は慰謝料額(争点4)について判断するまでもなく理由がない旨を判示しました。
争点3に対する判断
Y社におけるXの業務量が過重なものであったとは認めらず、Y社が労働環境を整備する注意義務に違反しXが過負担業務の継続を強いられたものと認めることはできないため、Xの慰謝料請求は慰謝料額(争点4)について判断するまでもなく理由がない旨を判示しました。
Ⅳ 本裁判例にみる実務における留意事項
本件では、Xが記帳・会計処理に関する相応の知識・経験を有するものと評価・期待され専門職(記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタント)としてY社に雇用されていた点が解雇の有効性を判断するうえで重要なポイントであったと考えられます。
一般的に、職種や職務内容などを特定しないで雇用された労働者を能力や適格性を欠くことを理由に解雇する場合には、当該労働者への教育や指導を実施するなど能力の向上を図るための十分な配慮が尽くされることが必要とされ、そのような配慮を尽くさないまま行われた解雇は解雇権の濫用として無効とされる傾向がみられます。
一方、本件のように職務内容を特定し専門職として雇用された場合(日本ストレージ・テクノロジー事件:東京地判平成18年3月14日労経速1934号12頁、日本エマソン事件:東京地判平成11年12月15日労判789号81頁)や上級幹部職員として雇用された場合(フォード自動車事件:東京高判昭和59年3月30日労判437号41頁)には、職務内容との関係で一定の能力や適格性が備わっていると評価・期待されて雇用されるため、期待された能力や適格性の欠如が明らかとなった場合には、解雇の有効性が認められやすい傾向がみられます。
また、本件ではY社がXの解雇を検討したものの直ちに解雇せず、円満な合意退職のための手段も講じたものの合意退職に至らなかったという事情は本件解雇を行う必要性を高める事情となったと思われますので、退職勧奨など解雇以外の手段を検討したかどうかも解雇の有効性を判断する際には重要なポイントとなると考えられます。
なお、解雇予告期間をおかず、また、解雇予告手当を支払わずにした解雇も直ちに無効とはならず解雇通知後30日を経過するか解雇予告手当の支払いがされたときに解雇の効力が生じるとされている点(最高裁判例)は、解雇された労働者などから指摘を受けた場合などに備え、押さえておくべき重要なポイントといえるでしょう。
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