私生活上の非違行為を理由とした諭旨解雇処分の有効性~東京地裁平成27年12月25日判決~ニューズレター 2016.9.vol.57

Ⅰ 事案の概要

本件は、鉄道会社であるY社に雇用されていたXが、通勤電車内で痴漢行為(本件行為)をしたとして逮捕され、罰金20万円の略式命令を受けたところ、Y社は、Xの行為が、Y社およびY社の社員に対する社会的信用を失墜させ、Y社の名誉を著しく損ない、Y社の社員としての体面を汚すものであることを理由に諭旨解雇処分(以下、「本件処分」といいます。)としたため、Xが本件処分の無効と賃金の支払いを求めて訴えを起こしたものです。

Ⅱ  判決のポイント

1.

本裁判例においては、①本件行為が懲戒の対象となり得る行為か、②懲戒対象となり得るとして本件処分が相当性を有する処分といえるものか、について判断をしています。

2. 事実認定

本件行為は、Xが、A駅からB駅に至るまで5、6分間、電車内において、当時14歳の被害女性の右臀部付近等を着衣の上から左手で触るなどしたというものです。Xは、同日、警察に逮捕され、取調べにおいて本件行為を行ったことを認める旨の供述をしました。

その後、Xは釈放され、平成25年12月14日、上司と面談したところ、警察では早く解放されたい一心で本件行為を行ったとの供述をしましたが、一方で、早期解決を図るべく弁護人に依頼の上、本件行為を争わずに示談交渉を進めることにしました。しかし、示談は成立せず、平成26年2月20日、Xは本件行為について上記罰金を受けました。

平成26年4月25日、懲戒委員会が開催され、Xの本件行為に関し、Xを諭旨解雇処分にすることが決定されました。Xは、懲戒委員会に付託された等の事実を知らされておらず、3月17日に懲戒委員会に付託する旨の書面が提出されて以降、本件行為に係る弁明の機会を与えられていませんでした。 なお、Xは本件処分以前に懲戒処分を受けたことはなく、勤務態度にも問題はありませんでした。

3. 懲戒の対象とすることの適否

本裁判例は、まず、「従業員の私生活上の非行であっても、会社の企業秩序に直接の関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすと客観的に認められるものについては、企業秩序維持のための懲戒の対象となり得る」と判示しています。

そのうえで、Y社は他の鉄道会社と同様、痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っており、また、Xは、本件行為当時、Y社の駅係員として勤務していたということから、本件行為は、Y社の企業秩序に直接の関連を有するものであり、かつ、被告の社会的評価の毀損をもたらすものというべきであると判示し、本件行為は懲戒の対象となり得ると結論付けています。

4. 本件処分の相当性

Xに対する懲戒として諭旨解雇処分という本件処分が相当であるのかについて、本裁判例は、本件行為に対する刑罰が罰金20万円の支払にとどまるものであり、実際の行為態様としても処罰根拠法規が定める6ヵ月以下の懲役または50万円以下の罰金という法定刑をも併せ考えれば、処罰対象となり得る行為の中でも、悪質性の比較的低い行為であるとし、マスコミによる報道やその他本件行為が社会的に周知されることはなく、本件行為に関し、Y社が社外から苦情を受けるといった事情もないことから、本件行為がY社の企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は、大きなものではなかったことから、Y社の痴漢行為撲滅に向けた取組みや、Xが駅係員として当時勤務していたことを考慮しても、なお、諭旨解雇という本件処分は重きに失するとしています。

Y社は、同種事例との関係で公平性に反するところはないと主張しましたが、裁判所は、Y社が本件行為のような痴漢行為をしたY社の従業員に対する懲戒処分を決定するに際しては、当該従業員が痴漢行為について起訴(略式命令を求める場合を含む。)されたかどうかだけを基準とし、当該痴漢行為の具体的態様や悪質性、当該従業員の地位、隠ぺい工作の有無、日ごろの勤務態度について考慮対象としていないことを、懲戒処分を決定する方法として不合理にすぎると判示しています。

さらに、Xが本件行為に関しての懲戒手続について、具体的に手続が進行していることを知らされず、弁明の機会が与えられなかったことに対して、本件処分に至る手続に不適切ないし不十分な点があったとし、本件行為が諭旨解雇処分とするに十分な事実であるとまではいい難いことを合わせ考えれば、手続の相当性には看過し難い疑義があるものと指摘しています。

5. 結論

本裁判例は、以上のように述べ、Xの本件行為が懲戒の対象となり得ることは認めましたが、諭旨解雇処分という本件処分は重きに失し、本件処分の手続の相当性にも看過し難い疑義が残ることから、懲戒権を濫用したものとして本件処分は無効であると結論付けています。なお、Y社は不服として控訴しています。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

労働者の私生活上の非違行為に対する懲戒処分の可否については、裁判例においても、一方において会社の懲戒権が労働者の私生活上の非違行為についても及び得ることを認めながら、他方において、その範囲と程度を限定する傾向にあります。

痴漢行為を行った労働者に対する懲戒解雇については、懲戒解雇を肯定した東京高判平15.12.11労判867号5頁(鉄道会社従業員の事例)、懲戒免職を否定した東京高判平25.4.11判時2206号131頁(教育公務員の事例)があり、判断が分かれていますが、痴漢行為そのものだけではなく、日頃の勤務態度や過去の処分歴についても検討がなされているところは本裁判例と変わりません。

本裁判例におきましても、Y社が、痴漢撲滅活動をしていたことや、その中でXが痴漢行為を理由として起訴されたことに重きを置く余り、他の事由を特段考慮することなく、諭旨解雇処分という重大な処分を選択したことが、処分の相当性を欠くと判断された根拠となっており、Xが過去にも同様の行為に及んだことはあるか、それらについて隠ぺい工作をしていたことはあるか、日頃の勤務態度に問題はなかったかという点などについて考慮を欠いている点に問題がありました。

合わせて、諭旨解雇処分という重大な処分をするにあたって、弁明の機会の付与といった手続保障がなされていなかった点にも問題があります。 実務上、従業員が私生活において犯罪をした場合、単に犯罪をしたという点のみに着目して解雇という処分を選択するべきではなく、犯罪の性質や他に解雇とするに足る事情があるのかを検討し、処分を選択する必要があります。

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