Ⅰ 事案の概要
1 Xは、平成23年6月頃、自動車部品の研究、開発、修理等を目的とするY社との間で、期間の定めのない雇用契約を締結しました。
Xが自動車業界において29年間の勤務経験を有すること等に着目して、即戦力としての手腕が期待され雇用契約に至ったものであり、Xの給与は基本給54万7059円及び住宅手当1万6100円との約定で、XはA事務所のマネージャーとして勤務を開始しました。
2 しかし、Xはその勤務においてY社が期待していた能力を発揮しなかったため、Y社はXに対し、平成25年6月6日頃から3か月にわたりパフォーマンス・インプルーブメント・プログラム(以下「PIP」といいます。)を実施しました。
3 PIP終了後、Y社はXに対し、本社への転勤又は退職を求め、Xは平成26年1月から本社に転勤をし、Bマネージャーの下で一担当者として業務に従事するようになりました。
4 Bは、平成26年1月6日、Xに対し、C自動車に納入している部品について、過去のデータを分析し、不具合低減のための提案を報告書兼提案書にまとめるよう指示しました。しかし、これに対してXが提出した報告書兼提案書は、形式面で報告書兼提案書の形式になっていないこと、分析が不十分で、論理も飛躍しており、一般論に終始し具体的な内容のある提案が行われていないことなどの問題があり、Bが修正の指導をしたものの、再提出された報告書兼提案書はグラフを追加しただけにすぎず、指導に応えるものではありませんでした。その後、修正・再提出が7回繰り返されましたが、修正の内容が、パワーポイント形式をワード形式に改めただけのものや文章を1行ずつに改行し箇条書きにしただけのものに留まったため、結局Y社は平成26年3月28日、Xに当該業務を行わせることを打ち切りました。
BはXに対し同時期に、他にも同様の報告書兼提案書やレポートの作成を指示しましたが、同様の経緯で約3か月後にそれぞれ打ち切られました。なお、打ち切られたレポートを他の社員に引き継がせたところ、1週間でレポートが完成されました。
5 Y社はXに対し、平成26年5月8日、自宅待機を命じ、同年6月30日、「業務能力また勤務成績が不適当と認めたとき」等に当たるとして、Xに対し普通解雇する旨を告げました。
6 Xは、Y社に対し、解雇が無効であるとして、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めて、申立てを行いました。
Ⅱ 決定のポイント
裁判所は、以下のような判断のもと、解雇を有効とする原審(横浜地裁平成27年11月27日決定)の結論を維持しています。
1 解雇事由該当性
裁判所は、Xが、部品の不具合の低減活動においてデータを分析することには有用性はないとの考え方に強く固執し、データ分析により不具合低減のための提案を求めるY社は不合理であるとし、その意義を否定する姿勢に終始していたと認定しています。例えば、分析を指示した上司に対して、上司がデータ分析を行ったことがないから指示している分析に意味がないことを理解していないとか、分析に意味がないことが理解されていないのであれば上司自ら分析してみればよいと言った趣旨のメールを送っていました。
そして、Xがそのような姿勢に終始していたのは、Xがこれまでの職歴においてY社が求めるような提案業務を経験せず、提案業務を遂行する能力を備えていなかったためY社の指示に十分に応えることができなかったことを、Y社の指示自体の正当性を否定することで正当化、合理化しようと図ったものであると認定しました。
その上で裁判所は、Xは提案業務を遂行するのに十分な能力を有しておらず、成果もほとんど上がっていなかった上に、Xの勤務態度はむしろ反抗的というべき態度に終始していたものであり、その勤務成績は不良なものであったといえるから、Xは就業規則71条3号の「業務能力また勤務成績が不適当と認めたとき」に当たると認定しました。
2 解雇権濫用の有無
Xは高度の能力を評価されて高額の賃金により中途採用されたものであり、報告書の作成技術といった基礎的な教育や指導を行うことは本来予定されていなかったこと、Y社はXに対し個別的な指導を行って能力の向上を図ろうとしていたにもかかわらず、XはY社の指示に素直に従わず、むしろ反抗的というべき態度に終始していたこと、XはPIPの実施や転勤及びこれに伴う実質的な降格という経過を経ていたものであり、意識改革を図るための機会は十分に付与されていたことに照らすと、Y社がXの業務能力や勤務成績については今後も改善の余地がないと判断して本件解雇を行ったことについては合理性を欠くということはできず、解雇権の濫用に当たるということはできないと裁判所は判断しました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本件は、高度の技術・経験を評価されて特定の職務のために中途採用されたものの、期待された資質を有していなかった者に対してなされた解雇が有効であると判断されたものです。一般的にこのような場合の解雇は、他の場合の解雇と比較して緩やかに判断されていますが、その中でも裁判所は、Xが求められた提案業務を遂行する能力を有していなかったこと、XがY社に対して反抗的な態度に終始していたこと等のX自身の事情に加えて、Y社がXの能力向上を図るためPIP等の個別的な指導を実施したこと、Y社がXの処遇についてPIPの実施、転勤及び実質的な降格という段階を経ていること等のY社の対応にも着目した上で、解雇事由の該当性及び解雇権の濫用の有無を判断しています。
もちろんこれらの条件がすべて揃わない限り解雇が無効になると判断されたわけではありませんが、例えば、Xは能力を備えていたが、Y社の指示が不合理であったため、あえて指示に従わなかった場合、Y社がPIPや転勤、実質的な降格等の段階を経ずにいきなり解雇を行った場合、XがY社の指導に従って能力向上の努力をしていた場合には、解雇事由が認められない、又は解雇権の濫用が認められ、解雇が無効であると判断された可能性もあります。
企業としては、特定の技術・経験を評価して特定の職務のために中途採用した者が期待された資質を有していなかった場合、すぐに解雇を考えるのではなく、まずは能力向上のための指導や労働者の能力に適した職務への異動等を実施することが、無用な紛争を回避するためには肝要であり、また、紛争が生じた場合に企業側に有利な事情として働くと考えます。
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