Ⅰ 事案の概要
本件事案の争点は多岐にわたりますが、諭旨解雇処分を懲戒解雇処分に切り替える行為が不法行為を構成するか否かという点に限定し、必要な事案の概要をご紹介します。
1 原告は平成24年1月1日付で本件事案の被告たる国立大学法人(以下、「被告」といいます。)と労働契約を締結し、被告方において教授として着任していました。
2 原告は、平成26年9月25日、被告所属講師や助教授らに対するパワーハラスメント及びセクシャルハラスメント等を理由として、被告より諭旨解雇とする旨の審査説明書の交付を受けました。
原告は、同年10月7日、懲戒処分をしないこと又はより緩やかな懲戒処分を選択すべきことを被告に求め、同月15日、口頭での意見交換を求めるための要請書を提出しましたが、被告は、必要性がないと原告に通知しました。
原告は同年11月4日、被告に対し、再度意見交換を求めましたが、被告はこれに応答しませんでした。
同年11月20日午前9時30分頃、被告は、被告を訪れた原告に対し、諭旨解雇処分をする旨を告げて、懲戒処分書及び処分説明書を交付し、諭旨解雇の応諾書または応諾拒否書のいずれか一方にサインするよう求めました。
なお、被告の就業規則上、懲戒の種類として、「懲戒解雇 即時に解雇する。」「諭旨解雇 退職願の提出を勧告して解雇する。ただし、勧告に応じない場合には、懲戒解雇する。」との定めがありました。
原告は、上記各文書を一旦持ち帰った上で、応諾するか否かを検討したい旨告げましたが、被告は、上記原告の言動をもって、諭旨解雇の応諾を拒否したものと判断して、原告に対し、懲戒解雇処分とする旨告げて、懲戒処分書及び処分理由書を交付しました。
3 原告は、労働契約上の地位の確認、賃金、期末手当、勤勉手当の支払いを求め、さらに、論旨解雇処分を懲戒解雇処分に強硬的に切り替えた行為により、意思決定の機会を奪われ、精神的損害を被ったと主張し、被告に対して、民法709条に基づく損害賠償請求として慰謝料100万円の請求を求めたところ、内、慰謝料については、結論として15万円が認められました。
Ⅱ 判決のポイント
1 本件事案は、被告が、論旨解雇処分をする旨を告げてから1時間後に懲戒解雇処分とする旨告げている点に特色があります。
2 懲戒解雇処分
- (1) 懲戒解雇の位置づけ
懲戒解雇は懲戒処分の極刑ともいわれ、①被処分者にとって雇用を喪失することを意味する点、②懲戒の名を冠することから規律に反したことが明らかにされるため、被処分者の再就職の際に障害となる点、③退職金が支払われないことが多い点、などの被処分者にとって重大な不利益を与えるものです。 そのため、訴訟リスクを回避する観点から、懲戒解雇よりも、退職金の支給等の点で被処分者に有利(一段階軽い処分)という位置付けの、いわゆる「諭旨解雇」と呼ばれるものを定め、懲戒解雇とする前に被処分者に諭旨解雇を選択させている企業も多く見受けられます。 - (2) 懲戒処分の有効性
人事権を掌握している企業と言えども、懲戒解雇に代表される懲戒処分は自由に行えるものではありません。 被処分者から訴訟提起等の法的手段をとられた際には、裁判所より、①懲戒事由および懲戒の種類が就業規則上明確であること、②規定の内容が合理的であること、③規定に該当する懲戒事由があること、④その他の要件(罪刑法定主義類似の原則、平等取り扱いの原則、相当性の原則、適正手続き)等の各点の遵守を要求され、これらのいずれかを欠く懲戒処分は、懲戒権の濫用として無効とされます(労働契約法15条)。 そして、「濫用」と評価された場合は、懲戒処分が無効となるのみにとどまらず、使用者の不法行為と評価される可能性も出てきます。 - (3) 本件事案
本件事案では、懲戒解雇自体、相当性を欠き無効であること、さらに、懲戒解雇と諭旨解雇の選択にあたっては、被処分者に対して十分な検討時間を与えておらず、適正な手続きがとられていないと裁判所は評価し、不法行為が成立するとして、慰謝料15万円が認められました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
1 懲戒解雇の有効性について
本件事案は、原告による各種ハラスメント等については認めながら、悪質なものではないとし、懲戒解雇との関係では均衡を欠き、懲戒解雇自体が、懲戒権又は解雇権の濫用により無効となると判断されました。 このことから、各種ハラスメントがあれば直ちに懲戒解雇を有効とするわけではないとの裁判所の運用が読み取れます。
各種ハラスメントを理由として懲戒解雇を選択肢として検討する際には、ハラスメント等を受けた(とされる)者に対して詳細なヒアリングを行い、いつ、どこで、どのような言動を被処分者がしていたのかを時間をかけ、記録化する必要があります。
そして、各種ハラスメントと被処分者の業務との関連や、被処分者が行った各種ハラスメントの目的について、慎重な見極めが必要であることに留意すべきでしょう。
2 処分が不法行為を構成するか否かについて
本件事案では、就業規則上、諭旨解雇について、「勧告に応じない場合には、懲戒解雇する。」と明記されていたにもかかわらず、諭旨解雇から懲戒解雇への切り替えにつき、時間的猶予を与えなかった点が取り上げられ、不法行為の成立が認められています。本件事案は地方裁判所係属の事案であるため、裁判実務への影響力は未知数です。 しかし、懲戒解雇を前提として、諭旨解雇を被処分者に選択させるにあたっては、十分な時間的猶予を与えない場合、不法行為と評価され、損害賠償請求をされるリスクについては留意すべきと考えます。
なお、クレディ・スイス証券事件(東京地判平成28年7月19日労判1150号16頁)(論旨退職に応じるか否かを判断するために5日間の期間を与えられていた事件)では、論旨退職は所定の手続を経て行われているとされ、不法行為を形成しないとの判断がなされている点が参考になります。
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