Ⅰ 事案の概要
1 本件は、株式会社ビジュアルビジョン(以下、「Y」といいます。)の従業員であった原告(以下、「X」といいます。)が、Yの代表取締役Y₁(以下、「Y₁」といいます。)らの嫌がらせやいじめ、退職強要等によってうつ病を発病したと主張して、さいたま労働基準監督署長(以下、「処分行政庁」といいます。)に対し、労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」といいます。)に基づく休業補償給付の支給を請求したところ、処分行政庁がこれを支給しない旨の処分(以下、「本件処分」といいます。)をしたことから、その取消しを求めた事案です。
2 Xは、昭和36年生まれの男性であり、平成13年10月1日にYに入社し、Yのグループ会社であって不動産仲介業を営む株式会社ケイアンドアイに出向し、不動産の管理業務等に従事していました。その後、Xは、平成24年6月1日付けでYのグループ会社である株式会社ビジョナリーに出向を命じられましたが、同月4日から休職し、25年7月31日付けで休職期間満了により本件会社を退職しました。Xは、Yおよびそのグループ会社が所有する不動産の管理・開発業務に従事し、平成18年10月頃ピタットハウスB₁店の店長に就任し、平成21年6月以降はピタットハウスB₁店およびB₂店の統括責任者として、不動産仲介業に従事していました。
3 Xには平成24年5月上旬から吐き気、のどの詰まった感覚等の身体症状が発現し、それ以後は抑うつ感、集中力の低下、不眠、食思不振等の症状が出現しました。Xは、同年6月2日、病院において、うつ病と診断されました(以下、「本件疾病」といいます。)。
Xは、平成25年9月3日、処分行政庁に対し、労災保険法に基づく休業補償給付を請求しました。処分行政庁は、Xが24年5月上旬に本件疾病を発病したと認定したものの、厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号。以下、「認定基準」といいます。)に基づき調査した結果、業務による強い心理的負荷があったとは認められないことから、本件疾病は業務上の疾病とは認められないと判断し、26年11月4日、休業補償給付を支給しない旨の本件処分をしました。
Xは、審査請求および再審査請求が棄却されたため、平成28年11月11日、本件処分の取消しを求めて本件訴訟を提起しました。
Ⅱ 判決のポイント
1 本件の争点は、本件疾病発病の業務起因性です。具体的には、①精神障害の業務起因性の判断基準、②本件疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められるか、③業務以外の心理的負荷や個体側要因によって本件疾病を発病したと認められるかです。
2 本件疾病発病の業務起因性について
(1)①精神障害の業務起因性の判断基準について
業務と疾病等との間に相当因果関係が認められることを前提とし、「相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が労働者の従事していた業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である」と最高裁2判決(地公災基金東京都支部長〔町田高校〕事件・最高裁三小判平8.1.23労判687号16頁、地公災基金愛知県支部長〔瑞鳳小学校教員〕事件・最高裁三小判平8.3.5労判689号16頁)を引用し、具体的な判断基準として、「認定基準の定める要件に該当すれば、より科学的・合理的な知見との抵触があるなどの特段の事情がない限り、業務起因性が認められると解するのが相当である」としました。そのうえで、業務の危険性の判断は「Xと同種の平均的労働者……を基準と」すると判断しました。
(2)②本件疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められるかについて
平成23年11月14日開催の会議でのY₁からの強い指導・叱責、同年12月2日頃のY₁からの強い指導・叱責が、それぞれ「認定基準別表1の出来事の類型⑤「対人関係」のうち具体的出来事の項目30「上司とのトラブルがあった」に当たり、上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けたものであるから、その心理的負荷の程度は「中」と認めるのが相当である」と判断しました。また、同年12月頃の異動内示について、「認定基準別表1の出来事の類型⑤「対人関係」のうち具体的出来事の項目30「上司とのトラブルがあった」に当たり、業務をめぐる方針等において周囲からも客観的に認識されるような対立が上司との間に生じたものであるから、その心理的負荷の程度は「中」と認めるのが相当である」と判断しました。 さらに、Y₁が平成24年4月21日のXとの面談の際および同月24日開催の会議において、Xの退職申出の撤回を認めなかったこと、および、課長がXに対して、辞めたくないのであれば、土下座するような気持ちで謝るように助言したことについて、「認定基準別表1の出来事の類型④「役割・地位の変化等」のうち具体的出来事の項目20「退職を強要された」に当たり、退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求められた場合に準じるものとして、その心理的負荷の程度は「強」と認めるのが相当である」と判断しました。
そして、「各出来事の心理的負荷の程度を全体的に評価するに、XがY₁から退職強要を受けたことの心理的負荷の程度は「強」であるから、Xの本件疾病発病前おおむね6か月間の業務による心理的負荷の程度は「強」」であり、仮に退職強要を受けたことの心理的負荷の程度が「中」にとどまるとしても、「Xの本件疾病発病前おおむね6か月間に心理的負荷の程度が「中」である出来事が複数生じており、……その全体評価は「強」と認めるのが相当である」としました。
(3)③業務以外の心理的負荷や個体側要因によって本件疾病を発病したと認められるかについて
本判決は、「Xの性格傾向によって通常の業務に支障が生ずるようなことはなかったということができ」、「Xは平均的な労働者の範疇に入るということができる」と判断し、「Xが業務以外の負荷や個体側要因によって本件疾病を発病したと認めることはできない」として、本件疾病の業務起因性を認めました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、パワー・ハラスメント(以下、「パワハラ」といいます。)に関する労災事案の一つです。パワハラを理由としたうつ病等の精神障害発症について労災認定が問題となる裁判例が増えていますが、本判決は精神障害に関する認定基準に従って業務起因性を肯定した最近の裁判例として、意義があります。特に、認定基準の定める要件に該当すれば、特段の事情がない限り、業務起因性が肯定されるとはっきりと明示している点が特徴的です。
本判決でのポイントとしては、認定基準どおりに、業務による強い心理的負荷の判断の際、精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、平均的な同種の労働者(「職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人」をいいます。)が一般的にどう受け止めるかという観点から、具体的出来事の心理的負荷の強度の判定をしたうえで、それぞれの具体的出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮し、これらの出来事を全体評価して心理的負荷を「強」と判断し、業務起因性を肯定したことです。
労災認定においては、認定基準が非常に重視されており、本判決のように具体的なエピソードが重なることは、労災認定される可能性が高まる要因となるため注意が必要です。
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