監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
無期転換ルールは、契約社員などの“有期雇用労働者”が安心して働くための制度です。また企業にとっても、雇用の安定などさまざまなメリットがあります。
しかし、「具体的にどのように対応したらいいのか分からない」「問題社員にも適用しなければならないのか」などとお悩みの方も多いでしょう。
そこで本記事では、無期転換ルールの流れや注意点、企業に求められる対応などを詳しく解説していきます。ぜひ参考にしてみてください。
目次
無期転換ルールとは?
無期転換ルールとは、契約期間が通算5年を超えた有期雇用労働者について、本人からの申込みにより、雇用期間に定めのない「無期雇用契約」へ転換させるルールです。
労働契約法18条で定められており、平成30年4月以降は多くの有期労働者に「無期転換申込権」が発生しています。
労働者から無期転換の申込みがあった場合、企業は拒否することができません。そのため、必ず転換に応じるのが基本です。
もっとも、無期転換ルールに違反しても罰則はありません。しかし、労働者から損害賠償請求されるリスクがあるため注意しましょう。
無期転換ルールで求められる企業の対応
無期転換ルールの運用では、企業には以下のような対応が求められます。
- 有期社員の就労実態の把握
- 就業規則の整備と見直し
- 無期転換後の労働条件設定
抜け漏れがあると、労働トラブルを招くおそれもあるため注意が必要です。以下でそれぞれ詳しく解説していきます。
有期社員の就労実態の把握
自社で雇用する有期雇用労働者について、情報を整理しましょう。
まずは無期雇用契約転換の対象者をピックアップし、人数を把握します。また、それぞれの更新回数や契約年数、担当業務などを確認し、無期転換申込権が発生するタイミングを整理すると良いでしょう。
これにより、「いつ何をすれば良いか」が明確になり、準備がスムーズに進む可能性があります。
就業規則の整備と見直し
無期転換後は、基本的にそれまでの有期雇用期間と同じ労働条件が適用されます。
従来とは異なる労働条件にしたい場合、新たに「無期転換者用の就業規則」を作成し、社内で周知する必要があります。厚生労働省が公表する「モデル就業規則」などを参考にすると良いでしょう。
自社での作成が難しい場合や、内容に不安がある方は、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
また、従来の就業規則についても、「無期転換者は適用除外とする」旨を追記する必要があります。
無期転換後の労働条件設定
無期転換者の労働条件を見直す際は、不利益変更に注意が必要です。
不利益変更とは、給与や待遇などの労働条件を、労働者に不利な内容に変更することをいいます。例えば、「週2日から週5日勤務にする」「勤務時間をフルタイムにする」ことなどが挙げられます。
不利益変更を行う場合、基本的に労働者本人から個別に同意を得る必要があります。会社が一方的に変更することはできないため注意しましょう。
もっとも、無期転換ルールの趣旨からすると、従来の労働条件を引き下げるのは望ましくないと考えられています。
無期転換回避を目的とした雇止めは有効か?
無期転換を避けるため、無期転換申込権が発生する前に雇止めを行うことは、制度の趣旨からして望ましくありません。
また、それまで当然に契約が反復・更新されていた場合、労働者としては「今後も契約が続くだろう」と期待できます。
そのような状況で雇止めを行うと、「雇止め法理」に抵触し無効となる可能性が高いため注意が必要です(労働契約法19条)。
解雇の有効性はさまざまな要素を考慮したうえで判断されるため、必ずしも雇止めが無効となるわけではありません。
しかし、労働者保護の観点から企業が敗訴するケースも多く、労働者から損害賠償請求されるリスクもあるため、無期転換を防ぐための雇止めは控えるのが賢明でしょう。
「雇止め法理」については、以下のページで詳しく解説しています。
懲戒処分に値する行為があった場合の注意点
懲戒事由にあたる行為があっても、直ちに雇止めが認められるとは限りません。雇止めは労働者に多大な影響を与えるため、懲戒事由の有無にかかわらず慎重に判断される傾向があります。
ただし、懲戒事由があると、雇止めが認められやすくなる可能性はあります。
過去の裁判例でも、労働者の以下のような行為を理由に、雇止めを有効と判断したものがあります。
- 度々業務命令に違反したこと
- 胸章の着用や身だしなみなど、服務規律について再三注意を受けたにもかかわらず、一向に改善しなかったこと
裁判所はこれらの行為を踏まえ、「雇止めには客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上相当である」と判断しています(東京地方裁判所 平成29年12月25日)。
懲戒処分における注意点は、以下のページで解説しています。
問題社員の無期転換を拒否することは可能か?
無期転換ルールは、一定の条件を満たす有期雇用労働者“全員”に適用されます。そのため、問題社員についても、無期転換の申込みがあれば拒否できないのが基本です。
申込みを拒否したり、申込権が発生する前に雇止めしたりした場合、労働契約法違反にあたり雇止めが無効になる可能性が高くなります。
会社へのダメージをできるだけ抑えるには、無期転換後の労働条件や働き方で調整するのが一般的です。
例えば、正社員ではなく「無期契約社員」にする、職種や業務内容を制限するといった方法が考えられます。
問題社員の無期転換を回避する方法はある?
問題社員の無期転換を避ける方法として、以下2つが挙げられます。
- 初めから5年の有期契約社員として採用する
- クーリング期間を設ける
それぞれ以下で詳しく解説していきます。
なお、無期転換申込権が発生する前に雇止めを言い渡す方法もありますが、余程の事情がないと認められません。
特に、更新回数や契約期間、事業主の言動などから、契約更新が常態化していたような場合、雇止めが無効になる可能性が高いといえます。
初めから5年の有期契約社員として採用する
雇入れ時から、契約期間に上限を設ける方法です。
例えば、初めから
・1年契約で、更新回数は4回までとする
などと定めておけば、無期転換申込権が発生する前に契約を終了させることができます。
この点、労働者から違法性を問われることもありますが、実務上は有効と認められるケースが多いようです。
ただし、それまで契約の更新が繰り返されており、その後も当然雇用が続くと期待できる場合、「雇止め法理」に抵触し無効となる可能性があるため注意が必要です。
また、契約途中に「今回の更新で最後とする」「次回は更新しない」といった不更新条項を設けた場合も、雇止めが認められない可能性があります。
重要なのは、雇用契約締結時に更新上限を明示し、労働者に自身の契約期間をしっかり理解させることといえるでしょう。
クーリング期間について
クーリング期間とは、有期雇用契約の終了後、一定期間を空けて再契約を結んだ場合、通算期間がリセットされるという制度です。つまり、再契約期間が5年を超えるまで、無期転換申込権は発生しないことになります(労働契約法18条2項)。
なお、クーリング期間は下表のとおりケースによって異なります。
無契約期間の前の通算契約期間 契約がない期間(無契約期間) 2ヶ月以下 1ヶ月以上 2ヶ月超~4ヶ月以下 2ヶ月以上 4ヶ月超~6ヶ月以下 3ヶ月以上 6ヶ月超~8ヶ月以下 4ヶ月以上 8ヶ月超~10ヶ月以下 5ヶ月以上 10ヶ月超 6ヶ月以上
もっとも、1回目の契約は「雇止め」することになるため、対応には注意が必要です。
契約更新が常態化していた場合や、更新を頻繁にほのめかしていた場合、雇止め法理に抵触し、そもそも雇止めが無効となる可能性があります。
有期労働契約にまつわる裁判例
事件の概要
労働者Xは、平成23年4月1日、Y学園に、同学園契約職員規程(以下、「本規程」という。)に基づき、契約期間を同日から平成24年3月31日までとする有期労働契約を締結して、契約社員となり、Y学園が運営するA短期大学の講師として勤務していました。
本規程において、契約社員の雇用期間は、当該事業年度の範囲内とし、契約職員が希望し、かつ、当該雇用期間を更新することが必要と認められる場合であり、当該契約社員の在職中の勤務成績が良好であると認められれば、3年を限度に更新することがある旨が定められていました。
Y学園は、平成24年3月19日に、労働者Xに対し、同月31日をもって労働契約を終了する旨を通知したところ、労働者Xは、当該雇止めが無効であるとして訴訟を提起しました。
原審は、採用当初の3年の契約期間に対する労働者Xの認識や契約職員の更新の実態等に照らせば、3年は試用期間であり、特段の事情がない限り、無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるとして、雇止めが無効であると判断しました。
裁判所の判断
福原学園事件【平成27年(受)第589号 最高裁判所第一小法廷 平成28年12月1日判決】
雇止めが無効であるとの原審の判断を破棄し、雇止めが有効であると判断しました。
労働者XとY学園との間の労働契約は、期間1年の有期労働契約として締結され、その内容となる本規程には、契約期間の更新限度が3年であること、無期労働契約にすることができるのは、希望する契約社員の勤務成績を考慮してY学園が必要と認めた場合である旨が明確に定められているため、労働者Xは契約更新について十分に認識した上で、労働契約を締結したことを認定しました。
その上で、大学の教員の雇用が一般に流動性のあることが想定されていること、3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約社員も複数に上っていることに照らし、労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは、労働者Xの勤務成績を考慮して行うY学園の判断に委ねられるとして、労働者XとY学園との間の労働契約が3年の更新限度期間の満了にともなって、当然に無期労働契約となることを内容とするものであったとはいえないと判断しました。
ポイント・解説
本判決は、事例判断であり、一般的な考え方を示したものではないことをご留意ください。
実務上、中途入社社員の適性を測るために、期間の定めのない労働契約を締結せずに、短期間(1年)の有期労働契約を締結し、期待した適性がない場合には、期間満了と共に有期労働契約を終了させるという運用が見受けられます。
このような有期労働契約が、実際には、無期労働契約の試用期間として扱われ、有期労働契約として効力を有さないのではないかという点が問題となり得ます。
本判決の原審では、3年の労働契約が労働者の適性評価のための期間としての試用期間であると判断しましたが、本判決は、一定の理由を付した上で、試用期間に当たることを否定し、有期労働契約であると判断した点に、実務上の運用において注目すべき点があると考えられます。(なお、本判決の第1審及び原審において、労働者Xが当初から無期労働契約であり、1年は試用期間との主張を行っていないことは十分にご注意ください。)
本判決において、有期労働契約に当たると判断した理由において、主に①労働契約が期間1年の有期労働契約として締結されたこと、②就業規則においても契約期間の更新限度が定められていること、③職業の性格として流動性があること、④更新限度期間の満了後に契約が終了した労働者が存在すること、という事情を掲げており、有期労働契約であることが明確となる事情を備えていることが必要と考えているものとうかがわれます。
そのため、実務上の運用においても、試用期間のための有期労働契約を締結する場合には、雇用契約書や就業規則を整備する等の対応を行い、明確に有期労働契約であることが分かるようにすることが重要と考えられます。
無期転換ルールに関するQ&A
遅刻欠勤の多い有期労働者から無期転換の申込みがあった場合、応じる必要はありますか?
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遅刻や欠勤が多い、いわゆる「勤怠不良」の労働者でも、無期転換の申込みがあれば拒否できないのが基本です。
ただし、無断欠勤を繰り返したり、再三注意しても改善されなかったりしたケースでは、雇止めもやむを得ないと判断される可能性があります。
過去の裁判例でも、業務命令に度々違反した社員や、服務規律のルールを守らない社員について、雇止めが有効と認められたものがあります(東京地方裁判所 平成29年12月25日判決)。問題社員だからといって直ちに雇止めできるわけではありませんが、有効性を判断する際の考慮要素にはなり得ると考えておきましょう。
勤務成績不良であることを理由に、更新回数の上限を定めることは認められますか?
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契約途中であっても、更新を制限することは可能です。
例えば、「次回は更新しない」「更新はあと1回までとする」といった不更新条項を定めることで、無期転換を回避できる可能性があります。ただし、不更新条項を締結しても直ちに雇止めが認められるわけではありません。さまざまな事情を考慮し、雇用継続が当然に期待される場合、「雇止め法理」に抵触し無効となる可能性が高いです。
また、不更新条項について労働者から無理やり同意を得た場合や、説明が不十分だった場合も、雇止めが無効と判断されやすくなります。
問題社員を無期転換とする場合、転換前よりも処遇を低くすることは可能ですか?
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労働条件の引下げは可能ですが、当然に認められるものではありません。 通常、無期転換後の労働条件は、直前の有期労働契約と同一のものを適用するのが基本です。そのため、従来と異なる条件を適用する場合、新たに「無期転換者用の就業規則」を作成し、対象者に周知する必要があります。 ただし、労働条件の引下げは「不利益変更」にあたるため、基本的に労働者の個別同意がないと認められません。 もっとも、無期転換後に労働条件を引き下げることは、制度の趣旨からして望ましくありません。また、後々労働トラブルに発展する可能性が高いため、できるだけ控えるべきでしょう。
無期転換後に問題行為があった場合、解雇することは可能ですか?
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無期転換後の労働者は、契約期間の定めがない「無期雇用労働者」となります。そのため、一定の要件を満たせば、解雇も可能と考えられています(労働契約法16条)。
ただし、解雇の要件は厳しく設定されているため簡単には認められません。労働者の問題行為を踏まえ、解雇に合理性と相当性があることを立証する必要があります。解雇の注意点については、以下のページで詳しく解説しています。
無期転換対応についてお悩みなら、労働問題の専門家である弁護士にご相談下さい
無期転換ルールは有期雇用労働者の地位を保護するための制度ですので、企業はその点に十分留意して対応する必要があります。
特に、無期転換を回避する目的で、無期転換申込権が発生する前に雇止めを行う場合、その有効性は厳しく判断されます。
弁護士法人ALGには労働問題に関して豊富な経験を持つ弁護士が多数在籍しています。無期転換ルールでお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある