監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
残業した場合や、深夜・休日に働いた場合、基本給に加え一定の割増賃金を支払う必要があります。割増率は法律で定められています。
中小企業の場合は残業時間にかかわりなく、割増率は25%と定められていましたが、2023年4月から法律が改正され、残業時間が60時間を超える部分については、大企業と同様に割増率が50%に引き上げられました。
割増率に関する法律を十分に理解し、正しく給与計算をしないと、従業員に適正額が支払われず、労働トラブルに発展するおそれがあるため注意が必要です。
本記事では、割増賃金の種類や計算方法、注意点について、具体例を交えてわかりやすく解説していきます。ぜひ参考にしてみてください。
目次
そもそも残業代とは?
残業代とは、会社が定める「所定労働時間」を超えて働いた場合に支払う賃金のことです。
所定労働時間は雇用契約書や就業規則で定められており、定時とも呼ばれます。また、従業員によって時間が異なることもあります。
一方、「法定労働時間」とは、労働基準法で定められた1日または1週間の労働時間の上限のことです。「1日につき8時間、1週につき40時間まで」と定められています(労基法32条)。
所定労働時間は法定労働時間を超えることはできません。
なお、残業代の割増率は、会社の任意で法定より高い割合を定めることも可能です。
残業代と割増賃金の違い
残業代は、従業員が「所定労働時間」を超えて働いた場合に支払う賃金です。
一方、割増賃金は、労働基準法で定められた「法定労働時間」を超えた労働部分に対して支払う賃金です。
“割増”とあるように、基本給に一定率上乗せして支払わなければなりません。
なお、法定労働時間は「1日8時間かつ1週間40時間」のため、例えば所定労働時間が「1日6時間、1週間30時間」の場合には、所定労働時間を超えて1日2時間働いても、1日の労働時間は8時間以内であるため残業代は支払われますが、割増賃金は発生しません(法定内残業)。
割増賃金が発生する「3つの労働」とは?
割増賃金が発生するのは、以下3つの労働です(労基法37条)。
- 時間外労働
- 深夜残業
- 法定休日労働
それぞれ割増率が異なるため、賃金計算では注意が必要です。また、時間外労働が深夜に及ぶなど、割増賃金の要件が2つ以上重なる場合、割増率も合算されます。
さらに、月の時間外労働が60時間を超えた分については、より高い割増率が定められています。
最大「7割5分」と高い割増率になるため、会社はできるだけ残業を減らすなど、人件費の削減に努める必要があります。
割増賃金のルールはについて、以下の一覧表で整理します。
種類 | 概要 | 割増率 |
---|---|---|
時間外労働(法定外残業) | 1日8時間、週40時間を超える労働 | 2割5分 |
月60時間を超える残業 | 5割 | |
深夜労働 | 午後10時~午前5時の間に行われる労働 | 2割5分 |
法定休日労働 | 法定休日(週1日)に行われる労働 | 3割5分 |
時間外労働+深夜労働 | 時間外労働が深夜労働に重なる場合 | 5割 |
法定休日労働+深夜労働 | 法定休日労働が深夜労働に重なる場合 | 6割 |
月60時間を超える残業+深夜労働 | 残業時間が月60時間を超えた状況で、深夜労働を行う場合 | 7割5分 |
時間外労働
1日8時間、1週40時間の「法定労働時間」を超えて働いた場合、2割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。なお、会社が任意に2割5分以上の割増率を定めることは問題ありません。
また、時間外労働が月60時間を超えた場合、超過分については5割以上の割増賃金を支払うことが義務付けられています(労基法37条)。
法定内残業なら割増なしでも問題はない
法定内残業とは、「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間の範囲内で行う残業のことです。
例えば、所定労働時間が9時~17時(休憩1時間・週5日勤務)で、18時まで残業したとします。
この場合、定時を1時間超えているものの、実働は8時間ですので、法定労働時間内に収まります。よって、割増賃金も発生しません。
もっとも、定時を超えた分については、通常と同じ賃金を支払う必要があります。本ケースの場合、基本給を時給換算した1時間分を「残業代」として支給することになります。
深夜労働
22時~5時までは深夜労働にあたり、2割5分以上の割増賃金の支払いが必要となります。
また、時間外労働と深夜労働を同時に行う場合、割増率は合算され「5割」となります。
例えば、所定労働時間が10時~19時(休憩1時間)で、23時まで残業した場合、
・22時~23時→5割(時間外労働2割5分+深夜労働2割5分=5割の割増)
さらに、月の時間外労働が60時間を超えた状況で深夜残業を行った場合、割増率は「7割5分」となります(時間外労働5割+深夜労働2割5分=7割5分の割増)。
深夜労働の注意点などは、以下のページで解説しています。
法定休日労働
法定休日に労働した場合、3割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。
法定休日とは、法律で「週1日または4週に4日以上与えなければならない」とされる休日です。
例えば、土日休みの完全週休二日制の場合、日曜日を「法定休日」に定め、土曜日を「所定休日」とするケースが多くみられます。
この場合、土曜日の出勤であれば割増賃金は不要ですが、日曜日に出勤した場合は、3割5分の割増賃金が必要となります。
ただし、土曜日(所定休日)でも、労働時間が週40時間を超える場合は2割5分の割増賃金を支払う必要があります。
また、法定休日と深夜労働が重なった場合、割増率は「3割5分+2割5分=6割」と合算されます。
割増賃金の計算方法
割増賃金は、以下の計算式で算出します。
割増賃金=1時間あたりの基礎賃金×割増率×時間外労働時間数
月給制の場合、給与を時給換算し、1時間あたりの基礎賃金を求める必要があります。以下のケースで具体的に計算してみましょう。
●1時間あたりの賃金2000円
※1時間あたりの基礎賃金=月給÷月の所定労働時間
※月の所定労働時間=「(365日-年間休日数)×1日の所定労働時間÷12ヶ月」
●時間外労働時間75時間(60時間超えは15時間)
●60時間内の労働時間のうち深夜労働10時間
① 通常の時間外労働
2000円×1.25×(75時間-10時間-15時間)=12万5000円
②時間外労働+深夜残業
2000円×1.5×10時間=3万円
③60時間を超える時間外労働
2000円×1.5×15時間=4万5000円
よって、割増賃金の合計は、12万5000円+3万円+4万5000円=20万円となります。
残業代の計算方法は、以下のページでより詳しく解説しています。併せてご覧ください。
【2023年4月】月60時間超えの割増賃金率の引き上げ
時間外労働が月60時間を超える場合、5割以上の割増賃金を支給することが義務付けられています(労基法37条)。
当初、この義務は大企業にのみ課せられていましたが、2023年4月より中小企業にも適用されています。従来の2割5分の割増率のまま計算をすると、“違法”になるため注意が必要です。
残業代の未払いは労働トラブルや罰則などさまざまなリスクを伴うため、給与計算を正確に行い、適正額を支給することが重要です。
残業代の未払いは労働基準法違反となるため注意
残業代の不払いは、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」を科せられる可能性があります。
なお、この罰則は割増賃金だけでなく、法定内残業(8時間以内の労働)にも適用されます。つまり、定時を超えて働いた従業員には、割増率に関係なく残業代をしっかり支払うということです。
また、刑事罰だけでなく、未払い残業代をめぐって訴訟に発展したり、労働基準監督署に通報されたりするリスクも考えられます。裁判沙汰ともなれば、企業のイメージ低下も避けられないでしょう。
割増賃金に関する裁判例
割増賃金については、以下の裁判例が代表的です。実際にどのような判断がなされているのか、確認しておきましょう。
事件の概要
原告Xが、被告Y社に在籍中に法内外の時間外労働及び深夜・休日の労働を行ったとして、法内残業賃金、時間外手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当(以下、時間外手当等)の支払い等を求めた事案です。
裁判所の判断
裁判所は、被告は、原告の実労働時間がタイムカードの記載より少ないと主張するが、可能性を指摘するにとどまるもので、喫茶店での休憩や業務外でのインターネットの使用等を裏付ける証拠は見あたらないとしました。
また、一般的なデザイナーについていえば、時間管理が困難な働き方をしている場合もあり得るものの、以下の事情からすると、被告の主張は採用できないとしました。
- タイムカードや勤怠管理表が導入されていたこと
- 原告の日報が日々送信されていたこと
- デザイン集計表が送信されていたことからうかがわれる企画営業グループの業務の実態は、デザインのアイデアのひらめきを待って一見無為な時間を過ごすような業務形態ではなく、顧客の定めた納期に合わせてデザインを量産する状況であること等
くわえて、被告は、タイムカードの打刻に不正があったことがうかがわれると主張するが、全体の信用性を損なうような証拠は見あたらず、まれに他の従業員が原告不在のまま打刻したことがあっただけであるとしました。
ポイントと解説
会社側としては、タイムカードが実労働時間を反映していない等と主張することがよくありますが、裁判では、タイムカードに記録がある場合には、適切な反証がないかぎりその記録に従って時間外労働の時間を算定することが多いため、注意が必要です。
残業代に関するトラブルでお困りの際は弁護士にご相談ください
未払い残業代でトラブルになると、他の従業員からも次々と未払い分を請求される可能性が高いです。そのような金銭的負担は、会社にとって決して軽いものではないでしょう。
また、残業代を請求した従業員が退職し、労働力不足等の問題に直面することもあります。
残業代のトラブルを防ぐには、「労働時間をきちんと管理すること」「適正額を支払うこと」が何より重要です。しかし、割増率は複雑なため、計算を誤るケースは少なくありません。
また、居残り残業やカラ残業など、従業員側に問題があるケースも多くみられます。
弁護士であれば、残業代の計算や適切な労務管理などについて、具体的にアドバイスすることができます。残業代全般についてお悩みの方は、ぜひ一度弁護士へご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある