時間外割増賃金請求ならびに未払休業手当請求の可否(ホテルステーショングループ事件)~東京地裁令和3年11月29日判決~ニューズレター 2022.10.vol.130

Ⅰ 事案の概要

1 本件請求について

Ⅹは、ホテルステーショングループ(以下、「Y社」といいます。)に雇用され、客室清掃等を担当する「ルーム係」として勤務していました。

Xは、Y社から新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に伴い、所定労働時間を6.25時間から減少させられ、終日休業となった日及び有給休暇を取得した日につき、減少後の所定労働時間(4時間又は4. 25時間)を基に休業手当や取得した有給休暇に対する賃金が支払われたところ、所定労働時間の変更について合意したことはなく、就業規則等も変更されていないため、支払われた休業手当等に不足があると主張して、未払賃金とこれに対する遅延損害金及び付加金の支払いを求めました(以下、「第1請求」といいます。)。

また、Xが所定始業時刻より前に行っていた業務が時間外労働に当たること、及び、45分間の休憩時間においても実質的に労働から解放されていたものではなく労働時間に当たると主張して、未払賃金とこれらに対する遅延損害金及び付加金の支払いを求めました(以下、「第2請求」といいます。)。

2 Xの労働条件及び労働状況等

Xの労働条件は、「所定労働時間:午前10時から午後5時、うち休憩時間45分、1日当たり6時間15分(6.25時間)」、「所定就業日:毎週水曜日を除く各日」、「有給休暇取得時の賃金:通常の賃金で支払う」等が定められており、Xの勤務状況は、概ね午前9時頃に出勤し、準備作業を行っていました。また、Xは、清掃作業の時間以外は、原則として控室に待機し、昼食も手が空いた時間を見計らってとるようにしていました。

3 休業命令等の内容

令和2年3月29日以降、Y社は、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため、従業員の勤務時間を減らすこととし、Xに対し、「時短」と記載された日(以下、「時短の日」といいます。)には、約4時間に限り勤務させ、その勤務時間に対応する賃金を支払い、「休業」と記載された日(以下、「休業の日」といいます。)には、Xを終日休業させ、3.75時間(6.25時間×6割)の賃金を休業手当として支払っていました。

令和2年7月13日以降、Y社は、Xに対し、時短の日には、約4.25時間又は3時間に限り勤務させ、その勤務時間に対応する賃金を支払い、休業の日には、終日休業させ、2.55時間(4.25時間×6割)の賃金を休業手当として支払っていました。有給休暇を取得した日については、4.25時間の賃金を支払っていました。

Ⅱ 本判決の内容

1 本件事件の争点

本件事件の争点は、第1請求に関しては、①Xの所定労働時間は令和2年3月29日以降4時間に、同年7月13日以降4.25時間又は3時間にそれぞれ変更されたか(労働時間の変更合意の有無)、②時短の日や休業の日につき、Xの休業はY社の「責めに帰すべき事由」(労働基準法26条)によるものか(休業手当該当性)、第2請求に関しては、③各勤務日のタイムカード上の出勤時刻から所定始業時刻である午前10時までの間は労働時間に当たるか(早出残業の労働時間該当性)、④各勤務日において45分間の休憩時間があったか(休憩時間の労働時間該当性)、の4点です。

争点③(早出残業の労働時間該当性)については、最高裁判所平成12年3月9日判決を参照し、争点④(休憩時間の労働時間該当性)については、大星ビル管理事件(最高裁判所平成14年2月28日判決)を参照し、従前の裁判例に沿った判断を行っているため、本件判決もこれまでに蓄積された裁判例の一例に加えられるものであるといえます。

2 東京地方裁判所(以下、「本件判決」といいます。)の判断内容

⑴ 争点①(労働時間の変更合意の有無)に関する判断

本件判決は、Xの労働契約の内容が変更されるような就業規則の変更や個別の合意は存在しないと判断し、所定労働時間に変更がなかったものとし、Xの所定労働時間は、6.25時間から短縮されておらず、Y社は、1日当たり6.25時間分の賃金の支払義務を負うと判断しました。そのため、有給休暇取得日については、6.25時間分の賃金の支払いを命じました。

⑵ 争点②(休業手当該当性)に関する判断

本件判決は、まず、令和2年3月29日から同年11月5日までの間の時短の日や休業の日について、Y社がXに対し休業を命じたものと認定しました。

その上で、賃金の6割に相当する休業補償の支払義務の根拠となる労基法上の26条にいう「責めに帰すべき事由」とは、故意又は過失よりは広く、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まないものと解釈しました。そして、具体的な判断として、Y社において、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため、令和2年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められ、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではないと述べました。

もっとも、Y社が事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費を調整していたのであるから、これは使用者の裁量をもった判断であることにほかならず、不可抗力によるものではなく、Xの本件休業は、Y社側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきであり、Y社の「責めに帰すべき事由」によるものと認められると判断し、休業手当として一日当たり少なくとも6割相当額(勤務時間がある場合は既払い分を控除した額)を支払うことを命じました。

⑶ 争点③(早出残業の労働時間該当性)に関する判断

本件判決は、労基法上の労働時間を、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間と定義し、Xがタイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、準備作業を行っていたことは、Y社の業務遂行そのものであり、当該準備作業はY社が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、Y社の管理が及ぶ店舗内で行われていたこと、ほぼ全ての出勤日で同様の作業が行われていたことなどから、Y社は、Xの常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきであり、これを黙認し、業務遂行として利用していたと判断し、Y社の包括的で黙示的な指示によって行われていたと判断しました。

⑷ 争点④(休憩時間の労働時間該当性)に関する判断

本件判決は、実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に該当すると述べた上で、Xは、原則的に控室に常に在室することを余儀なくされており、所定就業時間内においては、実作業に従事していない時間であっても、状況に応じて業務に取り掛からなければならない可能性がある状態に置かれていたというべきであり、労働からの解放が保障されていたとはいえず、所定就業時間内は、全て労基法上の労働時間に当たると判断しました。

⑸ 付加金の支払命令

早出残業及び休憩時間に対する未払賃金、有給休暇取得日に対する賃金と休業手当については、いずれも未払額と同額の付加金の支払が命じられました。そのため、本来の支払額の倍額を支払う義務を負担することになりました。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

本件判決は、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するために、従業員に対し休業を命じた行為について、「使用者の責めに帰すべき事由」に該当し、使用者に対し、賃金の6割に相当する休業手当の支払いを命じています。その点において、本件判決は、先例的な意義を有する判決であるといえます。

本件判決は、勤務時間の短縮や休業に関して、XY間で個別に合意されたかどうかに関する検討を、「使用者の責めに帰すべき事由」かどうかに関する検討よりも、先行して行っています。あらかじめ所定労働時間、所定労働日数が労働条件として合意されている場合において、労働者の休業等を検討する場合には、まず初めに、労働者との間で個別に合意する必要があると言えるでしょう。なお、シフト制など所定労働時間や所定労働日数が変動する要素があることが労働条件とされている場合には、本件判決の論理はそのまま当てはまるとは限らず、合意内容の相違も結論には影響を与えるでしょう(コロナ禍におけるシフトの削減については、シルバーハート事件(東京地裁令和2年11月25日判決)で判断され、極端な削減でなければ許容される余地があります。)。

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