Ⅰ 事案の概要
1.本件は、被告株式会社(以下、「被告」といいます。)の従業員だった原告が、複数の就業規則違反行為を理由に解雇されたことに対して、解雇が無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認、未払い賃金及び未払い賃金に対する遅延損害金の支払い等を求めた事案です。具体的な事実関係は以下のとおりです。
2.被告は、原告に対し、平成30年1月、それまで勤務していた部署からの配置転換を命じました。
3.平成30年4月頃、当時の被告の代表者によるパワーハラスメントを指摘する文書が、被告の取引先に送付されました。被告が警察に相談したところ、従業員の唾液及び指紋の任意提出を求める捜査への協力要請を受け、従業員に本件捜査への協力を求めました。
これに対し、原告は、捜査への協力拒否及び捜査に協力する従業員を揶揄するメール(以下、「本件捜査メール」といいます。)を被告の従業員全員に送信しました。
4.原告は、平成30年9月、東京労働局長に助言及び指導を求める申出をしました。
5.原告は、平成30年11月、所属長の承認を受けずに、業務中に外出をしました。
6.平成30年11月、被告の複数の従業員から、原告の退職を求める嘆願書が提出されました。被告はこの嘆願書が提出されて初めて本件捜査メールの存在を認識しました。
7.被告は、原告に対し、本件捜査メールや業務中の無断外出が就業規則違反に当たるとして、今後同様の行為を行わないよう業務命令書を交付しました。
8.原告は、外出の際のルールを守らない従業員がいることに対して、違反者を注意するようにというメールを所属長に送信しました(以下、「本件外出メール」といいます。)。
9.被告は、今後本件外出メールを送らないように、業務命令書を原告に交付しました。また、上記嘆願書の作成者と退職を求める理由を黒塗りにしたもの(以下、「本件黒塗り嘆願書」といいます。)を原告に示し、退職勧奨を行いました。
10.原告は、被告の最大の取引先であるA社を始めとする複数の者に対して本件黒塗り嘆願書を送付しました。
11.被告は、原告の上記各行為が就業規則に反するとして、原告を普通解雇しました。
12.原告は、上記解雇が不当であるとする手紙をA社に交付しました。
13.上記解雇後に原告のコンピューター端末を操作したところ、端末内に過去4年半分の支払先等が記録されたリスト(以下、「本件リスト」といいます。)が保存されていました。なお、原告は、このリストを所持する権限を持っていませんでした。
Ⅱ 争点
本件は、原告の上記各行為が就業規則違反であるとする本件解雇が、被告の解雇権濫用として無効になるかが主な争点となりました。
Ⅲ 判決の内容
1.本件捜査への協力要請自体が業務外の事項に対する任意の要請であるから、本件捜査メールの送信は、職場の秩序を乱すものでも、業務上の権限を超えた専断的な行為でもないと判断されました。
2.私用による外出については、当時労働時間が厳格に管理されていたわけではなく、平成30年11月の外出以外に原告が無断外出をした証拠はないから、その違反の程度は軽微であるとされました。
3.原告が各業務命令書の交付後に同様の行為を繰り返したと認める証拠はありませんでした。
4.その他、被告が主張する、本件外出メールの送信は被告自身が定めたルールを遵守する方向での指摘であること、本件黒塗り嘆願書の配布行為は原告と関係のある者に報告等をしたことが不当とまではいえず名誉や信用を殊更に害した事情も見受けられないこと、東京労働局長への解決援助の申出は公的な機関により運用される手続であって被告の社会的評価を低下させるものとはいえないこと、A社への手紙の交付については解雇後の行為であるから解雇事由にすることはできないことなどを理由に、いずれも解雇事由には該当しないと判断しました。
5.以上によれば、原告の各行為のうち、就業規則に違反するのは私用での無断外出及び被告に無断で行われた本件リストの保存のみであり、それぞれの事情は解雇を相当とするほどの事情ではなく、これらを併せて考えても、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、解雇権を濫用したものとして無効であると判断されました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
1.従業員を解雇する場合、その解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効」となります(労働契約法16条)。
2.通常、就業規則には「勤務成績が不良のとき」や「勤務態度が不良のとき」などの解雇事由が定められていますが、定年まで勤務することを前提とした長期雇用システム下では、解雇事由に該当していても、解雇することが著しく不合理であり、社会通念上相当といえない場合は、解雇は無効となります。
具体的には、単なる成績不良というだけでなく、企業経営に与える支障の程度、それまで是正のために注意したにもかかわらず改善されないなど改善の見込みがないこと、労働者側に酌むべき事情がないことなどを考慮して、事案毎に個別具体的に判断されています。
3.本件において、裁判所は、被告が本件解雇の根拠として複数の事情を列挙しましたが、その多くは解雇を相当とする事情には当たらないと個別に判断しました。
そのため、就業規則違反に該当するとされたのは、上記各行為のうち、本件リストの持出しと私用での無断外出の2つのみであり、これらを併せて検討しても解雇を相当とする理由ではないと裁判所は結論付けました。
4.裁判所が認定した原告の各行為は、いずれも職場の秩序を乱すものであり、特に同僚である被告の従業員から退職を求める嘆願書が提出されるなど、被告にとって原告が居続けることによる影響は看過できないものであったと考えられます。そのため、原告を解雇するという判断をしたことは、被告における円満な職場環境を維持するうえではやむを得なかったとも思えます。
しかし、裁判所は、原告の問題行動について、個別に解雇理由に該当するか、また解雇を認めるだけの合理性及び相当性があるかを検討し、いずれも解雇理由には当たらないか相当性を欠くと判断しています。そのため、裁判所は、迷惑行為や職務規律違反による解雇について、数が多いというだけでなく、個別の行為の重大性を吟味していると評価できます。
また、被告は、業務命令書の交付後も原告は命令違反行為を繰り返したことを解雇理由として主張していましたが、裁判所は業務命令書の交付後も原告が各行為を繰り返したと認められる証拠はないとして、被告の主張を認めませんでした。原告の問題行動が被告の内部でも問題視されていたのであれば、どのような行動について改善命令を出していたのか、日頃から記録をしておくべきだったといえます。
5.今後、服務規律違反を理由とする普通解雇を検討する場合には、いくつの問題行動があるかというだけでなく、個別の行為が職場環境に与える影響等を具体的に検討し、解雇することが相当といえるかを判断する必要があります。
また、問題となる行為があれば、その都度行動の内容と併せて改善命令を行ったことを記録しておくことが望ましいといえるでしょう。
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