監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
2024年4月より、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。これまで労務管理が曖昧だった企業も、今後は従業員の労働時間を正確に把握しなければなりません。
また、上限規制を守らないと罰則の対象にもなるため、事業主は十分注意が必要です。
本記事では、時間外労働の上限規制の内容や、建設業に求められる取り組み、違反した場合の罰則などを詳しく解説していきます。「まだ対応できていない」という方は、ぜひご覧ください。
目次
【2024年4月】建設業における時間外労働の上限規制とは?
2024年4月より、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。
労働基準法における法定労働時間は「1日8時間、1週間40時間」であり、これを超えて働くには36協定の締結が必要です(法定外残業)。
また、法定外残業の上限は「月45時間、年間360時間」と定められており、臨時的・特別的な事情がある場合も以下の上限を超えることはできません。
〈臨時的・特別的な事情がある場合の特別条項〉
- 年間720時間以内
- 月100時間未満
- 2~6ヶ月の平均がいずれも80時間以内
- 月45時間を超えるのは、年6回まで
建設業については、36協定を締結すればこれらの上限適用は猶予されていましたが、2024年4月以降、一般企業と同様に上記のルールを守る必要があります。
1年間の時間外労働は720時間以内
36協定の特別条項に定めることで、年間720時間以内の法定外残業が認められます。
ただし、720時間÷12ヶ月=月60時間の残業が認められるわけではありません。特別条項には、「残業が45時間を超える月は、年6回まで」というルールがあるため、毎月60時間の残業は法律違反となります。
また、特別条項で定めた上限時間が720時間未満の場合、その時間が優先されます。例えば、特別条項で「700時間以内」と定めた場合、700時間を超えた時点で違法となります。
時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満
1ヶ月の残業時間と休日労働の合計は、100時間未満にする必要があります。
例えば、以下のケースは合計時間が100時間を超えるため、違法となります。
〈時間外労働〉
1日4時間×出勤日数22日=88時間
〈休日労働〉
1日6時間×出勤日数3日=18時間
〈合計〉
88時間+18時間=106時間
ひと月でも100時間を超えると違法になるため、労務管理には十分注意が必要です。
時間外労働と休日労働の合計は複数月平均80時間以内
2~6ヶ月における時間外労働と休日労働の合計は、月平均80時間以内に設定する必要があります。
これは、1月~12月のうちどの2ヶ月、3ヶ月・・・6ヶ月をとっても、月平均80時間以内に収めなければならないということです。
例えば、繁忙期の4月に95時間の時間外労働をした場合、5月は65時間以内にしなければなりません。
時間外労働が月45時間を超えるのは年6ヶ月まで
36協定を締結すれば、月45時間を超える時間外労働も可能です。ただし、45時間を超過できる月は年6回までとなります。例えば、以下のような方法が考えられます。
〈1月~6月の時間外労働〉
45時間×6ヶ月=270時間
〈7月~12月の時間外労働〉
75時間×6ヶ月=450時間
〈1年間の時間外労働時間〉
270時間+450時間=720時間
このケースであれば、1年間の時間外労働の上限「720時間以内」に収まるため問題ありません。
なお、月45時間のカウントに休日労働は含みません。
災害復旧・復興事業は適用除外
災害時の復旧・復興の事業に関しては、時間外労働と休日労働の上限について、以下2つのルールは適用されません。
- 月100時間未満
- 2~6ヶ月平均80時間以内
建設業に猶予期間が設けられていた背景とは?
建設業で時間外労働の規制が進まなかった背景には、長時間労働の常態化や深刻な人手不足があります。
従来、建設業は一般企業と比べて休日も少なく、年間の時間外労働が360時間を超えることも珍しくありませんでした。
また、従業員の高齢化や就労者の減少も著しく、人材確保も困難な状況です。
このような背景から、すぐに長時間労働を是正するのは難しいとして、時間外労働の上限規制が猶予されていました。
しかし、過重労働が続けば従業員の健康状態が悪化したり、精神疾患を招いたりするリスクもあります。そこで、5年という猶予期間を経て、建設業でも働き方改革が進められることとなりました。
建設業の時間外労働の上限規制に対する取り組み
これまで時間外労働の管理が不要だった建設業界も、今後は上限を超えないようしっかり管理する必要があります。事業主に求められる取り組みについて、次項から解説していきます。
労働時間の適正な管理
ひとりひとりの労働時間を正確に把握することが重要です。
例えば、スマホで出退勤の打刻ができる勤怠システムを導入する方法が有効です。スマホであれば、現場への直行直帰が多い建設業でも簡単に労働時間を管理することができます。
また、アラート機能を備えた勤怠システムを選ぶのがおすすめです。アラート機能があれば、時間外労働の上限が近いときに通知が届くため、違法な長時間労働を未然に防ぐことができます。
週休2日制の導入検討
日本建設業連合会及び国土交通省も、建設業の週休2日制の導入を推進しています。
まとまった休みが取れれば、必然的に労働時間の短縮につながります。また、限られた時間の中で作業するため、モチベーションや業務効率のアップにつながることも期待できます。
さらに、これまで休みが不規則だった建設業で週休2日制が進めば、業界全体のイメージアップにつながり、就労者の増加も見込めます。人手不足が解消することで、長時間労働も徐々に改善されるでしょう。
生産性向上への取り組み
時間外労働が制限されても、業務量が減るわけではありません。限られた時間で急いで作業をすれば、重大な事故やミスを招くおそれもあります。
そこで、事業主は作業効率のアップを図り、労働時間を削減する取り組みが求められます。例えば、機械の導入や作業ラインの見直し、無駄な作業の洗い出しなどを検討しましょう。
余裕のある工期の設定
長時間労働を前提としない、余裕をもった工期を設定することが重要です。工事を発注する側、受注する側がよく話し合い、適切な工期を定める必要があります。
また、現在建設業では、週休2日制や4週8閉所などの取り組みが進められています。従業員の休みも考慮したうえで、必要な作業日数を検討しましょう。
給与体系や社会保険の見直し
給与の計算方法や労働条件見直しも求められます。例えば、週休2日制を導入したり、日給制から月給制に変更する方法があります。
労働環境の整備は人材獲得にも効果的で、積極的に行うと良いでしょう。
なお、給与体系を見直す際は以下の2点に注意が必要です。
【同一労働同一賃金】
業務内容や責任の重さが同等の従業員については、正社員やアルバイトといった“雇用形態”にかかわらず、同一の賃金を支払う必要があります。
【割増賃金】
月60時間を超える時間外労働については、50%以上の割増賃金を支払うことが義務付けられています。このルールは、令和5年4月より中小企業にも適用されているため注意しましょう。
「同一労働同一賃金」や「割増賃金」については、以下のページでも詳しく解説しています。
建設業における移動時間や待機時間の考え方
移動時間や待機時間が「労働時間」に含まれるかは、その時間が使用者の指揮命令下に置かれているかどうかで判断されます。よって、就業規則の規程などではなく“実態”に即して判断されるのが基本です。
例えば、以下のような時間は労働時間とみなされる傾向があります。
- 移動時間(資材の運搬や監視を任されている場合、移動中に打ち合わせを行う場合)
- 待機時間や手待ち時間
- 安全教育のための時間
- 始業前の朝礼や点呼
- 作業着への着替え
一方、従業員が自主的に掃除や体操を行っている時間や、始業前の自由時間などは、労働時間に含まないのが一般的です。
時間外労働の上限規制に違反した場合の罰則
時間外労働の上限を超えて労働させた場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
もっとも、上限規制に違反したからといって直ちに罰則が適用されるわけではありません。
まずは労働基準監督署から行政指導を受け、改善がみられなければ罰則を科されるのが一般的です。
建設業の時間外労働の上限規制についてのQ&A
特別条項付き36協定は必ず提出しなければなりませんか?
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法定労働時間を超えて労働をさせるには、36協定の締結が必須です。
また、1月45時間かつ年360時間を超える時間外労働を行う場合、特別条項付きの36協定を締結し、労働基準監督署に提出する必要があります。なお、1年単位の変形労働時間制では、時間外労働が1月42時間かつ年320時間を超える場合に特別条項の設定が必要です。
36協定の締結方法については以下のページをご覧ください。
時間外労働の上限規制に伴い、就業規則の改定は必要ですか?
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時間外労働の上限規制に伴い、勤務時間や休日などの“労働条件”を変更する場合、就業規則の改定が必要となります。
就業規則の改定後は就業規則変更届、労働者を代表する者の意見書、変更後の就業規則を所轄の労働監督基準署に提出した上で、労働者に就業規則の変更を周知します。
建設業の週休2日制に関して、法律上の規定はありますか?
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2024年現在、建設業に週休2日制を強制する規定はありません。よって、時間外労働の上限を守っていれば、週休1日や不定休でも問題はありません。
ただし、労働環境の整備は人材確保にもつながるため、事業主は前向きに週休2日制の導入を検討すると良いでしょう。
時間外労働の上限規制されたことで、下請契約においてはどのような取り組みが必要ですか?
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工事を請け負う建設業者も、著しく短い工期で請負契約を締結することが禁止されています(改正建設業法19条2項)。
時間外労働の上限が規制されたため、たとえ発注者と受注者で工期を合意・契約していても、労働基準法の定める上限時間を超えて作業を⾏うことはできません。そのため、注文者だけでなく受注者も、余裕のある適切な工期を定めることが重要です。
着工後に遅れが生じた場合、当事者間で協議のうえ、工期の延長も検討する必要があります。
建設業における時間外労働上限規制の労務管理については弁護士にご相談下さい
建設業の労務管理は複雑なので、事業主の方だけで対応するのは困難です。また、毎月の上限時間を定めたり、従業員の労働時間を正確に把握したりと、多くの手間がかかります。
弁護士であれば、時間外労働への取り組みについて具体的なアドバイスができます。自社に合った方法を選ぶことで、効率よく労務管理が行えるでしょう。
また、人手不足や従業員のメンタル不調など、中小企業が抱えるさまざまな問題についても幅広くサポートが可能です。
弁護士法人ALGは、建設業でも多くの顧問契約を締結しています。建設業界ならではの問題にも対応していますので、お困りの方はぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある