監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
賃金未払いとは、労働契約や就業規則などによって決められた賃金を、所定の支払日になっても支払わないことです。
賃金を適切に支払わないと、労働者の生活に支障が生じるおそれがあることなどから、賃金未払いは違法とされています。企業は民事上の責任に加えて、刑事上の責任も問われるリスクがあります。
この記事では、賃金未払いによって企業が負うリスクや、賃金未払いの主な類型、企業に科される罰則などについて説明していきます。
賃金の未払いで企業が負うリスク
賃金の未払いは、遅延損害金や付加金の請求といった民事責任を招くだけでなく、労働基準法違反として30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
また、従業員との信頼関係が損なわれ、離職やモチベーション低下につながる可能性があります。SNSなどで情報が拡散されれば企業イメージが悪化するリスクもあります。
労働審判や訴訟などの労働紛争へ発展するケースもあるため、未払い賃金の発生を防止することが重要です。
賃金未払いの主な類型とは?
未払い賃金になるおそれのある賃金には、毎月支払われる通常の賃金だけでなく、賞与などの一時金や残業代などの割増賃金、退職金なども含まれます。
未払い賃金が発生しやすい類型として、主に以下のようなものが挙げられます。
- ①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の未払い
- ②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い
- ③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い
- ④管理監督者の割増賃金の未払い
- ⑤賃金支払いの5原則の違反
①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の未払い
労働基準法では、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えた労働、法定休日の労働、深夜・早朝労働(22時~5時)に対しては、それぞれ所定の割増賃金を支払う義務があります。
割増賃金が発生していたのに支払っていない場合や、過少に算出して支払っていた場合には、賃金未払いとなります。
基本給を計算するときに算入が必要な手当などを失念したケースや、タイムカードと労働の実態がずれているケースなどで未払いが起こりやすいです。
詳しくは以下のページをご覧ください。
②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い
固定残業代(みなし残業制)は、あらかじめ割増賃金を一定額固定して支払う残業代です。
固定残業代制が無効とされた場合や、固定残業代を上回る残業代を支払わなかった場合などでは、割増賃金の全部または一部が未払いであったことになります。
基本給と固定残業代について、それぞれの金額を区別できないケースや、実際の割増賃金が固定残業代の額を上回った月に差額を精算しなかったケース、固定残業代が何時間分の残業に相当するかを明示しなかったケースなどで未払いが起こりやすいです。
詳しくは以下のページをご覧ください。
③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い
フレックスタイム制は、一定の期間内における総労働時間を定めたうえで、始業時刻と終業時刻を労働者が自由に決定できる制度です。
フレックスタイム制が適用される労働者についても、割増賃金が発生する場合があります。法定休日労働や深夜・早朝労働、時間外労働をさせた場合には割増賃金を支払う必要があり、支払わなければ賃金未払いとなります。
コアタイム(労働者に出社する義務を課している時間)に遅刻などをしたときに賃金を減らしていたケースや、法定休日労働などに対する割増賃金を支払わなかったケース、フレックスタイム制を導入するとだけ決めて労働者に1日に8時間を超える労働をさせていたケースなどでは未払いが起こりやすいです。
詳しくは以下のページをご覧ください。
④管理監督者の割増賃金の未払い
企業は、労働基準法の労働時間の規制などを受けない管理監督者に対して、残業代(時間外労働割増賃金と休日労働割増賃金)を支払う必要はありません。
しかし、管理監督者にあたるかについての判断基準を誤って理解しており、一定の役職以上の労働者に対する割増賃金の支払いをしていなかったケースなどでは、知らず知らずのうちに割増賃金が膨れ上がってしまっているおそれがあります。
また、管理監督者であっても、深夜・早朝労働については、深夜労働割増賃金を支払わなければならないことに注意が必要です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
⑤賃金支払いの5原則の違反
労働基準法24条では、賃金について①「通貨で」②「直接」③「全額を」④「毎月1回以上」⑤「一定期日に」支払うという5つの原則を定めています。
5原則のどれか一つにでも違反した場合は法違反となり、未払分があれば賃金未払いとされることになります。また、30万円以下の罰金刑が科されるおそれもあります。
また、労働基準法37条では、時間外労働や法定休日労働、深夜労働についての割増賃金の支払いを義務づけており、支払わなかった場合には、6ヶ月以下の懲役刑または30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。5原則に違反したときよりも罰則が重くなることに注意しましょう。
5原則について、詳しくは以下のページをご覧ください。
賃金未払いで企業に科される罰則
賃金の未払いは違法であり、刑事責任を問われるリスクがあるだけでなく、民事責任も問われるリスクがあります。
また、企業イメージの低下を招くなど様々なリスクがあるため、確実に支払うように注意しなければなりません。
刑事責任
賃金支払いの5原則の違反は、労働基準法違反となり刑事罰の対象となります。
5原則を定めた労働基準法24条に違反すると30万円以下の罰金という罰則が科されます(労基法120条第1号)。
また、割増賃金について定めた労働基準法37条に違反すると6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金という罰則が定められています(同法119条第1号)。
法人を懲役刑にすることはできませんが、社長などが罰されるケースはあります。刑事罰が適用されるのは、是正勧告を受けても会社がまったく改善しないケースや、長年にわたって故意に賃金を未払いにしているケースなどです。
民事責任
賃金の未払いがあった場合には、会社は本来支払うべき賃金を労働者へ支払う義務を負います。
また、未払いによって労働者に損害が生じた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求を受けるおそれもあります。
請求を受けたときには、未払いが発生した期間や金額、請求内容の妥当性を速やかに確認して、適切に対応しなければなりません。
付加金の支払い
労働者の請求により、裁判所によって未払い賃金のほかに、それと同一額の付加金の支払いを命じられることがあります(労基法114条)。
付加金の対象となる未払い賃金は、解雇予告手当、休業手当、時間外・休日・深夜労働の割増賃金、年休中の賃金があります。
遅延損害金の支払い
賃金が未払いである場合、使用者は遅延損害金を支払う義務を負います。遅延損害金は、本来であれば賃金を支払わなければならなかった日の翌日から、支払いが遅延している期間について発生します。
遅延損害金の法定利率は年3%(退職後の未払い期間の利率は年14.6%)の割合です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
労働者から未払い賃金を請求された場合の対応
労働者から未払い賃金の請求を受けた場合、企業は速やかに請求が正しいのかを確認しなければなりません。
未払いが確かにあったときには、労働者に支払うべき適正な金額を計算しましょう。金額について双方の意見が対立しているときには、話し合いを行う必要があります。
話し合いがまとまらなければ、労働審判や裁判などによって解決を図ることになります。
また、労働者が労働基準監督署に通報したケースでは、改善措置を講じて是正報告書を提出することが重要です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
未払いの賃金請求には時効がある
2026年4月以降に発生した賃金請求権の消滅時効期間は3年とされています。いずれは5年に延長される予定ですが、現時点では3年が適用されます。
賃金の請求権の時効の起算日は、賃金の支払日の翌日です。起算日から3年間を経過している未払い賃金について、企業は消滅時効を援用すれば支払いを拒否することができます。
2026年4月に生じた未払い賃金の遅延損害金は、賃金支払日の翌日から起算されます。まだ消滅時効が成立していなければ、過去に遡って請求されるおそれがあることに注意しましょう。
賃金未払いを未然に防ぐためにできること
賃金未払いを未然に防ぐためにできることは、以下のようなものが挙げられます。
- 1. 就業規則・賃金規程の整備と周知徹底
賃金に関する規定については、就業規則や賃金規程で明確に定め、それを全従業員に周知することが不可欠です。曖昧な規定は、労使間の認識のズレやトラブルの原因となります。文書だけでなく、説明会などを通じて実質的な理解を促すことも有効です。 - 2. 管理職への労務法務に関する教育と日常的な労務管理
現場の管理職が労働時間や賃金制度に関する正確な知識を持ち、適切な対応を行うことも、賃金未払いを防ぐ第一歩です。
サービス残業等が発生しないよう、労働者の労働時間を管理する立場にある管理職が、日常の労務管理において注意を払う必要があります。 - 3. 定期的な労務監査と専門家の活用
自社の労務管理が適切に行われているかを確認するために、定期的に社内または外部の専門家による労務監査を行うことが効果的です。就業実態と支給状況にズレがないか、法令改正に即した対応がなされているかなどを点検し、問題があれば早期に是正します。
給与規定については、以下の記事で解説しています。
未払い残業代の請求を巡る裁判例
事件の概要(平29(受)842号・平成30年7月19日・最高裁第一小法廷・判決)
・日本ケミカル事件
本件は、保険調剤薬局を営むY社に勤務していた薬剤師Xが、Y社から固定残業代として支払われていた「業務手当」が、固定残業代として無効であるとして、未払い残業代等を請求した事案です。
裁判所の判断
最高裁判所は、以下のように述べて、結論として本件の業務手当を有効な固定残業代と認め、原審判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻しました。
【固定残業代の有効性について】
●労働基準法37条は、同条などで定められた方法により算定された額を下回らない割増賃金を支払うことを義務付けるものであり、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金を含めて支払う方法自体が直ちに同条に反するものではない
●使用者は、労働者に対して、雇用契約に基づき時間外労働などに対する対価として定額の手当を支払うことにより、労働基準法37条の割増賃金の全部または一部を支払うことができる
【判断枠組み】
ある手当が時間外労働の対価として支払われるものか否かは、雇用契約書などの記載内容のほか、事案に応じて、使用者の労働者に対する説明の内容や、労働者の勤務状況などを考慮して判断すべきである。
【本件へのあてはめ】
最高裁は、以下の点を指摘して、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われたものと認められると判断しました。
- 雇用契約書、採用条件確認書、賃金規程において、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた
- Y社とX以外の従業員との間で作成されていた確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた
- 業務手当の額は、1ヶ月あたりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、Xの実際の時間外労働などの状況と大きく乖離するものではなかった
ポイント・解説
この判決は、固定残業代が何時間分に相当する賃金であるかが明記されていなかった事案で、固定残業代としての有効性を認めたものであり、実務に一定の影響力を与えたものといえます。
もっとも、固定残業代の有効性は、雇用契約書の記載や、使用者がした説明、実際の勤務状況などの諸事情により判断されることには注意が必要です。
賃金未払いの罰則・リスクに関するよくある質問
賃金の未払いが判明したら直ちに罰則が科されるのでしょうか?
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実務上、一般に、賃金の未払いが判明したとして、それによって直ちに罰則が科されるわけではありません。もっとも、賃金の未払いが判明し、労働基準監督署の是正勧告に従わない等の場合には、労基法違反として摘発の対象となる可能性は高まるといえます。
退職者やアルバイト等の賃金未払いも罰則の対象になりますか?
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賃金未払いに対する労働基準法上の罰則は、正社員だけでなく、アルバイトやパート、契約社員などの雇用形態を問わずに適用されます。また、退職者に対する未払い賃金についても対象となります。
企業側には、労働の対価として発生した賃金を適正に支払う義務があり、これに違反した場合には、労働基準法に基づき30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
未払い額や対象者の属性にかかわらず、速やかな是正対応が重要です。
未払い賃金があった場合、労働基準監督署の調査が行われることはありますか?
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労働者等が、未払い賃金に関する法令違反について申告・相談をした場合、労働基準監督署が調査に入る申告監督が行われます。申告監督は、①予告なしに行われる立ち入り調査、②予告の上で行われる立ち入り調査があります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
給料の未払いに対して警察が介入することはありますか?
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給料の未払いは労働基準法違反となる可能性がありますが、一般的には民事事件として扱われるため、警察が介入するケースは少ないです。
しかし、会社に支払意思がなく悪質に賃金を踏み倒していた場合や、虚偽説明を繰り返すなど刑事事件としての要素が認められる場合には、警察や検察が関与することもあります。
警察などが捜査を行う場合であっても、労働分野の法令違反に詳しい労働基準監督署による捜査を経てから動くケースが多いです。
賃金未払いで管理者や会社の責任者が刑事責任を問われることはありますか?
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賃金の未払いによって、責任のある社長や役員が刑事責任を問われる場合があります。
賃金の未払いがあったら、すぐに罰せられるわけではありませんが、悪質だと判断されると捜査対象となるため注意しなければなりません。
労働基準監督署から対応を求められたときには、誠実に対応すれば、刑事事件になることは避けられる可能性があります。夜逃げの準備をするなど、逃亡のおそれがあると判断されると、逮捕につながるリスクもあると考えられます。
給料未払いの裁判で労働者側が負けるケースはありますか?
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賃金が未払いになっていると主張して裁判を起こされても、労働者側が負けるケースはあります。
考えられるケースとして、主に以下のようなものが挙げられます。
- 実際の賃金額や労働時間といった事情についての証拠が不足していた
- 労働者が私用で外出するなどしており、働いていなかった
- 3年の消滅時効が成立しており、企業側が援用した
- 社会保険料などの正当な控除を行った結果として、賃金が少なかった
- 正当な解雇が行われたことにより、賃金が発生していなかった
賃金未払いによるトラブル防止のために、労務問題に強い弁護士がサポートいたします
賃金の未払いには刑事罰が適用されるおそれがあり、民事上の請求を受けるリスクも高いです。また、企業イメージの悪化などによる損害も軽視できません。
弁護士法人ALGでは、労働問題に強い弁護士が多数所属しており、賃金未払いによるトラブルを防ぐためのサポートが可能です。弁護士に相談・依頼していただくことによって、就業規則や雇用契約書の見直し、日常的な労務管理体制の整備などについてのアドバイスを行うことができます。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
