従業員が企業秘密を持ち出した場合の対応・予防策について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

従業員による企業秘密の持ち出しは、思っている以上に会社に甚大な被害をもたらすものです。
企業秘密を持ち出された場合は適切な対応をしなければなりませんし、そういった事態を未然に防ぐための予防策を講じることは、もはや会社にとって必須事項といえるでしょう。

本コラムでは、従業員が企業秘密を持ち出した場合の対応・予防策について解説していきますので、ぜひ参考になさってください。

従業員による企業秘密持ち出しのリスク

従業員が持ち出す企業秘密の内容にもよりますが、会社のノウハウが外部(特に同業他社)に流出した場合には顧客奪取などのリスクが生じます。

それだけでなく、企業秘密の漏洩は、会社の情報管理体制がずさんであることを示すものであり、株主、投資家などの外部的な信用を損なうものであると同時に、個人情報保護法上の安全管理措置義務(同法34条)違反の責任を負うことにもなりかねません。

従業員に企業秘密を持ち出された場合の対応

従業員による企業秘密の持ち出しに気付いたときは、「どのような内容の企業秘密が、どこまでの範囲に流出しているか」をいち早く特定し、回収を図ることが重要です。

流出して一度外部の目に触れた情報を、再度機密性の高い情報に回復することは極めて困難だからです。

秘密保持義務について就業規則の規定があるか?

就業規則は、適用対象となる従業員すべてが会社に対して負う義務について定めることができるものです。
そのため、就業規則には従業員の秘密保持義務を明記しておくべきでしょう。
さらにいえば、情報管理規程など、就業規則とは別規程で詳細に定めておくことが有用です。

秘密保持義務については、以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

就業規則に規定していなかった場合は?

会社在職中の従業員は、労働契約に付随する義務として会社の業務上の秘密を守る義務を負っているとされていますので(東京高等裁判所 昭和55年2月18日判決、古河鉱業足尾製作所事件)、就業規則に規定していなかったとしても、秘密保持義務違反を追及することは可能です。

もっとも、企業秘密の対象となる情報を就業規則などで明記していなければ、持ち出された情報が企業秘密に該当することを会社の側で立証しなければなりませんので、やはり就業規則などに明記しておくことは重要といえるでしょう。

企業秘密を持ち出した従業員を解雇できるか?

裁判例上においても、企業秘密を漏洩した従業員は、懲戒解雇(東京高等裁判所 昭和55年2月18日判決、古河鉱業足尾製作所事件)、普通解雇(東京地方裁判所 昭和43年7月16日判決、三朝電機製作所事件)の対象となり得ます。

なお、具体的にどのような処分が適切かについては、下記要素を考慮して判断されます。

  • 結果の重大性(企業秘密の重要性、秘密漏洩によって会社が負う損害の程度等)
  • 行為の態様(情報の入手方法、漏洩の動機・目的や方法等)
  • その他情状の有無・程度(会社の情報管理体制、本人の反省等)

懲戒解雇や論旨解雇など、懲戒処分に関する詳しい解説は、以下のページをご覧ください。

企業秘密の持ち出しに対する民事上の措置

会社の許可なくして行われる企業秘密の持ち出しは、従業員の会社に対する義務違反そのものですので、会社は、その従業員に対して損害を賠償するよう請求できます。

債務不履行・不法行為に基づく損害賠償請求

繰り返しとなりますが、従業員は、会社に対して「付随義務としての秘密保持義務」を負っているほか、就業規則や個別の労働契約書などによる「個別の秘密保持義務」を負っています。

このため、秘密保持義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)が可能です。

また、秘密保持義務違反によって会社の利益減少(財産権の侵害)や外部的信用失墜(名誉権の侵害)も生じますので、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)も可能となります。

企業秘密の持ち出しで問うことのできる刑事責任

企業秘密の持ち出し行為は、民事上だけでなく刑事上の責任も問われるべき行為です。

窃盗罪・業務上横領罪

会社の秘密文書などを持ち出した場合、その秘密文書を取り扱う権限のある従業員には業務上横領罪(刑法253条)が、そのような権限のない従業員には窃盗罪(刑法235条)がそれぞれ成立する場合があります。

ただし、これらの犯罪類型は、文書などの有体物のみを対象としています。
そのため、例えばデータをUSBメモリに保存して持ち出すなど、無体物の持ち出しについては適用されません。

営業秘密を不正取得した場合の刑事罰

不正競争防止法は、会社から開示された「営業秘密」(同法2条6項)を不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的(図利加害目的)で使用又は開示することを不正競争の一類型と定め、会社の従業員に対する使用・開示の差止め、損害賠償、侵害状態の排除、信用回復措置の請求をそれぞれ規定しています。

営業秘密に該当するための3つの要件とは

「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)であるというためには、以下の3つの要件すべてを満たす情報でなければなりません。

  • 秘密管理性
    秘密情報として管理されていること(アクセス制限があり、かつ、秘密であることが客観的に認識できる状態で管理されていることが重要です)
  • 非公知性
    情報保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態にあること
  • 有用性
    財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つ事業活動にとって有用なもの

通常、②と③は満たすことが多いので、①を満たすかどうかが最も重要となるでしょう。

従業員による企業秘密の持ち出しを防ぐには

従業員による企業秘密の持ち出しを防ぐには、アクセス制限を設けるなど客観的な管理体制を構築するとともに、就業規則等で秘密保持義務やそれに違反した場合の制裁を明記するといった、従業員にも日頃から秘密保持義務の重要性を認識させておくことが有用です。

企業秘密の持ち出しに関する裁判例

企業秘密を持ち出した従業員の解雇の有効性は、個別具体的な事情を考慮して判断されます。
以下で取り上げる実際の裁判においても、複数の要素を総合的に考慮して判示していますので、ぜひ参考になさってください。

事件の概要

4257名分の顧客リストを取引相手(会社と販売パートナー契約を締結している他社)に送信した従業員に対する懲戒解雇の有効性が争われた事案です。

裁判所の判断

事件番号:平成22年(ワ)第21647号
裁判年月日:平成24年8月28日
裁判所:東京地方裁判所
裁判種類:判決

本判決は、4257名分の顧客リストを取引相手に送信した行為は会社の就業規則所定の懲戒事由に該当するとはしつつも、会社の情報管理体制がそれほど厳格であったとはいえないこと、また、退職後に当該顧客リストを不正利用しようとしていたとはいえないことなどの事実を認定し、解雇権の濫用に当たるとして懲戒解雇を無効と判示しました。

ポイントと解説

一見すると、大量の顧客リストの持ち出しという、それ自体重大な企業秘密漏洩にあたると評価される行為といえるでしょう。しかし、従業員本人の意図や目的、会社側の管理体制の度合い次第では、懲戒解雇が無効になってしまう場合もあることを示しています。この点、参考にすべき特徴的な裁判例の一つといえます。

企業秘密の持ち出しに対する法的措置や予防策について、労働問題に強い弁護士がアドバイスいたします

企業秘密の持ち出しによって会社が被る損害が大きなものになる一方で、それに対する予防策を徹底し、自社の身を守る体制を構築できている会社は決して多くありません。
就業規則などの制度だけでなく、従業員への周知徹底といった運用面でも気を付けるべき点は多数あります。

会社の身を守るための制度・運用づくりに関しては、労務問題に強い弁護士にご相談ください。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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