人事異動とは|種類や目的、実施手順などの基礎知識
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
人事異動は、企業が業務効率を追求しながら活動するうえで欠かせないものです。
しかし、人事異動の命令は労働者に不利益を生じさせることがあり、労働紛争につながるリスクを伴います。そのため、あらかじめ命令の根拠を定めておくことや、命令の内容について十分に検討することがとても重要です。
この記事では、人事異動の種類やメリット・デメリット、手順等の基礎知識を解説します。
目次
人事異動とは
人事異動とは、企業が命令することによって、社員の配置や地位、勤務条件などを変更することです。
ただし、これは労働基準法などの労働問題に関係する法律で明確に定義されているわけではありません。
人事異動は無条件に行えるわけではなく、就業規則によって人事権を行使します。労働者から求められた場合には、人事異動を行うことについて合理的な理由の説明が必要になることもあります。
労働者への嫌がらせ等、不当な動機がある人事異動等は無効になる場合があるため注意しましょう。
人事異動が多い時期
人事異動を行う時期に決まりはありません。1年を通していつでも行うことができます。
とはいえ、日本国内の企業では、毎年3月末や決算期・事業年度の末日などの年度末に合わせて行われることが多いです。なぜかというと、ちょうど企業がその期の業績を踏まえて事業戦略を見直すタイミングであり、人員の配置換えなど、組織戦略の変更が必要になる時期だからです。
人事異動の種類
人事異動は、次の2つに大別されます。
《所属企業内の人事異動》
●配置転換
●転勤
●昇格・降格
《所属企業外の人事異動》
●出向
●転籍
多くの場合で、所属企業内の人事異動の方が労働者に与える影響が小さく、所属企業外への人事異動の方が影響は大きくなります。
上記の5項目について、それぞれ次項より解説します。
配置転換
配置転換とは、同じ勤務地のまま、所属する部署や業務内容が変更されることです。
例えば、新宿営業所で総務部として働いていた社員が、新宿営業所内の営業部で働くことになった場合等です。
転勤
転勤とは、同じ企業のなかで勤務地が変わることです。例えば、A社の新宿営業所で働く社員が、同じくA社の横浜営業所で働くことになった場合等です。 なお、転居が必要かどうかは関係ありません。昇格・降格
企業内での地位が上がることを“昇格”、反対に、企業内での地位が下がることを“降格”等といいます。企業によっては、呼び方が異なることがあります。また、“昇進”や“昇級”等により給与の上昇を伴うものや、“降職”や“降級”等により給与の減額を伴うものもあります。
ただし、給与の減額等を伴う降格については法的な問題点もあります。詳しい内容は以下のページをご覧ください。
出向
出向とは、出向元の企業と労働者の雇用契約を継続したまま労働者を他の企業へ出向かせ、そこでの業務に従事させることをいいます。出向先は親会社や子会社など、出向元の関連企業であるケースが多いです。
出向では、労働条件は出向元企業のものに準じつつ、業務の指揮命令権は出向先企業に移すのが通常です。しかし、詳しい出向条件の決め方や、出向先で不祥事を起こした場合の懲戒処分の方法をどうするかといった特有の問題をあらかじめ片付けておく必要があります。
出向に関するより詳しい説明は、下記の記事でご覧いただけます。
転籍
転籍とは、在籍する企業との雇用契約を一度解除したうえで、労働者に転籍先企業と雇用契約を締結させ、転籍先企業の業務に従事させることをいいます。業務の指揮命令権だけでなく、対象者との雇用関係も転籍先企業に移る点が、“出向”とは異なります。
転籍についてのより詳しい内容は、以下のページでご覧いただけます。
人事異動を行う理由・目的
人事異動を行う理由や目的は、一般的に次の4つに分けられます。
- ①人材の育成
- ②適材適所の人員配置
- ③事業計画などの達成
- ④不正防止
これらについて、以下で解説します。
人材の育成
人材を育成するために、本人や周囲の社員の成長を促すことが人事異動の目的として挙げられます。
人事異動によって、新しい部署・環境でそれまでとは異なる業務に携わることで、視野や仕事の幅が広がるとともに、スキル・能力の向上が期待できます。また、優秀な社員を異動させれば、異動先の人材の育成にもつながります。
なお、幹部候補を異動させる場合は、様々な部署で経験を積ませて、それぞれの部署の業務や実情などについて理解を深めさせ、企業全体を見通す視野を身に着けさせることを目的としているケースが多いです。
適材適所の人員配置
企業戦略として、適材適所に人員を配置することが人事異動の目的として挙げられます。
人には向き不向きがあるので、その人材の能力を最大限に発揮できる部署を見つけ、適性に合わせた人材を配置することは、企業全体の生産性を上げるうえでかなり重要です。
事業計画などの達成
事業計画等を達成することが人事異動の目的として挙げられます。
事業計画や企業戦略は、社会情勢や企業を取り巻く環境の変化に応じて、柔軟に策定・変更しなければなりません。新たな人材の確保や、既存の人材の活用を行うために労働者を異動させます。
組織の活性化・不正防止
仕事のマンネリ化の防止や、不正の予防が人事異動の目的として挙げられます。
同じ環境での業務が長期間に渡って続くと、慣れが出てしまい、業務に対する意欲が低下する傾向があります。
また、マンネリ化によりモチベーションが下がり、業績に影響が出るケースもあります。
さらに、同じ場所で同じ業務を続けていると、職場の風通しが悪くなり、上司や他の部署が口出しできない状況に陥って不正の温床となるおそれがあります。
仮に不正が行われても、告発する人がいないため気づくことができず、大きなトラブルに発展してしまうリスクが生じます。
これらを予防するために、一定期間おきに人事異動を行うことが決められている場合があります。
人事異動を行うメリット
人事異動を行うときは、メリットとデメリットを十分に検討することが大切です。人事異動のメリットには、以下のようなものがあります。
●異動先の部署や組織全体が活性化し、新しい発想や考え方が生まれやすくなる
優秀な社員をあえて異動させることで、異動先の社員が刺激されて組織全体が活性化したり、異動先の業務効率を上げる新しい方法が見つかったりする可能性があります。
●社員のモチベーションが上がる
異動先の部署で新しい業務に携わらせることで、社員に仕事のやりがいを感じさせられれば、生産性の向上や退職の防止につながります。
●優秀な人材を育成できる可能性が高まる
様々な業務を経験させることは、社員の視野や仕事の幅を広げ、優秀な人材の育成につながります。また、業務の関連に気づく等、教育体制の見直しにもつながります。
人事異動を行うデメリット
人事異動は、注意しないと会社にダメージを与えるおそれがあります。
人事異動のデメリットには、以下のようなものがあります。
●責任の所在があいまいになるリスクがある
しっかりと引継ぎができない場合、引き継いだ業務でトラブルが発生したときに誰の責任となるのかがわからず問題となるおそれがあります。
●労使トラブルに発展するリスクがある
人事異動について社員が十分に納得していない場合、労働紛争になる等、大きなトラブルに発展してしまうおそれがあります。
●業績が悪化するリスクがある
コアメンバーが抜けてしまった部署が機能しにくくなることや、適材適所ではない人事異動により各部署の成績が落ちることが考えられます。
人事異動の拒否について
労働者は、基本的に人事異動の命令を拒否できません。これは、日本の正社員の多くが長期的に働くことを前提に雇用されており、解雇が厳しく規制されることの裏返しだと考えられます。
過去の裁判例でも、会社の人事権は広く認められています。
人事権とは、社内の労働者の地位を上下し、待遇を決定する会社の権限のことです。簡単にいえば、社内の労働者の扱い方を決められる会社の権利といえるでしょう。
この人事権があるため、会社は、労働者に配転・昇格・降格・出向といった人事異動(配置転換)を命令することができます。
ただし、人事権を濫用した人事異動の命令は無効となります。トラブルに発展するリスクを最小限にするためにも、通達する前に、人事権の濫用に当たらないかどうかを慎重に検討する必要があります。
人事異動が無効となるケース
法律や労働契約等に反する人事異動、人事権の濫用と判断される人事異動は制限されます。
人事異動が無効となるリスクが高いのは、主に次のような場合です。
- 異動命令の根拠規定や黙示の合意すらない場合
- 職種・勤務エリアの限定があり、その限定の範囲外への異動命令である場合
- 人事異動に業務上の必要性がない場合
- 人事異動の動機・目的が不当な場合
- 労働者が被る不利益が著しい場合
- 賃金の減額を伴う異動の場合
これらの場合には、労働者が人事異動を拒否しても、正当な理由があると判断されるおそれがあります。
人事異動の拒否について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
人事異動を行う手順
人事異動を行うときの流れは、主に以下のようなものです。
- 各組織の実態調査
- 異動対象者の決定
- 異動対象者との面談
- 関係者等への内示
- 辞令の発表
- 異動後の引継ぎなどフォローの実施
この流れについて、次項より解説します。
①各組織の実態調査
人事異動を行う前には、各部署の状況や人員の過不足、異動させる労働者に必要なスキル等についてヒアリングします。そして、各部署に適切な人員を配置することを目指して候補者をリストアップします。
②異動対象者の決定
人事異動の対象とする労働者は、異動の希望者の情報等をチェックしながら決めます。
異動対象者の決め方は目的に沿って、以下のような要素についてさまざまな角度から評価しましょう。
- 年齢
- 在職年数
- 健康状態
- 階級・職位
- 勤務態度を含めた人事評価
- 賞罰
- 人間関係
- 休暇取得状況
- 保有資格
- 採用試験の成績
- 昇任試験の成績
- 経営戦略・人事戦略
- 異動先の欠員状況や補充要望
- 労働者の家庭状況
- 労働者の希望
異動させる労働者を選定したら、候補者の上司に説明して了承を得た上で、異動先の上司にも伝えましょう。
③異動対象者との面談
選定した労働者の上司に、人事異動について伝えて、上司から労働者に異動の情報を説明させましょう。このとき、候補となった労働者から強く反対された場合には、その理由をヒアリングしましょう。
家族の病気や介護等が理由であるケースでは、人事異動を中止することも検討する必要があります。
④関係者等への内示
内示とは、正式に人事異動を発表する前に、通達を受ける本人や上司等だけに行う内々の通知です。
内示の特徴として、以下のようなものが挙げられます。
- 決定事項ではない(人事異動の打診に使われることもある)
- 辞令の予告として行われる
- 人事異動のための準備期間を与えることを目的としている
内示のタイミングは、人事異動の二週間前や一ヶ月前程度である場合が多いです。なお、引っ越しを伴う人事異動の内示については、二ヶ月前には行うのが望ましいでしょう。
人事異動までの準備期間が十分でないと、労働者の不満が高まったり、引継ぎが満足に行われなかったりするおそれがあります。
⑤辞令の発表
辞令とは、人事に関して決まったことを通知する文書のことです。辞令の文面には、発令日や発令者、辞令を受けた人が所属していた部署と新たに所属する部署、勤務地等を記載します。
一般的には、メールや社内報、社内掲示板等の文面による通知が行われます。
⑥異動後のフォローの実施
人事異動が無事に行われたとしても、その後の労働者の様子を確認してフォローすることを忘れないようにしましょう。
異動した労働者は、慣れない環境に飛び込むことで、不安やネガティブな感情を抱えるケースも少なくありません。そのため、一定の期間が経過したら面談を実施する等して、安心して働けるように配慮する必要があります。
労働者に、新しい仕事の知識が不足している場合等では、研修を手配する等の対応を行いましょう。
人事異動による労使トラブルを防ぐための留意点
人事異動は労働者の利益に大きく影響する事柄であるため、労務上のトラブルに発展するリスクが低くありません。
例えば、
- 労働者のモチベーションの低下
- 労働者の離職
- 労使紛争への発展
といったトラブルが起こる可能性があります。
こうした労務上のリスクを未然に回避するためにも、以下で解説するポイントを押さえたうえで人事異動に取りかかることをおすすめします。
人事異動を命じる従業員への説明
人事異動の対象となる従業員が異動について納得していれば、労使トラブルに発展するリスクは低いでしょう。
そこで、対象となる従業員本人の理解を得られるように、下記に挙げる内容について説明を尽くすことをお勧めします。
- 人事異動が必要な理由
- 人事異動の対象者を選んだ基準
- 異動後の勤務場所、業務内容、勤務条件、キャリアプラン
- 異動に伴い会社が行う配慮(社宅の提供、単身赴任手当の支給等)
就業規定による根拠規定の策定
人事異動を命じるためには、就業規則で人事異動に関する定めをしておく等、あらかじめ根拠規定を設けておく必要があります。就業規則の内容は労働契約の一部となるので、会社が人事異動を行えることの裏付けとなるからです。
労働者には業務命令に従う義務があります。そのため、労働者が明確な理由なく業務命令を拒否した場合には、懲戒処分を行うことも可能です。万が一、裁判に発展してしまうと、根拠規定の有無や人事異動の必要性が問題になります。
また、業務の引継ぎに関連するトラブルを回避するためにも、就業規則等に次の事項を記載しておきましょう。
- 引継ぎ業務を義務化すること
- 引継ぎを怠った場合の処分に関する定め
加えて、人事異動前に有給休暇を取得されてしまうと、十分な引継ぎが行えない可能性があります。そこで、「引継ぎに関連して、会社が有給休暇の取得時季を変更する場合があること」も併せて記載しておくべきでしょう。
人事異動における情報漏洩への対策
人事異動の情報は、対象となった労働者本人やその上司、人事の担当者等から漏洩する場合があります。
対策として、人事に関する情報は口外禁止とするルールを定めることや、内示された情報は話さないという意識づけ、情報管理に関する教育等が挙げられます。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある