海外派遣者の安全衛生について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者を海外の事業所へ派遣をさせる際、会社は様々な手続をする必要があります。その中でも特に重要なのは健康面です。生活環境の変化によってストレスを抱える、思わぬ感染症にかかってしまうといったことが起こり得ます。そのような事態に陥らないためにも、使用者は海外派遣をする前に予防できるところはする、アフターフォローの体制を整える等といった対策が必要となるでしょう。本記事では、このように、労働者を海外派遣する際に使用者がするべき対応について解説していきます。
目次
海外派遣者の安全衛生対策
会社は、海外派遣者の健康管理等についても安全配慮義務を有しており、それに対して体制の整備をする必要があります。特に海外派遣となると、生活・職場環境がガラッと変わるため、今まで以上に労働者の安全と衛生を確保できるよう、対策を講じましょう。
健康診断の義務づけ
労働安全衛生規則45条の2では、海外に6ヶ月以上派遣する者については、あらかじめ健康診断を実施するようにと、使用者に義務づけています。健康診断の検査項目については次項をご覧ください。
健康診断をする目的としては、国内で受けるはずだった定期健康診断の救済として受けることと、労働環境が海外へ変化することへの使用者による配慮があります。また、同法では、海外派遣者は派遣後にも健康診断を実施するよう義務づけています。前後の検査を通し、病気の早期発見や早期治療につなげることも、この健康診断の目的です。
実施義務対象者
前項のとおり、使用者は、法律上、「海外へ6ヶ月以上派遣しようとする」労働者に、健康診断を受診させる義務があります。具体的には、以下の項目(2-3、2-4)で解説しているような項目を受診させなければなりません。
帯同する家族
使用者は、海外派遣者が帯同する家族にも健康診断を受診させる義務までは負っていませんが、海外派遣者と同様に受診をするようすすめましょう。また、お子様がいらっしゃる場合には、ワクチンの接種を受けるよう注意すべきでしょう。
健康診断実施時期
健康診断を実施すべきタイミングとしては、海外派遣前と派遣後の1回ずつであり、一時帰国した際は除くとしています。また、この健康診断を実施する日より6ヶ月以内に定期健診等を行っていれば、同様の検査を省略することができます。
長期派遣期間中の健康診断
安全衛生法上、海外派遣者に対する健康管理についての規定は、派遣前後の健康診断の実施のみです。しかしながら、使用者は、海外派遣者への安全配慮義務を負いますので、海外で生じ得る労働者の健康問題に対して、適切に対応するべきでしょう。
海外派遣期間が長期に及ぶ場合、会社としては定期的な健康診断の実施を行うことが好ましいといえます。一時帰国した際に実施したり、また、今では海外にも日本と同様の検査ができる医療機関があるため、そのような機関を利用しても良いでしょう。このように、健康診断を受診させる義務についての規定がない場合でも、使用者は労働者に対する安全配慮義務を履行することが重要です。
健康診断項目
海外派遣前、後に実施する健康診断は、以下のような検査を行います。
- ・既往歴及び業務歴の調査
- ・自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- ・身長※1、体重、腹囲、視力、聴力(1000Hz、4000Hz)
- ・胸部X線検査及び喀痰(かくたん)検査※2
- ・血圧測定
- ・貧血検査(血色素及び赤血球数)
- ・肝機能検査(GOT、GPT、γGTP)
- ・血中脂質検査(LDL、HDL、中性脂肪)
- ・血糖検査
- ・尿検査(尿蛋白、尿糖)
- ・心電図検査
※1:20歳以上の者に対しては医師の判断により省略可
※2:胸部X線検査によって①病変が発見されない者または②結核発病のおそれがないと診断された者に対しては、医師の判断により省略可。
医師が必要と判断する場合の検査項目
医師が必要と判断した場合に行う検査については、以下の内容になります。
- ・胃部X線検査
- ・腹部超音波検査
- ・尿酸値
- ・B型肝炎ウイルス抗体検査
- ・血液型検査(ABO式、Rh式)(派遣前のみ)
- ・糞便塗抹検査(帰国時のみ)
要経過観察・要治療となった者への対応
労働者が受診した派遣前の健康診断により、要経過観察や要治療と判断されるおそれもあります。その場合の対応について説明していきます。
〈要経過観察と判断された者への対応〉
中高年者に多くみられるのが、生活習慣病で要経過観察と診断される場合です。そのような場合、栄養指導、運動指導等をする必要がありますが、どちらも派遣先の環境に応じた指導をしなければなりません。また、メール等での経過確認を習慣化していくことも重要です。
〈要治療と判断された者への対応〉
病気によってはすぐに治療をしなければならない場合もあり、そのような労働者の中には派遣を中止すべきであるとの判断がなされるケースもあります。
病状が安定している者に対しては、日本の医師から遠隔的な治療を受けさせることがあります。しかし、基本的には、現地の医療機関にて治療をし、数ヶ月に1度帰国の上診察を受けさせることが推奨されています。
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感染症対策
派遣先が先進国であっても、発展途上国であっても、感染症のリスクが高い地域の場合は、必要に応じてワクチンを接種してから派遣することが一般的になっています。海外には、国内には無いような健康問題が多く存在し、抗体がない病気に感染してしまうと、重症化し、入院に至るおそれもあるため、対策は極めて重要になるでしょう。
以下のページでは、国によって注意すべき感染症や、ワクチン情報が記載されていますので、併せてご覧ください。
「厚生労働省検疫所FORTH」ストレスチェック・メンタルヘルスケア
海外へ派遣された者にとって、慣れない土地や異なる言語、文化の違い等によって心身にかかる負担は大きいものでしょう。そのように生活環境が変化することにより、労働者本人だけでなく家族までもがストレスを抱えるおそれがあります。慣れるまでに個人差はありますが、ストレスからメンタルヘルス不調に陥ってしまうおそれもあります。そうならないためにも、会社の担当者や、可能であるならば産業医等の医師による巡回が重要です。現地での対応が難しいのであれば、オンラインで様子をみたり、相談を受けたり等を行う配慮が必要となるでしょう。
労働者50人以上を有する使用者は、上記ストレスチェックの実施が義務付けられています。なお、労働者が50人未満の使用者も、上記ストレスチェックの実施をすることが望ましいでしょう。
ケガや病気の対応
労災保険は、海外への「出張」であれば適用されますが、「派遣」となると適用対象外となります。海外派遣者が派遣先の海外にてケガをしたり病気になった場合は、派遣元の使用者が労災保険における特別加入制度の加入手続をしていなければ、労働者は労災保険給付を受けることができません。
より詳しい内容については、以下のページにて解説していますので、ご覧ください。
災害・テロ発生の対応
海外派遣中の労働者が現地で災害やテロに巻き込まれたケースでは、ケガや病気時と同様に、特別加入制度の加入手続をしていないと労災保険の給付が受けられません。国内においても言えますが、海外ではいつ、何が起きるか分かりません。そのため、海外派遣を行う際は手続をしておく必要があります。
海外勤務者に対する危機管理についての詳細は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある