社内預金制度
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
社内預金制度は、会社にも従業員にもメリットが大きく、多くの企業で導入されています。
ただし、従業員に貯蓄を強制したり、預貯金を返さなかったりすることは違法にあたるため、運用には注意が必要です。
本記事では、社内預金制度の注意点等を解説します。
目次
社内預金制度の定義
社内預金制度とは、会社が従業員の給与の一部を預かり、預貯金の管理を代行する制度です。
福利厚生のひとつであり、制度を導入するかどうかは会社が決定します。また、従業員に貯蓄を強制することはできないため、実際に制度を利用するかは従業員の自由となります。
会社・従業員ともにメリットがある制度ですが、運用にはリスクやデメリットも伴うため注意が必要です。適切な管理方法や注意点について、詳しくみていきましょう。
預金の管理方法
社内預金制度では、従業員の給与やボーナスから一定額を天引きし、会社が預貯金を管理するのが基本です。あるいは、会社の委託先である信託機関に管理させることも可能です(銀行や金融機関を除く)。
ただし、給与には全額払いの原則があり、社内預金など一定のケースを除き天引きが禁止されています。詳しくは以下のページをご覧ください。
「財形貯蓄」との相違点
財形貯蓄も、従業員の給与の一部を天引きし、会社が貯蓄を代行する制度です。社内預金制度との違いは、預金先や金利にあります。
社内預金制度は、会社又は会社が委託する信託機関が運用しますが、財形貯蓄は銀行などの金融機関に預けます。
そのため、預金による利率も当然変わってきます。
社内預金制度は、厚生労働省令によって最低利率が0.5%と定められていますが、金融機関における最低利率は0.01%となっています。
したがって、財形貯蓄よりも社内預金制度の方が多くの利子を受け取れることになります。
財形貯蓄の詳細は、以下のページでも解説しています。
社内預金制度のメリット・デメリット
メリット
- 会社が預貯金を自由に使える
社内預金制度における預貯金は、使用用途が決められていません。そのため、設備投資や事業の運転資金に回すことも可能です。
一方、銀行からの借入は、使用用途が制限されることも少なくありません。 - 審査を受ける必要がない
ビジネスローンや銀行融資の場合、借入には審査を受ける必要があります。しかし、社内預金制度では審査がないため、確実に資金を調達することができます。 - 従業員のモチベーションがアップする
社内預金制度は比較的利率が高いため、従業員の定着率向上にも役立ちます。また、福利厚生のひとつとして、会社のアピール材料にもなります。
デメリット
- 利子を付与しなければならない
従業員の預貯金には、0.5%以上の利子を付ける必要があります。例えば、2000万円の預貯金がある場合、利息は年間で10万円となります。
そのため、一定の管理コストがかかると考えておきましょう。 - 返還請求に応じなければならない
社内預金は従業員のお金を預かっているだけなので、従業員から「預金を引き出したい」と頼まれたときは速やかに応じる必要があります。
そのため、常に一定の資金は残しておくことをおすすめします。 - 資産の保全が必要
会社の倒産に備え、従業員の預貯金を保全することが義務付けられています。例えば、信託機関に預ける場合、信託契約を締結するなどの保全措置を講じる必要があります。 そのため、信託料などの保全コストが発生するのが一般的です。
強制貯金の禁止について
労働基準法18条では、従業員に貯蓄を強制することを禁止しています(強制貯蓄の禁止)。
具体的には、以下の2点が禁止されています。
- 貯蓄の契約
社内預金を強制すること、又は会社が指定する銀行・金融機関・郵便局などと預貯金の契約をさせること - 貯蓄金を管理する契約
従業員が自ら金融機関に預けたお金を会社が管理すること、又は従業員の預金通帳や印鑑を会社が保管すること
これは、労働者の権利を保護するための規定です。
例えば、「退職するなら社内預金を返さない」と従業員を拘束したり、「経営悪化により貯蓄金を返せない」と従業員の財産が損なわれたりするのを防ぐため、本規定が設けられました。
社内預金制度を導入する要件
労働基準法では、従業員への強制貯蓄を禁止しています。
その一方で、従業員から委託された場合、会社はその貯蓄金を社内預金として管理することが認められています。
ただし、社内預金制度の実施には一定の要件があるため、以下で確認していきましょう。
労使協定の締結
社内預金制度を実施するには、従業員側と合意のうえ、労使協定(貯蓄金管理に関する協定)を締結する必要があります。よって、会社が一方的に導入することはできません。
“従業員側”とは、従業員の過半数で組織する労働組合、又は労働組合がなければ従業員の過半数を代表する者を指します。
また、労使協定では、主に以下の点について取り決める必要があります。
- 制度を利用できる従業員の範囲
- 社内預金の上限額
- 利率(0.5%以上)
- 社内預金の保全措置
- 制度の利用方法や引出しに関するルール
従業員に不利な条件だと、なかなか同意を得られず交渉が難航するおそれがあります。相手の主張も踏まえ、譲歩できる部分は譲歩しながら進めましょう。
また、労使間で合意ができたら、その内容を所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
規程の策定・周知
社内預金に関する規程を作成し、従業員に周知することも必要です(労働基準法18条3項)。
周知方法としては、以下のような方法が一般的です。
- 各作業場に備え付ける、又は見やすい位置に掲示する
- 全従業員に配布する
- 社内メールや回覧版などで通知する
このように、全従業員が認識できるような方法で周知することが必要です。
利子の付与
社内預金には、厚生労働省が定める下限利率以上の利子を付ける必要があります(労働基準法18条4項)。
下限利率は、市中金利(金融市場で適用される金利)とのバランスを踏まえ毎年見直しが行われますが、現在の利率は0.5%となっています(令和4年3月時点)。
したがって、下限利率を下回る金利で締結された労使協定は無効となります。また、この場合、下限金利で合意したものとみなされ、自動的に下限金利が適用されます。
社内預金の返還
従業員から貯蓄金の返還を求められた場合、会社は速やかに応じる必要があります(労働基準法18条5項)。これは、従業員は会社にお金を預けているにすぎず、自身の都合で自由に引き出せるためです。
したがって、資金繰りが苦しいという理由で、会社が社内預金の払戻しを拒否することはできません。
急な返還請求にも対応できるよう、常に一定額の資金は残しておくことをおすすめします。例えば、「社内預金の〇%は常に確保しておく」などとルールを定めておくと安心です。
退職時の解約請求
従業員は、退職時に社内預金の解約請求をすることで、会社に預けたお金をすべて引き出すことができます。
また、解約請求を受けた事業主は、請求から7日以内に、利息を含む全額を従業員へ返還することが義務付けられています(労働基準法23条)。
金融機関にお金を預ける財形貯蓄などと違い、社内預金は退職後に引き継ぐことができません。そのため、会社は退職時の解約請求に備え、常に一定額を確保しておくことが重要です。
社内預金の保全措置
事業主は、毎年3月31日時点の社内預金全額について、その後1年間にわたり保全措置を取ることが義務付けられています(賃金支払確保法3条)。
保全措置の内容は、以下のうちいずれかを選択します。
- 金融機関などによる保証契約
- 信託会社との信託契約
- 質件又は抵当権の設定
- 預金保全委員会の設置
預金保全委員会は、過半数が従業員によって構成される組織です。
事業主から社内預金の管理について報告を受け、必要に応じて意見を述べる役割を担っています。また、従業員から寄せられた社内預金に関する苦情処理も行っています。
ただし、預金保全委員会を設置する場合、保全機能強化のため、支払準備金制度も併用するのが望ましいとされています。
この制度は、社内預金の返還請求にも応じられるよう、払戻しに必要な資金を確保しておくというものです。
また、預金保全委員会の運営方法(開催頻度や議事録の保管期間など)にも決まりがあるため注意が必要です。
会社倒産時の注意点
会社が倒産した場合や、民事再生手続きをとった場合、従業員の債権は優先順位に応じて支払われます。
この点、社内預金は優先度の低い一般債権にあたるため、会社の資産状況によっては従業員に全額返還されないおそれがあります。
もっとも、保全措置をきちんと取っていればこのような心配を減らすことができるので、従業員が安心できるようにするため、必ず講じておきましょう。
また、保全措置の内容は労使協定で定めておくことが重要です。
倒産時の手続きについては、以下のページで解説しています。
預金管理状況の報告
事業主は、毎年3月31日以前の1年間における社内預金の管理状況について、所轄の労働基準監督署に届出・報告しなければなりません(預金管理状況報告)。
また、この報告は毎年4月30日までに行う必要があります(労働基準法104条の2、労働基準法施行規則57条3項)。
報告内容としては、年間の貯金額や貯金者数、保全措置の内容などが含まれます。
なお、報告は基本的に事業場ごとに行いますが、同じ労基署管内に複数の事業場がある場合、併せて届出・報告することが可能です。
本社一括報告が認められる要件
全国に支社がある場合、事業場ごとに預金管理報告を行うのは手間がかかります。
そこで、以下の要件をすべて満たす場合、本社が全拠点分を一括して届出・報告することができます。
- 社内預金に関する労使協定の内容が全拠点で同じであること
- 預金元帳が本社で一括管理されていること
- 全拠点の保全措置が本社で一括して講じられていること
なお、この報告先は、本社を管轄する労働基準監督署となります。
ただし、支社などにも報告に関する照会が行われることもあるためご注意ください。
派遣労働者の社内預金
社内預金に関する規定(労働基準法18条)は、派遣元の事業主に適用されます。したがって、派遣元の会社は、派遣労働者の委託に応じて預金を受け入れることができます。
一方、派遣先は派遣労働者と雇用契約を結んでいるわけではないので、社内預金も適用されません。よって、派遣先が派遣労働者から預金を受け入れることはできません。
その他、派遣労働者については注意点が多いです。詳しくは以下のページをご覧ください。
労働基準監督署長による中止命令
社内預金制度が従業員の利益を著しく損なう場合、労働基準監督署から預金管理の中止を命じられる可能性があります(労働基準法18条6項)。
また、中止命令を受けた会社は、速やかに従業員へ貯蓄金を返還しなければなりません(同法18条7項)。
例えば、会社が従業員からの返還請求に応じなかった場合、中止命令が出されることがあります。
また、社内預金の払戻しが難しくなり、状況の悪化が懸念される場合や、従業員から労基署に申し出があった場合、救済措置として中止命令が出されることもあります。
社内預金制度に関する罰則
社内預金の規定に違反した場合、労働基準法によって以下の罰則を受ける可能性があります。
- 強制貯蓄の禁止(18条1項) → 6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金(119条1項)
- 中止命令による社内預金の返還義務(18条7項) → 30万円以下の罰金(120条1項)
罰則の対象にならないよう、適切な運用を行うことが重要です。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある