出来高制の給与保障に関する法律の定め
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
使用者の方には、労働者へ給与を支払う際に、固定給を支払うのではなく、出来高払いにしたいと考える方もいらっしゃるかと思います。
出来高払制とは、労働者が販売した金額や製造した物の量等の成果に応じて賃金の額を決定する制度をいい、使用者としては、成果に対して支払うため無駄が生じにくいという側面があります。また、労働者としても、成果を出せば出した分だけ給与に反映されるので、労働意欲を増進させる等のメリットがあるという点で、非常に有効な賃金の支払方法です。
しかし、労働基準法では、出来高払制を採用する条件として、保障給という一定額の支給を保障するよう使用者に義務づけているなど、多くの注意点があります。
使用者の方におかれましては、出来高払制を採用する際に何に注意しなければならないのか、こうした保障給の制度を設ける具体的な理由は何なのか、保障給としてどの程度支払う必要があるのか等、様々な疑問をお抱えかと思います。今回はこうした疑問に答えながら、出来高払制の保障給について解説していきます。
目次
出来高払制の保障給
冒頭でも少し述べたように、出来高払制には労働者の労働意欲を高めるというメリットがある一方、労働者の収入が景気に大きく左右されたり、繁忙期以外の収入が大幅に減少したりする等、労働者の生活が不安定になるといったデメリットがあります。そのため、労働基準法27条は、出来高払制その他の請負制によって労働者を使用している使用者に対して、保障給という労働時間に応じた一定額の賃金を保障するよう義務づけています。
つまり、労働基準法27条は、保障給を義務づけることで安定した収入を確保し、出来高払制の労働者の生活を安定させようとしています。こうした理由から、保障給がまったくない「完全出来高払制」を採用することは禁止されています。
以下、出来高払制について説明していきます。
出来高払制とは
出来高払制とは、仕事の成果に応じて賃金の額を決定する制度をいい、成果に応じて決定される賃金を歩合給と呼ぶこともあります。
出来高払制を採用する職業の例としては、タクシードライバーやセールスマン等が挙げられます。例えばセールスマンの場合、販売個数や売上げ等が考慮され、賃金(歩合給)の額を決定することが多いようで、トップセールスマンとそれ以外のセールスマンの賃金(歩合給)とで倍以上の差がついているということもありえます。このように、労働者としても、成果を出せば出した分だけ給与に反映されるため、モチベーションが向上するというメリットがあります。
請負制とは
労働基準法27条は「出来高払制その他の請負制」と規定し、「請負制」の一つの例として「出来高払制」を挙げています。ここでいう請負制とは、仕事を完成させることを約束した当事者の一方(労働者)に対して、他方(使用者)がその成果に応じて賃金を算定して支払うことを約束する労働形態をいいます。
請負制は労働時間に応じて賃金が発生し、金額が変動したりすることはなく、賃金が仕事の成果に応じて算定されるため、成果によって賃金(歩合給)が変わる出来高払制とその特徴が一致します。そのため、労働基準法27条は、請負制の一つの例として出来高払制を挙げ、どちらにも保障給の支払を義務づけています。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
保障給の金額
労働基準法27条では、出来高払制を採用するための条件として、保障給という一定額の支給を保障するよう使用者に義務づけています。しかし、保障給の金額について定める法律はなく、通達でも「通常の労働者の実収賃金を余り下回らない程度の収入が保障されるべき」と規定されているだけで、具体的にどのくらいの保障をすべきか明らかではありません。
この点については、労働者の最低限の生活を保障することを趣旨とする「休業手当」の金額を参考にできるでしょう。休業手当は、使用者の責任で休業が発生した場合に労働者に対して支給される手当で、平均賃金の6割以上を支払うべきものとされています。
また、参考になるものとして、後述するとおり、歩合給制度(出来高払制)が採用されている自動車運転者について、「固定給と併せて通常の賃金の6割以上の金額が保証されるように保障給を定める」旨の通達があります。ここでは、平均賃金ではなく、通常の賃金の6割以上とされていますが、保障給の割合として「6割以上」とされていることに注目するべきでしょう。
このように、保障給の金額は、平均賃金の6割が目安とされていると考えられます。
平均賃金については、下記の記事をご覧ください。
労働時間との関係
保障給について「労働時間に応じ」と労働基準法27条で規定されていることから、出来高払制を採用している場合には、原則として、時間単位で支払うように定める必要があります。保障給は実際に就労した時間に応じて支払えば良いので、欠勤や遅刻、早退等のために就労しなかった時間分について支払う必要はありません。ただし、年次有給休暇を取得した場合は例外であり、以下で説明するとおり、保障給を支払う必要があります。
これに対して、就労した時間に関係なく、一定の期間について一定額を支払うケースが見受けられます。これは、出来高払制の保障給とはいえませんが、平均賃金の6割程度以上が保障される場合には、保障給について定めがなくとも労働基準法27条に違反しているとはいえません。ただし、出来高払制の保障給を定めた法の趣旨からすれば、時間単位で保障給の額を定めた方が良いといえるでしょう。
最低賃金の適用
労働基準法が使用者に保障給の支払いを義務づけた目的は、労働者の最低限度の生活を保障するためであるため、出来高払制で支払われる賃金についても最低賃金を下回ることはできません。出来高払制の労働者の賃金については、保障給と歩合給でそれぞれ時給を算出して、時給の合計額と最低賃金を比較するという方法で最低賃金を下回るか否かを判断します。
最低賃金については、下記の記事で説明しています。
自動車運転者の場合
歩合給制度(出来高払制)が採用されている自動車運転者について、「固定給と併せて通常の賃金の6割以上の金額が保証されるように保障給を定める」旨の通達もあります(平成元年3月1日基発第93号)。自動車運転者の1時間あたりの保障給は、
「1時間あたりの保障給=通常の賃金×0.6」
という計算式で算出されます。
ここでいう「通常の賃金」とは、過去3ヶ月程度の期間において支払われた賃金の総額(すべての時間外労働及び休日労働に対する手当を含み、臨時に支払われた賃金及び賞与を除く)を当該期間の総労働時間数で割って得た金額を指します。
出来高払制の保障給が不要となるケース
出来高払制は、前述のとおり、保障給が平均賃金の6割である必要があります。
労働基準法27条は、保障給の支払を使用者に義務づけ、労働者の安定した生活を保護することを目的としています。そのため、出来高払制等による賃金(歩合給)とそれ以外の固定給が併せて支給されているケースでは、固定給が保障給の代わりとなるため、賃金総額における固定給の割合が6割以上の場合、例外的に保障給を支払う必要はないと考えられています。
逆にいえば、保障給について細かな定めを置かずに、固定給の割合を6割以上に設定するということも可能だと思われます。
出来高払制の割増賃金
使用者は、時間外労働や休日労働、深夜労働をさせた労働者に対して、それぞれ規定の割増率で計算した割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条第1項、4項)。
この点、出来高払制は労働時間というよりも労働の成果に着目しているため、時間外労働というものには馴染まないように思われます。しかし、歩合給は割増賃金の算定にあたって除外される除外賃金(労基法37条第5項、労基則21条各号)には該当しないため、出来高払制を採用する場合でも、時間外労働等をさせたときは割増賃金を支払う必要があります。
出来高払制の場合、支払うべき割増賃金の計算にあたっては、基本給・保障給部分と歩合給部分を分けて計算します。詳しい計算方法については、下記の記事で解説しています。
出来高払制の年次有給休暇
出来高払制を採用する場合に労働者が年次有給休暇を使用したときも、使用者は労働者に賃金を支払う必要があります。
では、支払うべき賃金の額をどのように算定するのかというと、次の計算式を使用します。
「支払うべき賃金=歩合給÷当月の総労働時間×1日あたりの所定平均労働時間」
それ以外の賃金制度を採用する場合に支払うべき金額の計算方法等、年次有給休暇制度の詳細について知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
就業規則に規定する必要性
「賃金に関する事項」のうち、特に金額や算定方法は明確にしておくべき事柄です。そのため、単に支払えば足りるというものではなく、就業規則に記載しなければならない絶対的必要記載事項とされています。労働者とのトラブルを回避するためにも、出来高払制の保障給については計算式や金額などその内容を明確に規定しておくことが重要です。
保障給の不払いに対する罰則規定
出来高払制等を採用しているにもかかわらず、労働者に保障給を支払わない使用者は、30万円以下の罰金に処せられます(労基法120条)ので、使用者の方は注意する必要があります。
出来高払制の保障給に関する裁判例
ここで、出来高払制の保障給に関する裁判例をご紹介します。
名古屋地方裁判所 平成14年5月29日判決、山昌(トラック運転手)事件
<事件の概要>
運送業を営むY社(反訴原告)にトラック運転手として雇用されていたX(反訴被告)は、Yを退職するにあたり、XY間で締結していた償却方式契約(Xの運賃収入から車両代金やガソリン代等の経費を控除し、一定額に満たない場合は、不足分を貸付け扱いにしてXに賃金を支給する旨の契約)に基づき、Yから清算金として952万342円の支払いを求められました。
そこで、Xが本件償却方式は労基法27条・民法90条に違反し無効であると主張し、清算金債務不存在確認等を求める訴訟を提起したところ、Yが上記金額の支払いを求める反訴を提起しました。(なお、反訴提起後、Xは自身の訴えを取り下げました。)
<裁判所の判断>
前提として、労基法27条は、出来高払制等を採用すると労働者の生活の安定の確保が難しくなることを考慮し、使用者に対して、一定額の賃金保障として、時間単位で保障給を支払う義務を課しています。したがって、労働契約が同条に違反して無効となるかどうかは、同条の趣旨に合致するような給与体系が確立・運用されているかどうかで判断されるとしました。
そして、Xの給与体系の実質は、Xの運賃収入の額に応じて賃金が支払われるもので、労基法27条にいう出来高払制等に該当すると考えられます。しかし、本件償却方式については同条の趣旨に合致するような給与体系が確立されていたとは認められず、また、同条の趣旨に合致した賃金の支払いを確保するような運用がなされていたとも認められないため、裁判所は、本件償却方式は労基法27条に違反するものであると判断しました。
そのうえで、同条は、労働者の賃金月額が実質的にマイナスになることを許容するものではないことは明らかであるとして、少なくとも、最低保障額を超えて清算金債務が累積された月については、最低保障額との差額分(貸し付けられた分)は同条に違反し無効であるという判断を下しました。
加えて、本件償却方式に公序良俗違反(民法90条)があるかどうかを考えるにあたって、本件償却方式が、本来労働者が負担することが予定されていない不利益を労働者に課すことを内容とする労働契約であり、それらを是正できるような措置もなく、また、退職の事由を事実上制限する等、不合理性が著しいものであると認定しました。そして、運用状況や運用の結果を総合考慮しても、著しい不当性が認められ、これを是認できる特段の事情もないとして、最低保障額との差額を貸付金として扱うという本件償却方式は、少なくともこの点について、公序良俗に違反して無効であると判断しました。
以上の判断を踏まえて、裁判所は、本件償却方式について、少なくとも「最低保障額との差額を貸付金として扱う」部分は、労基法27条および民法90条に照らして無効であると判示し、Yの請求を棄却しました。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある