労働安全衛生法の改正|2024年の改正点をわかりやすく解説
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を守るために定められた重要な法律です。事業主に対して、安全衛生管理体制の整備や労働災害防止のための様々な措置をとるよう義務付けています。働き方改革の一環として2019年に改正が行われ、すべての労働者の労働時間を適正に把握すること等、実効性の高い規定も追加されました。
また、2023年に行われた改正では、化学物質によって引き起こされる労働災害を防止するための改正が行われました。さらに、2024年の改正では、対象化学物質が追加されて、化学物質管理者の選定が義務化されています。
このページでは、労働安全衛生法の改正について、2024年(令和6年)における最新の改正内容だけでなく、2023年の改正点等も含めてわかりやすく解説していきます。
目次
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、労働者の安全と健康を守り、快適な職場環境を整えるための法律です。主に労働災害の発生を防ぐため、事業主に様々な措置を義務付けています。
例えば、以下のような措置が定められています。
- 職場の安全・衛生管理を担うスタッフの配置
- 危険物又は有害物に対する措置
- リスクアセスメントの実施
- 労働者への安全衛生教育
- 労働者の健康管理
義務付けられる措置の範囲については、会社の規模や事業内容によっても異なります。詳しくは以下のページをご覧ください。
【2024年改正】労働安全衛生法
2024年4月1日に、労働安全衛生法の次のような点が改正されました。
- ラベル表示等による通知をしなければならない化学物質の追加
- 危険性・有害性が確認された物質につき、労働者へのばく露を最小限度にすること(ばく露を濃度基準値以下にすること)
- 皮膚等障害化学物質への直接接触の防止(健康障害を起こすおそれのある物質関係)
- 化学物質による労災発生事業場等への労働基準監督署長による改善指示
- リスクアセスメントに基づく健康診断の実施・記録作成等
- 化学物質管理者・保護具着用責任者の選任義務化
- 雇入れ時等における労働衛生教育の拡充
- 安全データシート(SDS)等による通知事項の追加及び含有量表示の適正化
- 第三管理区分事業場の措置強化
これらのうち、主な点について次項より解説します。
規制化学物質の追加
国による「GHS分類」という分類方法によって、発がん性、生殖細胞変異原性、生殖毒性、急性毒性について比較的強い危険性・有害性が確認された234物質が、ラベル表示等の義務の対象として追加されました。
GHS分類とは、化学品の危険有害性を世界的に統一された一定の基準に従って分類し、絵表示等を用いて分かりやすく表示するための分類方法です。
この分類によって化学物質の表示を統一し、化学品の危険性を正しく認識することで、事故を防いで人の健康を守り、環境を保護することを図っています。
化学物質管理者の選任の義務化
化学物質管理者とは、化学物質等の管理のために必要な能力を有しており、事業場において化学物質の管理にかかる技術的事項を管理する人です。
選任が必要となるのは、以下のような事業場です。
- リスクアセスメント対象物を製造し、または取り扱う事業場
- リスクアセスメント対象物の譲渡または提供を行う事業場
上記2つのいずれも、業種・規模の要件は設けられておらず、上記2つのいずれかに該当した場合には化学物質管理者の選任が必要となります。
なお、リスクアセスメントとは、事業場に存在する危険性・有害性の特定、リスクの見積り等を行い、労働者の危険や健康障害を発生させるおそれのあるものについて、危険性又は有害性を調査することです。
化学物質管理者は、事業場ごとに選任する必要があります。選任後には事業場の労働者に周知しなければならないので、氏名を見やすい場所に掲示する等しなければなりません。
選任要件
化学物質管理者として選任される人は、基本的に事業者の裁量によって決めることができますが、化学物質について専門的な知識や能力を有する人にする必要があります。
そこで、化学物質管理者には、以下のような選任の要件が設けられています。
- リスクアセスメント対象物の製造事業場では、化学物質の管理に関する講習を修了した者等
- リスクアセスメント対象物の製造事業場以外の事業場では、資格要件はないものの、専門的講習等を受講した者の選任を推奨
コンサルタントに依頼する等、外部の人間を選任することは禁じられていませんが、なるべく事業場の労働者から選任するのが望ましいとされています。
必要となる講習
リスクアセスメント対象物の製造事業場において、化学物質管理者に選任されるための講習は、表のような内容になっています。
科目 | 時間 | |
---|---|---|
講義 | 化学物質の危険性及び有害性並びに表示等 | 2時間30分 |
化学物質の危険性又は有害性等の調査 | 3時間 | |
化学物質の危険性又は有害性等の調査の結果に基づく措置等その他必要な記録等 | 2時間 | |
化学物質を原因とする災害発生時の対応 | 30分 | |
関係法令 | 1時間 | |
実習 | 化学物質の危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づく措置等 | 3時間 |
【2023年改正】労働安全衛生法
2023年4月1日に、労働安全衛生法の次のような点が改正されました。
- 危険有害な作業を行う事業者の保護措置
- 新たな化学物質規制の導入等
これらの改正点について、以下で解説します。
危険有害な作業を行う事業者の保護措置
2023年4月1日に施行される労働安全衛生法の改正により、雇用している労働者ではない一人親方や資材搬入業者等について、次のような措置を取ることが義務づけられました。
- 局所排気装置等の設備を稼働させる措置又は使用を許可する措置
- 義務づけられている特定の作業方法を周知する措置
- 保護具を使用する必要がある旨を周知する措置
- 化学物質の有害性等について、その場所にいる労働者以外の人も見やすい箇所に掲示する措置
この改正は、アスベストが労働安全衛生法の適用外だった一人親方等に被害を及ぼしたことから、適用する対象を拡大するために行われたものです。
新たな化学物質規制の導入等
2023年4月1日より、規制対象外となっている危険性が不明な化学物質による労災が発生したことを踏まえ、化学物質についての規制が強化されました。
この規制強化により、業者に以下のような対応が求められることになりました。
- ばく露を最小限度にすること(ばく露を濃度基準値以下にすること)
- ばく露低減措置等の意見聴取、記録作成・保存
- 皮膚等障害化学物質への直接接触の防止(健康障害を起こすおそれのある物質関係)
- 衛生委員会付議事項の追加
- がん等の遅発性疾病の把握強化
- リスクアセスメント結果等に係る記録の作成・保存
- がん原性物質の製造等の作業記録の保存
- 職長等に対する安全衛生教育が必要となる業種の拡大
- 安全データシート(SDS)等の「人体に及ぼす作用」の定期確認及び更新
- 事業場内で化学物質を別容器に保管する時の措置の強化
- 化学物質の製造等の仕事を注文する者が必要な措置を講じなければならない設備の範囲の拡大
【2019年改正】労働安全衛生法
働き方改革により、2019年4月1日以降、労働安全衛生法は下記のように改正されました。
- 労働時間の把握の義務化
- 産業医・産業保健機能を強化
- 長時間労働者に対する面接指導を強化
労働時間の把握の義務化
事業主は、すべての労働者の労働時間を、以下のような“客観的な方法”によって適正に把握することが義務付けられました。
- タイムカードの打刻履歴やパソコンの使用時間のチェック
- 労働者名簿や賃金台帳の保存(3年間)
- 労働時間が自己申告制の場合、書面で申告させ、適宜実態を調査すること
また、1ヶ月の時間外・休日労働が80時間を超えた労働者については、その旨を本人に通知しなければなりません。さらに、本人から申告があった場合、医師による面接指導を実施することが義務付けられています。
なお、これらの義務に違反しても罰則はありませんが、労働者の安全と健康を守るため、必ず実施しましょう。
産業医・産業保健機能の強化
法改正では、産業医の在り方を見直し、産業保健機能の強化が図られています。
産業医とは、労働者の健康管理について専門的な立場から助言・指導する医師のことです。労働安全衛生法では、労働者が常時50人以上いる事業場おいては、必ず産業医を選任しなければなりません。
また、産業保健機能とは、労働者の安全と健康を守るために、会社が行う取組みのことをいいます。産業医や保健師、外部の専門家などと連携し、快適な職場作りに努めることが求められます。
具体的な改正内容について、以下でご説明します。
産業医の活動環境の整備
産業医の権限が拡大されたのがポイントです。具体的には、以下の2点が挙げられます。
- 産業医への“健康管理に関する情報”の提供(労働安全衛生規則第14条の2)
長時間労働者がいる場合、会社は産業医へ報告する必要があります。
また、産業医から健康管理に関する情報を求められた場合、会社は速やかに提供しなければなりません。 - 産業医による勧告(労働安全衛生規則14条の3)
労働者の健康に問題がある場合、産業医から会社へ勧告することができます。また、勧告を受けた会社は、衛生委員会などへ報告する必要があります。
これにより、産業医がより独立的・中立的に職務を遂行できると期待されています。
さらに詳しく知りたい方は、以下のページもご覧ください。
健康相談の体制整備、健康情報の適正な取扱い
労働者が安心して産業医への健康相談等ができるようにするためには、産業医が健康相談に応じることができる適切な体制が整っていることが前提です。
また、産業医の具体的な業務内容や健康相談の申出方法が労働者に周知されていなければなりません。
その他にも、健康相談等から得られる労働者のプライベートな情報の取扱いについて適切な規程を定めるなど、労働者が情報漏洩の心配なく相談できるようにする必要があります。
事業者に求められる責務の詳細は、下記の記事をご確認ください。
長時間労働者に対する面接指導の強化
法改正に伴い、産業医による長時間労働者・高ストレス者への面接指導を強化する旨も定められました。
具体的には、面接指導の対象者の範囲が「(月の時間外・休日労働時間の合計が)100時間を超える労働者」から「80時間を超える労働者」へと拡大され、より多くの者が面接指導の対象になりました。
さらに、事業者は、労働時間の状況を把握することや、面接指導対象者に自身の労働時間に関する情報を知らせるといった義務も課せられています。
これらの変更から、改正により、事業者に対する健康管理義務は厳格化されたといえるでしょう。
事業者に望まれる具体的な対応については、下記の記事で説明しています。
労働安全衛生法の改正で企業に求められる対応
労働安全衛生法は、労働環境を改善して、より健全で働きやすい職場を作っていくために、ほとんど毎年のように改正されています。そこで、事業者は改正された事項を確認して、労働安全衛生法上の新たな義務について注視することが求められます。
労働安全衛生法の改正に対応するために、人事労務の管理体制を整えて、現状把握と改善を行うべきでしょう。
労働者には、安全衛生に関する教育を行い、意識の啓発等を行うようにしましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある