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労働災害

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

労働災害(労災)の発生に備えて、使用者は、公的保険である「労災保険」への加入が義務づけられています。
使用者が労災保険に加入しなかった場合や、労災が発生したことの報告を怠り労災隠しをした場合には、刑事罰を受けるおそれもありますので注意しましょう。

ここでは、労災及び労災保険の概要や種類、労災が起きた際の対応等について解説します。

労災(労働災害)とは

労災とはわかりやすくいうと、労働者が業務中又は通勤中に発生した負傷や病気、死亡などのことです。業務中の負傷等を「業務災害」、通勤中の負傷等を「通勤災害」といいます。

機械を操作していて負傷したケース等、明らかに仕事をしていて事故に遭った場合だけでなく、熱中症になったケースや転倒したケース等でも労災だと認められる可能性があります。

業務災害 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡
通勤災害 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡

労災の認定基準

労災は、労働基準監督署によって認定されます。
労働時間が長時間に及んだ状態で脳血管疾患や心臓疾患を発症すると、労災(過労死)として認定されやすくなります。また、業務と疾病との間に因果関係が確⽴していると認められた疾病については職業病リストに定められており、労災と認められる可能性が高いです。

さらに、パワハラを受けた労働者がうつ病を発症した場合や、長時間労働をした労働者が自殺した場合等についても労災と認定されることがあります。

過労死として労災認定される基準等について、及び職業病リストについては以下の各記事で解説しているので併せてご覧ください。

過労死による労災認定
労災補償の対象となる職業病

業務災害

発生した事故等が業務災害に該当するためには、次の要件について認定基準を満たす必要があります。

  • 業務遂行性がある
    業務遂行性とは、使用者の支配・管理下で業務に従事していたことを意味します。職場で仕事をしていた場合だけでなく、営業で外回りをしていた場合等も該当します。一方で、勤務時間中に遊びに出かけて怪我をした場合等には業務遂行性は認められません。
  • 業務起因性がある
    業務起因性とは、業務に従事したことが原因で怪我や病気を負ったことを意味します。仕事として重い物を持ち上げた場合や、刃物を使った場合等に怪我をすれば該当します。ただし、休憩時間に同僚と遊んで怪我をした場合等には該当しない可能性が高いです。

業務災害の認定について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。

業務災害の認定

通勤災害

通勤災害とは、通勤によって発生した負傷、疾病、障害又は死亡のことです。会社に向かう途中や家に帰る途中などにおける転倒や、交通事故などによる負傷が対象となります。

通勤災害が認められる要件として、住居と勤務先を合理的な経路及び方法によって往復していることが挙げられます。そのため、勤務終了後に住居とは反対の方向にある居酒屋に寄った場合等には、通勤災害が認められにくくなります

ただし、夕食の購入や親族が入院している病院への立ち寄り等、最小限度の逸脱については、その間を除いた時点で発生した事象について通勤災害だと認められる可能性があります。

通勤災害の認定に関しては、以下の記事でさらに詳しく解説しています。ぜひご一読ください。

通勤災害の認定

労災保険とは

労災保険とは、「労働者災害補償保険」の略称であり、労働や通勤を原因とした負傷や病気などの補償を行うための保険です。
労災保険と健康保険の違いは表のとおりです。

労災保険 健康保険
目的 労災の治療等 労災以外の傷病の治療等
保険料の負担 すべて使用者が負担する 使用者と労働者が折半する
治療費の自己負担 なし 基本的に3割負担する

労災保険と健康保険は目的が異なるため併用はできません。労災の可能性がある業務や通勤にかかわるケガや病気であったにもかかわらず、会社が従業員に健康保険の使用をさせてしまうと、労災隠しを疑われるおそれがあるため注意しましょう。

労災保険への加入義務

労災保険の加入条件として、労働者を1人でも雇用していることが挙げられます。この条件に該当すると、基本的に労災保険に加入する義務が生じるため、未加入だと保険料をさかのぼって徴収されるだけでなく、追徴金を徴収されるおそれがあります。

労災保険への加入は、労働者が正社員である場合だけでなく、契約社員やパート・アルバイトといった非正規社員である場合についても義務とされています。

ただし、公務員や、雇用者が5人未満の小規模な農林水産業などの個人経営事業については適用されません。

労災保険の特別化加入制度

労災保険の特別加入制度とは、通常であれば労働者とみなされない者について特別に労災保険への加入を認める制度です。主に次の者を対象としています。

  • 中小事業主
  • 個人タクシー事業主
  • 一人親方
  • 家事支援従事者、介護作業従事者
  • 海外企業への派遣労働者

特別加入制度による労災認定は、労災の適用対象の範囲を、労働者に準じる業務をしていることに限定しています。実際の裁判において、その要件を充たしているかは非常に厳格に判断されています(最高裁判所 平成9年1月23日第1小法廷判決、姫路労基署長(井口重機)事件など)。

したがって、中小事業主等のすべての業務が保護対象となるわけではないことに注意しましょう。

労災保険料の負担

労災保険の保険料は、使用者が全額負担するものであり、労働者側に負担はありません。

保険料率は、過去3年間に起こった業務災害及び通勤災害の発生率などを考慮し、業種ごとに厚生労働大臣が定めることとなっています(労保徴12条2項)。一般的に、労災が発生しやすい業種ほど保険料は高額になりますが、労災の発生を防止する取り組みによって減少させれば、「メリット制」という制度によって保険料を抑えることができます。

使用者が労災保険の加入手続を行っていなかった場合に労災が発生すると、被災労働者に給付される保険の全額又は一部を負担することになりますので、労災保険への加入手続は忘れずに行うようにしましょう。

労災保険の補償内容

労災保険の補償は、労災によって受けた被害の状況や内容によって定められています。
政府が保険者となり、保険事故(労災)が発生した際、被災労働者や遺族に給付請求権が発生します。

具体的には、労災認定を受けると、次のような補償がなされます。

療養補償給付 負傷や疾病に対する、治癒するまでの診察費・治療費です。ここでの「治癒」とは、完全に治った状態だけでなく、治療を続けても症状がよくならない状態も含んでおり、そこで給付は終了になります。
休業補償給付 負傷や疾病により4日以上労働できない場合、その休業中の4日目以降に平均賃金の100分の60が給付されます。
障害補償給付 負傷や疾病が症状固定に至った際、障害等級1級~7級に該当する障害が残った場合に給付されます。また、障害等級8級~14級に該当する障害が残った場合には一時金が給付されます。
遺族補償給付 支給の形式として年金と一時金があります。労災で亡くなった労働者の収入によって生計を維持していた家族等がいる場合には年金が支給されます。一時金は、年金を受け取る資格のある遺族がいない場合に支給されます。
介護補償給付 労災により、障害等級が1級又は2級の障害が残り、常時介護が必要になったときに給付されます。ただし、病院又は診療所に入院等している場合は、十分な介護のサービスを受けているとされ給付されません。
傷病補償年金 負傷や疾病が療養開始後1年6ヶ月経っても治っていない場合、又は身体に残った障害が後遺障害に該当する場合、その程度に応じて給付されます。
葬祭料の給付 業務上の死亡者の葬祭を行う際、葬祭を行う者に対して給付されます。給付の内容は、31万5000円に平均賃金の30日分を加えた金額で、この金額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、平均賃金の60日分が支給されます。

労災発生時に企業が負う責任

労災発生時における企業の責任は、法令に定められています。
使用者は労働安全衛生法に基づき安全衛生管理責任を負っており、違反した場合には、民事責任及び刑事責任に問われるおそれがあります。

民事責任

労災保険は労働者が被った損害をすべて補償するわけではないため、使用者は労災保険でカバーされない部分について民事上の損害賠償責任を追及されるおそれがあります。

労働者が会社に対し、損害賠償責任を追及するときの主な法的根拠として、次のものが挙げられます。

  • 不法行為責任
  • 安全配慮義務の債務不履行

労災が発生したときの民事上の損害賠償責任の範囲等について詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。

労働災害における企業の損害賠償責任

刑事責任

使用者が事故の発生を防止するための措置を怠った場合等には、次のような罪に問われるおそれがあります。

  • 労働安全衛生法違反
  • 業務上過失傷害罪
  • 業務上過失致死罪

これらの罪によって、使用者が懲役刑や罰金刑に処せられるおそれがあるだけでなく、会社も罰金刑に処せられるおそれがあります。

労働災害が発生した場合の企業対応の流れ

事業場で労災が発生したら、事業者は次のような手順で対応しなければなりません。

  1. 被災労働者を医療機関に受診させる
  2. 療養(補償)給付を請求するための書類又は治療費を請求するための書類を作成・提出する
  3. 労働者死傷病報告の届出をする
    ※救急搬送された場合には、窓口で治療費を支払い、治療費を請求するための書類を労働基準監督署の窓口に提出する

労働者は、退職後であっても労災申請が可能です。そのため、退職した労働者が労災申請したいと申し出た場合には、なるべく協力することが望ましいでしょう。

労災が発生したときの企業の対応について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。

労働災害が発生した場合の会社の対応

労災発生時における企業の義務

申請手続きにおける助力・証明義務

労災の手続きは、基本的に被災者である労働者が自分で行います。しかし、怪我や病気の影響で、本人による手続きが難しい場合には、使用者が申請を手助けしなければなりません。

また、申請手続きに必要な証明を労働者から求められたときには、速やかに証明しなければなりません。証明する事項として、労災が発生した日時や状況等が挙げられます。使用者が押印することによって、これらの事項に間違いないことを証明します。

休業補償の待機期間中の賃金補償義務

労働者が労災によって休業した場合、使用者は休業補償を行わなければなりません(労基法76条)。労災保険に加入している場合には、その労災保険から給付が行われます。

しかし、労災保険から給付が行われるのは休業の4日目からであり、最初の3日間は給付されません。そのため、平均賃金の6割以上を使用者が支払う必要があります。これは賃金ではなく補償金であるため、所得税の課税対象にはなりません。

最初の3日間について、労働者は有給休暇を取得することも可能です。この場合には、労働者にとって給与が10割支給されるメリットがあるものの、有給休暇の残りの日数が減ることを嫌がる労働者もいるため個別に対応しましょう。

労働者死傷病報告の提出義務

労災が発生したときには、使用者は「労働者死傷病報告」を提出しなければなりません。

労働者死傷病報告とは、労災の統計や再発防止対策に利用される報告書です。労働者が死亡や休業したときに提出が義務づけられており、休業が4日以上になった場合には、一般的に1~2週間程度で提出することが望ましいとされています。

また、労働災害再発防止書等の提出を求められる場合があります。これは、次のような事項を点検して報告するための書類です。

  • 災害発生状況
  • 災害発生原因
  • 再発防止対策
  • 再発防止対策の持続性の検討
  • 労働災害防止対策の水平展開

再発防止への取り組み

労災の再発防止のためには、次のような取り組みが必要となります。

  • 労災の原因となる4M(人的要因、設備的要因、作業的要因、管理的要因)を見直す
  • 労働者の不安全行動や、機械や物の不安全状態を解消する
  • KY活動(危険予知訓練)に取り組む
  • リスクアセスメントを行う
  • メンタルヘルス対策を行う

再発防止対策について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。

労災の再発防止対策

労災発生時の注意点

労災休業中の解雇制限

労働基準法19条は、労働者が労災の療養のための休業期間中、及びその期間終了後30日間は、基本的に解雇することができないという解雇制限を定めています。ただし、これは業務災害(業務上の負傷、疾病)に限ったものであり、通勤災害(通勤による負傷、疾病)は対象とされていません。

また、次のケースにおいては例外的に解雇することができます。

  • 治療開始から3年経っても完治せず、打切補償として平均賃金の1200日分を支払ったケース
  • 労働者が休業中に定年退職となったケース
  • やむを得ない事情により事業継続ができなくなったケース
  • 治療開始から3年経過した時点で、労災保険から傷病補償年金を受けているケース

労災隠しの違法性

労災が発生したことを労働基準監督署に届け出なかったり、虚偽の申告をしたりすると、「労災隠し」とみなされ、刑事責任を問われるおそれがあるので注意しましょう。
「労災隠し」とみなされるのは、次のような場合です。

  • 報告自体をしなかった
  • 適切な期間内に報告をしなかった
  • 労働者に口止めをした
  • 虚偽の内容を報告した
  • 労災の治療をする際、被災労働者に健康保険証を使用させた
  • 労災保険に加入していなかった

この「労災隠し」が発覚した場合、50万円以下の罰金に処すると定められています(労働安全衛生法120条5号)。また、被災労働者から民事訴訟等を起こされるリスク等もあります。

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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