労働協約の終了及び余後効について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労使間の契約の一種である労働協約には、労働組合法(以下、「法」といいます)によって特殊な規律が定められています。そして、これは労働協約が終了した場合でも問題となります。
本稿では、労働協約がどのような理由で終了するのか、終了した労働協約がその後の労使関係にどのような影響を及ぼすのかについて見ていきたいと思います。
目次
労働協約の終了について
労働協約は、一定の事由が生じた場合に終了し、その効力を失います。具体的には、有効期間の満了、解約・解除、目的の達成、当事者の変動、反対協約の成立等が終了事由となります。
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労働協約の終了原因
有効期間の満了
労働協約に有効期間を定める場合、法律上、最長3年間までとされています(法15条1項)。あまりに長きにわたって協約内容が変わらない労働協約というのは、労使がその時々の状況の変化に柔軟に対処しようとするのを妨げてしまうからです。
ちなみに、協約を自動更新する条項や、期間満了後まで新協約の内容が労使間で妥結しない場合、一定期間延長する条項を定めることもできます。どちらも労働協約の有効期間を延ばそうとする点では同じです。もっとも、前者は更新の都度期間計算がリセットされるのに対し、後者は延長前後の期間がすべて累積されるという点で大きく異なります。つまり、後者は累積した有効期間が3年を超えないようにしなければなりませんので、延長前の有効期間は3年未満にしておく必要があります。
解約・解除
労働協約は、労使間の契約の一種ですので、一般的な私人間の契約と同様、解約や解除によって労働協約が終了する場合があります。ただし、労働組合法上特別の効力を付与されているという特殊性ゆえに、解約・解除に関する規律も特殊です。
期間の定めのない労働協約の解約
期間の定めのない労働協約(自動延長の場合を含む)は、当事者のうちどちらか一方が、少なくとも90日前に、署名、または記名・押印した文書で予告すれば、解約が可能です(法15条3項、4項)。
解約の理由は必須ではありませんが、あまりにも恣意的で労使関係の安定を著しく損なうような解約は、解約権の濫用として、解約が実現できない場合があるのでご注意ください。
予告期間に関しては、「少なくとも90日前」と定められています。つまり、90日より前でも構いません。
また、予告期間を示さなかったり、90日よりも短い予告期間を示したりした場合でも、文書の到達から90日が経過した時点をもって解約の効果が生じると考えられています。
労働協約の解約と不当労働行為
期間の定めのない労働協約を解約するには、格別の理由は必要とされません。
もっとも、使用者の側から解約を行う場合、解約権の行使が専ら組合に打撃を与える目的で行われたと認められるときには、支配介入の不当労働行為(法7条3号)に該当します(東京地方裁判所 平成2年12月26日判決 駿河銀行事件)。これは、労働組合が使用者との対等な交渉主体であるために必要な自主性、団結力、組織力を損なうおそれのあることとして禁止されている行為です。
ちなみに、労働協約の解約が不当労働行為にあたる場合、労働組合は、労働組合法上の救済手続(法27条以下)を受けることができ、使用者は、一定の場合に罰則が科されることもあります。
合意解約等
協約当事者は、期間を定めているかどうかにかかわらず、いつでも合意により労働協約を即時または一定期間をおいて解約することができます。
ただし、労働協約が両当事者の署名または記名・押印のある書面によって初めて有効に成立すること(法14条、15条3項)とのバランスを考慮し、合意解約でも、両当事者の署名または記名・押印のある書面が必要であると理解されています。
労働協約の一部解約
労働協約の一方的解約は、それが特別の規定や相手方の同意に基づくものでない限り、原則として、労働協約の一部だけを解約することはできず、労働協約全体を解約することになります。労働協約は、様々な労働条件のバランスを考慮した団体交渉の結果として締結されることが一般的であり、全体を通じて一体的な契約であるとされていることから、例えば、解約当事者の不利な部分のみを解約するといった恣意的な解約はできません。
ただし、解約対象とする条項の独立性が高く、協約締結後の予期せぬ事情変更によって維持が難しくなり、当事者間の十分な交渉を経たものの相手方の同意が得られず、しかも協約全部の解約よりもその条項のみを一部解約することが労使関係上穏当な手段であるといえるような例外的な場合に限り、協約の一部解約が許容される余地があります。
目的の達成
労働協約に期間の定めを置いていない場合でも、その協約が一時的な労使間の問題を処理するために締結されたものであるときは、その問題を処理することができたときは目的の達成を理由に終了すると理解されています。
例えば、使用者側に対して賃上げを要求するという趣旨で労働協約が締結されたとします。労働組合としては、使用者による賃上げが実現すれば、この労働協約を締結した目的は果たせたことになります。そのため、労働協約は、賃上げ実施の実現により終了します。
当事者の変動
ある労働協約を締結した使用者と労働組合において、協約当事者に変動が生じた場合、その労働協約の内容が変動後の者に承継されるかどうかが問題となります。
使用者の変動
企業が使用者である場合を主に想定すると、労働協約は、当事者企業の解散によって終了します。労働協約が効力を失うのは、清算手続が結了したときと理解されています。
ただし、会社法上の組織再編によって使用者に変動が生じたときは、既存の労働協約を引き継がせることができます。
合併の場合は、合併される側の協約が合併する側の協約として引き継がれます。事業譲渡の場合は、事業の全部または一部を他社に譲渡したからといって譲渡した側の企業がなくなるわけではありませんので、譲渡契約の中でその旨を特約したときに限り、譲渡する側の協約を譲り受ける側に承継させることができます。他方、会社分割における労働協約の承継の仕方については、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」が詳細な規定を定めています。
労働組合の変動
解散した場合等、労働組合が事実上消滅してしまった場合、その組合が締結した労働協約は終了します。
これに対し、労働組合に変動が生じた場合で、かつ、変動前後の労働組合に同一性が認められるようなときは、変動前の労働組合が締結していた労働協約は終了せず、変動後の労働組合に引き継がれます。
労働組合の組織割れの場合
組織変更により新組合が設立された場合
労働組合がその存続中に組織の形態を変更することを、総じて組織変更と呼びます。
組織変更が法的に成就した場合には、変更後の組合は変更前の組合と同一性を認められます。つまり、A組合が組織変更を経てB組合となった場合、B組合は、A組合が締結していた労働協約を引き継ぐことになります。
協定締結組合が「分裂」した場合
社会的にみて、一つの労働組合が内部対立から二つ以上の別個の労働組合に分解してしまうことがあります。この現象を、労働組合の「分裂」といいます。
例えば、A組合から多数の者が離脱してB組合を結成し、他方、残留派がA組合の名乗り続けているとします。便宜上、残留派によって組織されるA組合をA´組合とします。
分裂時の労働協約の適用関係については様々な解釈がされていますが、A´組合及びB組合のいずれもA組合と同一性を持たないという考え方があります。このように考えると、「分裂」によってA組合は消滅したことになり、A組合が締結していた労働協約は失効すると考えられています。
その他
以上のとおり、労働組合の変動には、組織変更や法的意味での「分裂」がありますが、このいずれにも該当しない場合は、労働協約は効力を持ち続けます。
先の例を使ってご説明しますと、A組合が組織変更によってB組合となったのであれば、B組合がA組合の労働協約を承継します。これに対し、B組合への組織変更が有効に成立しておらず、かつ、法的意味で「分裂」したとも認められない場合は、元のA組合において大量脱退と脱退者による新組合の結成がなされたというにすぎず、A´組合とA組合との間に同一性が認められることもあり得ます。
反対協約の成立
労働協約に定められた規定に明らかに反する規定や労働条件を、反対協約と呼ぶことがあります。この取扱いに関しては、新たな規定を定めた場合、新たな労使慣行が成立した場合、それぞれによって異なります。
反対協約を両当事者が新たに締結した場合、協約関係において、旧規定に代わって新たな規定が設定されたものであり、旧規定は新規定の発効とともに終了するとされます。
これに対し、既存の規定に明らかに反する労使慣行が形成され、労使関係条のルールが事実上変化してしまったとしても、労使間の合意や協約を上回るほどの法的性質を有さないと考えられているので、その慣行が形成されても、労働協約は存続するものと考えられています。
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労働協約終了後の労使関係
労働協約が期間満了や解約等によって終了した場合には、それまで労働協約の規定に基づいていた労使関係は何を準拠とすべきかという問題が生じます。
問題点
労働協約の中には、労働条件その他の労働者の待遇に関する基準、すなわち規範的部分と、団体的労使関係の運営について設定したルール、すなわち債務的部分とがあるといわれます。
労働協約が終了した場合、その協約に規定されていた規範的部分や債務的部分による効力はどうなるのでしょうか。
債務的効力しか生じない条項
労働組合への便宜供与、事業場内組合活動の取扱い、団体交渉の手続・ルール、労使協議制等に関する労働協約が失効した場合には、それらの便宜、手続、ルールは法的根拠を失います。つまり、債務的部分について生じていた効力は、労働協約の終了によって失われます。
しかし、それまでの労使関係がそれら協約規定に従って運営されてきたという事実は、慣行的な事実として、以後の労使関係でも意味を持ちます。例えば、労働協約が終了したからといって、使用者が合理的な理由もなく、組合との協議を行うことのないまま従来の取扱いを廃止ないし変更しようとすれば、支配介入としての不当労働行為(法7条3号)に該当する場合もあり得ます。
労働協約の債務的効力に関しては、詳細は以下のページをご覧ください。
規範的効力が生じる条項
規範的部分については、労働協約が終了することにより、組合員である労働者がその協約上の労働条件の基準を享受できなくなるかどうかが問題となります。
例えば、労使間で賃金協約を結んでいたものの、協約の期間満了後、使用者が経営危機を理由に新賃金案を作成し、組合員に対して従前よりも低い賃金を支給することになったとします。この場合、組合員は賃金協約上の基準によって算出した、旧賃金との差額を請求できるのでしょうか。
このような事案において、裁判所は労働協約の期間が終了し失効したので、協約の規定自体が効力を持ち続けることはありえないとしつつも、新たな基準についての合意が成立しない限り、協約上の基準が適用されるとして組合員側の請求を容認しました(福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年4月8日判決 朝日タクシー事件)。
以上のように、労働協約は、終了したとしても、有効であったときの状況を踏まえ、その後の労働条件等にも影響を及ぼす場合がありますので、留意する必要があります。
労働協約の規範的効力について、詳しくは以下のページをご参照ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある