給与規定(賃金規定)|記載事項や作成時の流れや注意点など
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
給与規定(賃金規定)は、賃金や給与の支払いルールを定めたものです。賃金の計算方法や支払方法などを具体的に定めることで、社内ルールを明確化することができます。
また、給与規定を定めることで、給与の支給額をめぐるトラブル防止につながるでしょう。
ただし、給与規定の作成方法には決まりがあり、記載すべき事項も定められています。どんな項目をどのような流れで決定すれば良いのか、本記事で詳しく解説していきます。
目次
給与規定(賃金規定)とは
給与規定(賃金規定)とは、就業規則のうち労働者の賃金について定めたものです。
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業所では作成する義務があり、賃金に関する項目は必ず記載しなければならない「絶対的記載事項」とされています。
給与規定は、就業規則とは別に作成することが可能です。このとき、作成した給与規定は、就業規則と併せて労働基準監督署に提出する必要があります。
なお、就業規則の作成義務に関する「常時10人以上の労働者を使用」には、常時使用しているパート・アルバイト等の非正規労働者も含みます。
また、常時使用している労働者が10人未満であっても、就業規則を作成することはできます。就業規則を作成すれば、懲戒処分が可能になる等のメリットがあります。
雇用形態ごとの作成も可能
給与規定は、正社員や契約社員、パート・アルバイト等の雇用形態ごとに分けて作成できます。
雇用形態ごとに給与規定を作成すれば、労働者が自分に適用される給与規定を把握できるので、トラブルを防止できる可能性があります。
給与規定の開示義務
給与規定は就業規則の一部なので、就業規則と同様に、従業員に周知する義務があります。周知の方法としては、誰でも取り出せる場所に備え付けること等があります。
周知義務を怠ると、労働基準監督署から指導や是正勧告を受けるおそれがあります。さらに、悪質な事案だとみなされると、30万円以下の罰金を科されるおそれもあります。
給与規定へ記載する事項
労働基準法89条により、就業規則には大きく分けて2つの項目を記載する義務があります。
- 絶対的記載事項:必ず記載する義務のある項目
- 相対的記載事項:会社で制度を設けている場合には、その内容を就業規則に記載しなければならない項目
それぞれ、記載する内容は労働基準法に則って決めるようにしましょう。
その他にも、任意的記載事項として、就業規則における用語の定義や会社の理念等を自由に定めることもできます。
給与規定を定めるときには、厚生労働省が公開している「モデル就業規則」を利用すると良いでしょう。
絶対的記載事項
給与規定を設けるときには、以下の事項を就業規則に必ず定めなければなりません。
- 賃金の決定方法
- 賃金の計算方法
- 賃金の支払い方法
- 賃金の締め切り日
- 賃金の支払い時期
- 昇給に関する事項
給与の構成は、基本給・手当・割増賃金等に分けられます。給与規定では、図のように整理して記載すると分かりやすいでしょう。
各種手当については、支給の条件や計算方法、支給額を具体的に定めてトラブルを防止しましょう。
手当等を設けたのに給与規定に記載しない等、給与についての記載事項が足りない場合には、30万円以下の罰金刑となるおそれがあるので注意しましょう。
賃金を構成する要素や給与計算の方法について詳しく知りたい方は、以下の各記事をご覧ください。
相対的記載事項
会社が給与に関する制度を設けた場合には、給与規定に以下の事項のうち設けたものを必ず記載しなければなりません。
- 退職金制度に関する事項
- 賞与など臨時の賃金に関する事項
- 最低賃金に関する事項
- 従業員の費用負担に関する事項
- 制裁規定の制限に関する事項
労働基準法上の賃金に関するルール
労働基準法では、賃金の支払いに関するルール等として、主に以下のようなものが定められています。
- 賃金支払い5原則
- 賃金から控除されるもの
- 最低賃金
- 出来高払制の保障給
- 休業手当
- 割増賃金の支払い
- 有給休暇についての賃金の支払い
これらのうち、主なルールについて次項より解説します。
賃金支払い5原則
会社は、賃金の支払い方法や支払い時期等について、労働基準法の「賃金支払い5原則」に従わなければなりません。
賃金支払い5原則は以下のとおりです。
- 通貨払いの原則
賃金は、通貨(日本の貨幣)で支払わなければなりません。 - 直接払いの原則
賃金は、労働者へ直接支払わなければなりません。 - 全額払いの原則
賃金は、一度に全額支払わなければなりません。 - 毎月1回以上の支払い
賃金は、毎月1回以上は支払わなければなりません。 - 一定期日払いの原則
賃金は、毎月の支払期日を固定しなければなりません。
なお、労働者の同意があれば、口座振込は例外的に認められています。
賃金支払い5原則について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。
賃金から控除されるもの
労働基準法24条1項は賃金全額払いの原則を規定しています。そのため、使用者が一方的に労働者の賃金から控除(いわゆる給与からの天引き)して支払うことは基本的に認められません。これは、手取額を確保するための方策であり、賃金が労働者の生活の基盤であるためです。
例外的に、以下のものは給与から天引きできます。
- 法令の定めにより控除できるもの
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
- 雇用保険料
- 介護保険料
- 所得税
- 住民税
- 労使協定の締結により控除できるもの
- 社宅・寮の使用料
- 社員旅行の積立金
- 労働組合費
- 給食費
- 親睦会費
最低賃金
給与規定による賃金は、労働基準法28条の定めにより、最低賃金法による最低賃金以上の金額である必要があります。
最低賃金には次の2種類があります。
- 地域別最低賃金:都道府県ごとに定められている最低賃金
- 特定最低賃金:特定の産業について設定されている最低賃金
通常であれば特定最低賃金の方が高額になっていますが、どちらも下回らない金額を設定しましょう。また、支払っている賃金が最低賃金に近い金額である場合には、最低賃金の引き上げによって下回らないように注意しましょう。
最低賃金制度について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。
出来高払制の保障給
給与規定で出来高払制を適用している賃金は、労働基準法27条の定めにより、労働時間に応じて一定額の賃金を保障する必要があります。
これは、労働者の成果がほとんど上がらなかった場合についても、ある程度の賃金を維持するための規定です。
保障給の金額は決められていませんが、多くの会社では平均賃金の6割程度が定められています。
少なくとも、最低賃金は下回らないように注意する必要があります。
出来高払制を導入したら、忘れずに保障給の定めも設けるようにしましょう。
出来高払制を導入したときの保障給について知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
給与規定の作成の流れ
給与規定を作成するときの流れは以下のとおりです。
- 賃金に対する取り決めの決定
- 従業員の意見を聞く
- 給与規定を労働基準監督署へ提出
- 従業員へ給与規定の周知
特に、③④を行わなければ30万円以下の罰金が科せられるおそれがあるので注意しましょう。
上記の流れについて、次項より解説します。
①賃金に対する取り決めの決定
給与規定に記載する内容を決め、草案を作成します。特に重要なのは、賃金の締め切りと昇給に関する項目です。
例えば、欠勤や遅刻・早退があった場合、賃金の締め日によって給与額が変わります。労働者が受け取れる給与額をあらかじめ把握できるよう、締め日や支給日は具体的に定めましょう。
なお、基本給と残業代の締め日が異なる場合、その旨も明記する必要があります。
また、昇給も給与額にかかわる重要な項目です。昇給のタイミングや昇給額の決定方法などを明記しておきましょう。
②従業員の意見を聞く
給与規定の作成にあたっては、従業員から意見を聴くことが使用者側の義務となっています。
従業員の過半数で組織する労働組合、又は労働組合がなければ従業員の過半数を代表する者に意見を聴き、意見書に記載してもらうなどしましょう。意見書には代表者の署名・捺印も必要です。
従業員の意見を踏まえ、草案を変更するか検討します。ただし、草案に労働基準法違反などがなければ、必ずしも従業員の意見を反映する必要はありません。
③給与規定を労働基準監督署へ提
給与規定の内容が決定したら、所轄の労働基準監督署に届け出ます。作成した給与規定の他、「就業規則届」と「意見書」も提出する必要があります。
- 企業の名前と住所
- 企業の代表者の役職及び氏名
- 代表者の捺印
また、書面はそれぞれ2部ずつ提出します。1部は受領印が押されて返却されるため、社内で保管しておきましょう。
④従業員へ給与規定の周知
給与規定の作成後は、従業員にその内容を周知することが義務付けられています。
周知方法として、以下のような方法が一般的です。
- 誰でも取り出せる場所に備え付ける
- 従業員全員に書面を配布する
- メールに添付して従業員全員へ送信する
- 回覧版や掲示板で知らせる
周知義務を怠った場合、労働基準監督署から指導を受けたり、罰則の対象になるため注意が必要です。
給与規定を変更する場合の注意点
給与規定を変更する手続きの流れは、作成時と同じです。労働基準監督署への届出や、労働者への周知が義務であることも同様です。
また、給与規定を変更するときには、特に以下の点に注意しましょう。
- 変更内容が法令を遵守しているか
- 労働者にとって不利益な内容へ変更する場合は合理性があるか
- 自社の環境に適合する内容になっているか
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある