監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
近時、人口減少が叫ばれ、業界によっては人手不足が深刻な事態となってきています。
そのような状況下において、人手を確保するためにあらゆる手段を講じているという企業も、少なくないのではないでしょうか。
例えば一手段として、企業がハローワークの求人票を用いて、従業員を募集する場合があります。
そのときに作成する求人票の見込みの給与額を含む待遇について、「何となく」という感覚で記載していらっしゃいませんか?
もちろん、求人票の見込み給与額と契約上の給与額とは、その性質は異なるものですが、その取扱いを誤ると、思わぬトラブルに発展してしまいます。
それでは、求人票を出す際に何に気をつければ良いのか、これから確認していきましょう。
目次
求人票と採用後の給与額が異なることは問題か?
求人票と採用後の給与額が異なることは、問題となるのでしょうか?
まずは、求人票と雇用契約の違いについて理解しておきましょう。
求人票の労働条件は見込みに過ぎない
ハローワークで確認できる企業の求人票は、あくまで労働者からの応募を促すものに過ぎないため、確定した労働条件が記載されているものではありません。
つまり、ハローワークで求人票を見た求職者が、その企業に応募したからといって、その内容で、雇用契約が締結されるわけではないということです。
労働条件は労使間の契約内容が最優先
では、企業と求職者との間で雇用契約が締結された場合の労働条件は、何が基準となるかというと、結局のところ、企業と求職者との間で締結された雇用契約が基準となると言わざるを得ません。
求人票の労働条件と実際の労働条件との相違
つまり、求人票の労働条件は“見込み”であり、“実際の労働条件”は、企業との間で締結した雇用契約の内容であるということです。
求人票に虚偽の内容を記載する違法性
求人票はあくまで“見込み”に過ぎないとすると、企業にとって都合が良いように、自由な記載をしてしまって良いのでしょうか?
悪質な場合は賠償責任を負うこともあり得る
そもそも、ハローワークにおける求人票については、募集する従業員の労働時間やその他の労働条件を明示しなければならないと法律で定められています(職安法5条の3参照)。
そして、求職者は、求人票に明示される労働条件を参考に企業への応募をするのであって、この応募が直ちに雇用契約の内容となるものではないものの、当該求職者にとっては、その内容に基づく雇用契約の締結が期待されているといえます。
それにもかかわらず、求人票の記載内容が、実際の雇用契約の内容と大きく異なり、その違いが生じたことについて、求人を出す企業側に信義に反するような事情があれば、一定の賠償責任が生じる場合があるものと考えられています。
労働条件に関する裁判例
ここで、求人票の内容と実際の雇用契約の内容とが食い違ってしまったことについて、トラブルとなった過去の裁判例を紹介します。
事件の概要
ハローワークの求人票においては、「常用」(期間の定めなし)と記載があったものの、実際の雇用契約においては、雇用期間について「1年間」とされ、採用から1年後に雇い止めをされた従業員が、締結された雇用契約は「常用」のものであるとして、雇い止めの効力を争ったものです。
裁判所の判断(大阪高等裁判所 平成2年3月8日、千代田工業事件)
上記事案について、裁判所は、企業と当該従業員との間で締結された雇用契約の内容は、求人票記載のとおり、「常用」であると判断しました。
もっとも、採用から半年後に、雇用期間について「6ヶ月間」の有期雇用契約に変更されたことから、結論としては、従業員の請求は認められませんでした。
ポイント・解説
裁判所は、求人票の法的性質について以下のように判示しました。
求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。
この判示のポイントは、「求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解する」との判示部分です。
かかる判示から、一般的に、求人票の記載が直ちに雇用契約の内容となるものではないものの、ケースによっては、実際に締結した雇用契約ではなく、求人票の記載が優先される場合があり得るという点に注意しなければなりません。
また、最終的に、求人票の記載とは異なる雇用契約を締結する際においても、求職者は、求人票の記載を信頼して、雇用契約の締結にまで至っているものと考えられます。
企業側において、求人票の記載が実際の雇用契約と異なっていることを認識しながら、あえてそのことを説明しなかったような場合には、そのやり取り等の具体的な状況によりますが、企業が、当該求職者との関係において、損害賠償責任を負うことも考えられるところです。
加えて、求人票の記載につき、あえて「虚偽の条件」を呈示したような場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられるおそれがあり(職安法65条8号)、労基署からの指導の対象となり得る点についても、注意が必要といえるでしょう。
労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください
従業員の募集・採用については、様々な法的トラブルが潜んでいます。
人手不足は、企業にとって緊急の課題ではありますが、ひとたび雇い入れてしまった従業員との関係は、簡単に変更・解消できるものではありません。
人材管理についてお悩みの方は、“従業員を雇い入れる前”に、一度弁護士にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所シニアアソシエイト 弁護士大平 健城(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある