
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
求人票は、求職者が応募先を選ぶための重要な材料です。特に、募集要項の中でも「給与」を重視する求職者は多いため、会社は記載方法に留意しなければなりません。
「少しでも応募者を増やしたい」という考えから、給与額を実際よりも高く記載すると、思わぬ労働トラブルにつながるおそれがあるため注意が必要です。また、場合によっては労働者から損害賠償請求されるリスクもあります。
そこで本コラムでは、求人票と実際の給与が異なる場合の違法性、求人票を作成する際のポイント、求人票に記載する項目などを詳しく解説していきます。
目次
求人票の内容と異なる給料は違法か?
求人票の内容と実際の給与額が異なっても、直ちに違法とはなりません。求人票の給与額は見込みであり、必ずそれを適用すると約束するものではないためです。
実際の給与額は、採用面接や内定通知の中で提示し、求職者の同意を得たうえで確定します。
そのため、求人票と異なる金額でも、求職者と合意のうえ労働契約を締結すれば、基本的に違法とはなりません。
求人票の効力について、次項でもう少し詳しくみていきます。
求人票の労働条件はあくまで目安
ハローワークの求人票や求人情報は、あくまで求職者からの応募を促すものに過ぎません。給与や業務内容などの募集要項をわかりやすく記載し、求職者にアピールするのが目的です。
そのため、求人票とおりの給与を支払わなくても直ちに違法とはなりません。
もっとも、求人票と実際の給与が大幅に異なる場合、違法性を問われたり、労働トラブルになったりするおそれがあるため注意が必要です。
労働条件は雇用契約書の内容が最優先
労働者の労働条件は、求人票ではなく「雇用契約書」の内容が優先されます。そのため、雇用契約書の記載どおりに給与を支払わないと、労働者から差額を請求される可能性があります。
また、基本給と月給の違い、天引きされる項目などが曖昧だと、手取り額が分からず労働トラブルの元になります。契約締結時にしっかり説明しておくのが望ましいでしょう。
なお、労働契約の締結時は、トラブル防止の観点から労働条件を書面で明示することが義務付けられています。また、必ず明示しなければならない項目もあるため、書面の作成時は注意が必要です。
労働条件の明示義務については、以下のページで詳しく解説しています。
求人票の労働条件の記載が違法とされるケースとは?
求人票の記載と実際の労働条件が異なっても、直ちに違法とはなりません。
ただし、記載方法に問題があるような場合は違法性を問われることもあるため注意が必要です。求人票の記載が違法になるのは、以下のようなケースです。
- 【虚偽の記載がある】
明らかに事実と異なる内容を記載し、求職者を欺くこと - 【契約違反がある】
変更ありきで好条件の労働契約を締結後、会社が一方的に労働条件を引き下げること - 【誤解を招く表現がある】
求人票で曖昧な表現をし、実態と大幅に異なる印象を与えること
虚偽の広告や条件を提示して採用活動を行った場合、職業安定法65条8号違反にあたり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
悪質な場合は賠償責任を負うこともあり得る
会社の対応が悪質な場合、労働者に対して損害賠償責任を負うこともあります。労働者の損害賠償請求が認められた事案として、以下の裁判例が代表的です。
中途採用者の給与について、「同年次の新卒採用者と同じ給与からスタート」という求人情報を出していたにもかかわらず、実際は新卒者の下限に位置付けられていた事案です。
また、労働者からこの点を指摘された際、会社は「努力次第で給与は上がる」と回答していました。
裁判所は、労働基準法15条1項(労働条件の明示)違反および雇用契約締結時の信義則違反を認め、会社に慰謝料100万円の支払いを命じました。
本件のように、採用時から虚偽の情報を提示したり、変更ありきで労働契約を締結したりした場合、会社は損害賠償責任を負うおそれがあります。
求人票に記載する労働条件を決める際の留意点
求人票を作成する際は、給与額の算定基準を明確に定める必要があります。例えば、以下のような工夫が必要です。
- 「未経験・無資格者」と「経験者・有資格者」の給与を区別して定める
- 月給〇万円~□万円と幅を持たせる場合、「スキルや経験により決定する」などと注意書きする
- 基本給には手当を含めず、毎月必ず支払われる金額を記載する
- 該当者にのみ支払われる手当がある場合、「社内規定により、対象者に別途支給する」と明記する
求人表と異なる労働条件にする場合、求職者にその内容をしっかり説明することが重要です。
なお、入社後にスキル不足や経験不足が発覚しても、それだけで給与を減額するのは難しいといえます。給与を減額する場合、使用者が十分教育や指導を行ったか、人事評価が適正かといった点も考慮される点に注意が必要です。
2024年4月より求人票の労働条件の明示項目が追加
2024年4月の法改正により、求人票で明示しなければならない労働条件の項目が追加されました。追加された項目は、以下の3つです。
- ①従事すべき業務の変更の範囲
(例)〈雇入れ時〉法人営業、〈変更の範囲〉当社業務全般 - ②就業場所の変更の範囲
(例)〈雇入れ時〉本社、〈変更の範囲〉本社および全国の支社 - ③有期労働契約を更新する場合の基準
(例)契約の更新:有(勤務成績等により判断)
通算契約期間の上限は4年、契約の更新回数は3回を上限とする
また、採用過程で当初明示した労働条件を変更する場合、変更後の内容を求職者へ速やかに開示しなければなりません。
求人票と雇用契約の違いについて争われた事案
事件の概要
原告Xは、「月給35万円~50万円」という求人広告をみて被告Y社(洋菓子店マダムシンコ)の求人に応募し、採用されました。
しかし、採用後の労働契約書には求人票と大きく異なる「16万円~25万円」と記載されており、Xは疑問を抱いたものの、Y社側から口頭で「月給は35万円、試用期間は月給25万円」と説明を受けたため、当該契約書に署名・捺印をしました。
ところが、試用期間満了後に突如月給が17万円に減額されたため、Xは退職を決め、Y社に対して未払い賃金“約200万円”を請求した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、「サイト上の求人広告は雇用契約の労働条件にはあたらない」というY社の主張を退け、Y社に90万円の支払いを命じました。
これは、労働契約締結時に「月給35万円」と説明した以上、口頭でも契約は成立すると考えられるためです。なお、実際の労働審判では35万円満額は認められず、試用期間と同額の給与25万円が認定されています。
また、最終的にY社も、「閲覧者を増やすために給与額を高く記載した」と認めました。
ポイント・解説
求人票と異なる労働条件を適用する場合、求職者が変更内容を十分理解できるよう、書面で変更明示を行うのが望ましいとされています。
また、求人票の虚偽・誇大表示には罰則も設けられているため、会社は適切な記載を心がける必要があります。
求人票の記載について不明点があれば弁護士にご相談ください
求人票と実際の給与額が異なっても、直ちに違法とはなりません。しかし、大幅な金額差や虚偽・誇大表示は労働トラブルの元になり、罰則が科せられる可能性もあるため、会社は正確な情報を記載する必要があります。
弁護士であれば、求人票の書き方を具体的にアドバイスできるため、手続きがスムーズに進みます。
また、給与額の記載方法に問題がないか、必要な項目がすべて記載されているかといった点もチェックできるため、トラブルを未然に防止できます。
弁護士法人ALGは、企業法務に特化した弁護士が多数在籍しています。自社の求人票についてご不安がある方は、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所シニアアソシエイト 弁護士大平 健城(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある