監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
割増賃金(いわゆる残業代)が発生する労働として、法律には以下の3種類が定められています。
①時間外労働
②法定休日労働
③深夜労働
それぞれについて正しく理解していないと、従業員から未払い残業代を請求されて金銭的な損害が生じるだけでなく、労働基準監督署の調査を受けるといったトラブルが発生するおそれもあります。
そのような事態を防ぐためにも、ここでは「割増賃金が発生する条件」についてわかりやすく解説していますので、ぜひ最後までお目通しください。
目次
残業代の割増賃金
残業代の割増賃金とは、法定時間外労働等を行った労働時間について、賃金が最低でも法律で定められた割合だけ上乗せされる制度です。各企業の定めにより、法定よりも高い割合で上乗せすることも可能です。なお、法定時間内の残業に対しては、通常であれば割増賃金は支払われず、労働時間に応じた通常の賃金が支払われます。
割増賃金の定義について、より詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
割増賃金の計算方法
割増賃金は、以下の計算方法によって算出します。
割増賃金額=時間単価×労働時間数×割増率時間単価は、時給の場合には、そのまま計算できます。また、日給や月給の場合には、時給に換算して計算に用いる必要があります。
割増賃金の詳しい計算方法については、以下の記事で紹介していますので、ぜひご覧ください。
残業代が割増になる3つの労働
労働基準法37条では、法定の要件をみたした場合に、割増賃金を支払わねばならないことを定めています。残業代が割増になる労働には、以下の3つがあります。
- 時間外労働
- 深夜労働
- 法定休日労働
時間外労働・法定休日労働が深夜労働を伴っている場合には、割増率を合算します。
なお、時間外労働が法定休日労働の場合は、割増率は合算しません。
それぞれの割増率について、下表にまとめましたのでご覧ください。
種類 | 概要 | 割増率 |
---|---|---|
時間外労働 | 法定労働時間を超えた残業時間 | 2割5分 |
深夜労働 | 午後10時~午前5時の間に行われる労働 | 2割5分 |
法定休日労働 | 法定休日(週1日)に行われる労働 | 3割5分 |
時間外労働+深夜労働 | 時間外労働が深夜労働に重なる場合 | 5割 |
法定休日労働+深夜労働 | 法定休日労働が深夜労働に重なる場合 | 6割 |
「時間外労働」の割増賃金
時間外労働に対しては、割増賃金を支払う必要があると定められており、「割増賃金は支払わない」という労働契約は無効となります。また、割増率は2割5分以上と定められているため、2割5分を下回る割増率を用いることはできません。
労働時間は、1日に8時間以内であり、1週間に40時間以内であると定められています。これを上回るのは、本来は違法であり、法律で定められた手続きによって可能となりますが、その代わりに割増賃金を支払うことが義務付けられているのです。
法定内残業は割増なしの賃金でも問題ない
法定内残業とは、「1日8時間まで、週に40時間まで」という労働時間に収まっている範囲内での残業です。
例えば、所定労働時間が9時~17時(休憩1時間・週5日勤務)であるケースにおいて、18時まで残業したときが当てはまります。このとき、残業が法定労働時間内に収まるため、割増賃金は発生しません。ただし、労働時間に応じて、通常の労働時間と同じ賃金を支払う必要があります。
なお、各企業において、法定内残業についても割増賃金を支払うと決めることに問題はありません。
「深夜労働」の割増賃金
午後10時から午前5時までの労働(いわゆる深夜労働)に対しては、2割5分以上の割増賃金が必要になります。もしも、深夜労働が時間外労働でもあった場合には、割増率は5割になります。
なお、深夜労働の割増賃金は、基本的に管理監督者に対しても支払う必要があります。また、年少者や妊産婦(請求した者)については、深夜労働が制限あるいは禁止されます。
なお、深夜労働について特に詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
「法定休日労働」の割増賃金
法定休日の労働には3割5分以上の割増賃金が必要となります。法定休日とは、使用者が労働者に対して、毎週少なくとも1日、あるいは4週に4日は与えなければならない休日のことです。
なお、法定外休日とは法定休日ではない休日であり、法定外休日の労働には3割5分以上の割増賃金は適用されません。もっとも、法定外休日の労働が法定労働時間を上回れば、時間外労働として2割5分の割増賃金が適用されます。
現在の日本では、多くの企業で土曜日と日曜日が休みである週休2日制を採用しています。この場合、どちらが法定休日になるかは法律や判例等で決められていません。
法定休日であれば、わずかな時間の労働であっても3割5分の割増賃金が適用されますが、法定外休日であれば、時間外労働にならなければ割増賃金は適用されません。そのため、土曜日と日曜日のどちらが法定休日なのかで争いになるケース等もあります。無用な争いを避けるためにも、就業規則で法定休日を定めておく方が良いでしょう。
【働き方改革】月60時間を超える残業に対する割増率の引き上げ
2010年4月に労働基準法が改正されて、月に60時間を超えた時間外労働を行った場合、割増率がそれまでの2割5分以上から5割以上に引き上げられました。ただし、中小企業については、2023年3月末までの猶予措置が設けられました。
なお、毎月の労働時間について、特定の業種を除いて上限が設けられています。残業時間だけでなく、労働時間の上限に抵触しないかについても注意するべきでしょう。
時間外労働の上限規制について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
残業代の未払いは労働基準法違反となるため注意
残業代を支払わないと、労働基準法違反となり、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられるおそれがあります。
また、残業代の未払いに対する社会の目は厳しくなっており、もしも未払いが報じられてしまうと、会社の信用低下につながります。
さらに、残業代を請求するときに労働組合に加入して、最終的には裁判を起こす労働者もいます。これらに対応するための負担は重く、敗訴した際には付加金や遅延損害金等も負担しなければならない可能性があります。
割増賃金に関する裁判例
実際の裁判例では、どのような判断がなされているのでしょうか?
代表的なものとして、【大阪地方裁判所 平成20年1月11日判決、丸栄西野事件】を紹介します。
事件の概要
原告Xが、被告Y社に在籍中に法内外の時間外労働及び深夜・休日の労働を行ったとして、法内残業賃金、時間外手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当(以下、時間外手当等)の支払い等を求めた事案です。
時間外労働の有無が争点の一つとなり、この点についてY社は、実際の労働時間はタイムカードの記載より少ないと主張しました。
裁判所の判断
裁判所は、被告は、原告の実労働時間がタイムカードの記載より少ないと主張するが、可能性を指摘するにとどまるもので、喫茶店での休憩や業務外でのインターネットの使用等を裏付ける証拠は見あたらないとしました。
また、一般的なデザイナーについて言えば、時間管理が困難な働き方をしている場合もあり得るものの、以下の事情からすると、被告の主張は採用できないとしました。
- タイムカードや勤怠管理表が導入されていたこと
- 原告の日報が日々送信されていたこと
- デザイン集計表が送信されていたことからうかがわれる企画営業グループの業務の実態は、デザインのアイデアのひらめきを待って一見無為な時間を過ごすような業務形態ではなく、顧客の定めた納期に合わせてデザインを量産する状況であること等
くわえて、被告は、タイムカードの打刻に不正があったことがうかがわれると主張するが、全体の信用性を損なうような証拠は見あたらず、まれに他の従業員が原告不在のまま打刻したことがあっただけであるとしました。
ポイントと解説
会社側としては、タイムカードが実労働時間を反映していない等と主張することがよくありますが、裁判では、タイムカードに記録がある場合には、適切な反証がないかぎりその記録に従って時間外労働の時間を算定することが多いため、注意が必要です。
割増賃金に関する様々な疑問に弁護士がお答えします。ご不明な点がありましたら一度ご相談ください。
残業代に関するトラブルが生じると、最初に残業代を請求した従業員だけでなく、他の従業員までも残業代を請求しようとするケースがあります。その金銭的な負担は、多くの企業にとって軽いものではありません。加えて、残業代を請求した従業員が退職しようとすれば、労働力不足等の問題にも直面することになります。
残業代のトラブルを防ぐために最も良いのは、正確に残業代を支払うことです。しかし、支払うべき残業代について勘違いをしてしまうことは珍しくありません。また、従業員の中には、残業時間を故意に引き延ばそうとする者がいるかもしれません。
弁護士であれば、それらの問題をまとめて解決することが可能ですので、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある