採用内定通知後のバックグラウンド調査で発覚した事実をもって内定を取り消すことの有効性(ドリームエクスチェンジ事件)~東京地裁令和元年8月7日判決~ニューズレター 2021.6.vol.114

Ⅰ 事案の概要

本件は、採用内定通知後のバックグラウンド調査で発覚した事実をもって内定を取り消された原告が、内定取消しの無効を主張して、労働契約上の地位確認及び賃金の支払いを求めた事案です。

(1)Y社は、人材紹介会社に依頼して新たな人材を募集しました。

(2)Xは、Y社の求人を見て応募し、Y社の入社試験を受けました。

(3)Y社は、面接等の選考結果等を踏まえてXを採用することを決定し、Xに対して採用する旨の内定通知書(本件採用内定通知)を送付しました。

(4)その後、Y社はXについてのバックグラウンド調査を実施しました。そして、その結果等に基づき、経歴詐称や能力詐称を理由にXの採用内定を取り消しました(本件内定取消し)。

(5)Y社はXに対し、賃金等の雇用条件を見直した上、採用する旨の新たな条件通知書を送付しました。

(6)Xは、Y社に対し、代理人作成に係る通知書をもって、本件内定取消しが違法であり、本件採用内定通知に記載されたとおりの労働契約上の地位にあることの確認及び未払賃金の支払いを求めました。

(7)Y社はXの要求を拒否した上、条件通知書についても正式に内定を取り消す旨の通知をしました。そこで、Xは労働契約上の地位確認及び賃金の支払いを求め、本件訴えを提起しました。

Ⅱ 争点

本件の争点は、①本件採用内定の錯誤無効、②本件内定取消しの有効性、③X の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び権利濫用該当性、④中間収入の控除額と、多岐にわたります。

Ⅲ 判決のポイント

今回は、上記争点のうち、①本件採用内定の錯誤無効、②本件内定取消しの有効性について、判決の判断順序のとおりポイントを指摘したいと思います。

1 本件内定取消しの有効性(②)

本判決は、「採用内定期間中の解約権留保の行使は、試用期間における解約権留保と同様、労働契約の締結に際し、企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し、採用決定の当初にはその者の資質・性格、能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるもの」という従来の判例を引用し、「本件内定取消には、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる事由が存在するか否かが問題となる」と判断基準を示しました。そのうえで、Y 社の主張する X の経歴詐称や能力詐称の有無について、詳細に事実を認定し、「X が、Y 社に対し、経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない」のみならず、「Y 社が主張する上記事情(X についてのバックグラウンド調査で判明した事情のこと)は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものとはいえない」と判断し、本件内定取消は無効である。」と判断しました。

本事案では、Y 社からバックグラウンド調査について、Y 社が人材紹介会社においてすでに実施されたものと誤信したことや、X が Y 社の求めに応じてバックグラウンド調査に同意したことなども主張されましたが、これらの事実も認定を左右する事情にはならないと判断されています。

2 本件採用内定の錯誤無効(①)

本判決は、詳細に事実を認定したうえで、「X が Y 社に対し、その経歴や能力を詐称したこと(X による欺罔行為)を認定することはできない。」と判断しました。また、「Y 社において、これらの事情が本件採用内定の判断の基礎とした事情となったことや、これらの事情に関する認識が真実に反すること等についての主張及び的確な立証はなされていない」として、本件採用内定についての Y 社の錯誤無効の主張を退けました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は、従来の採用内定に関する判断を引用しつつ、本事例において、採用内定後のバックグラウンド調査で発覚した事実につき、「採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実」といえるかについて、一般的な指摘がなされています。本事案において、Y 社が行ったバックグラウンド調査は、X の経歴・性格素行・健康・勤怠・能力・退職理由等のチェックを目的としたものです。その中で、Y 社が内定取消しの理由として主張する「発覚した事実」は、前々職において「18 年以上も勤務しながら役職に就くことはなく一般社員に終始した」という事実、また、前職において X の雇用形態が契約社員(1 年毎の契約更新)だったという事実等で、役職に就いていないという事実や雇用形態そのものという、いずれも容易に判明したであろう事実にとどまりました。そこで、「そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取り消しを行ったものと評価されてもやむを得ない」ものと判断し、本件内定取消しは無効であるとしています。バックグラウンド調査で発覚した事実について、「そもそも採用内定通知前に調査をしていれば容易に発覚する事実」に基づく内定取り消しは無効とする部分は、他の事案にも幅広く該当する可能性が高い部分に当たると思われます。また、この部分については、人材紹介会社を通しているか否かにかかわらず妥当すると思われます。

本判決の内容からすると、人材紹介会社を通しているか否かにかかわらず、採用内定通知後にバックグラウンド調査を行っても、そのバックグラウンド調査で発覚した事実をもって内定取消しをすることは難しいという結論になりそうです。

なお、本人の同意が結論に影響を及ぼさないという部分については、本人の同意が当然要求されるべきものとも読めるため、調査の際には、対象者本人の同意を得るなど、プライバシーに対する配慮も必要かと思われます。

以上のことから、調査の内容を採用の判断に使用したいのであれば、採用内定通知を出す前に、対象者本人の同意を得たうえで調査を行う必要があるといえるでしょう。

そもそもバックグラウンド調査がどこまで求められるのか、どこまで重視されるのかについては様々考えがあり得るところかと思われますので、本判決の射程がどこまで及ぶのかは議論のあるところと思われます。

なお、本判決では、X が Y 社の業務と類似する業務を行う他社にて、X よりも低い給与で 2 年 2 か月以上就労しており、X の他社での雇用状況が一応安定していたと認められることから、X の Y 社における就労意思は失われたと判断され、X の地位確認請求については却下されています。

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