Ⅰ 事案の概要
本件は、被告学校法人Yが経営する幼稚園において、Yの理事・評議員を務めていたXが、Yに対して「労働者」であることの地位の確認を求めた事件です。前号(Vol.118)に引き続き「労働者性」をテーマにしておりますので、前号と併せて目を通していただければと思います。
<事実関係>
⑴ 昭和43年4月、Xは私立幼稚園の教諭としてYに採用されました。Xは教諭や園長補佐、事務職を経験して、平成21年4月からは、本件幼稚園の園長として勤務することになりました。園長就任とともに、Yの理事・評議員にも選任されました。理事によって構成される理事会は、学校法人の業務を決定し、理事の職務の執行を監督する権限が与えられていました。
⑵ 園長になったXとYは、毎年書面により契約の内容を確認していました。Xの雇用期間を1年間とすること、勤務場所を本件幼稚園とすること、勤務条件は職員に準ずる等の内容が定められていました。同様内容で8回契約が更新されました。取り交わされた書面は「雇用契約書」「労働条件通知書」等の表題でした。
⑶ 平成22年度に本件幼稚園に入園した児童に補助を付ける必要が生じたため、Xは当時の理事長に「自分の娘を非常勤職員で雇って欲しい」と、他の幼稚園に勤務していた自分の娘を本件幼稚園で採用するよう頼み、当時の理事長は了解しました。
⑷ 平成25年12月、XはYの会計処理をしていた税理士と職員の人件費について相談をしました。税理士はXと相談した上で、翌年度の本件幼稚園職員らの給与案を当時の理事長にメール送信しました。当時の理事長は、この提案を受け入れませんでした。
⑸ 平成27年3月1日付で作成されたXの「労働条件通知書」には、これまで支給されていなかった固定残業手当が記載されていました。これ以降、Xは固定残業手当が加算された給与を受領しました。月によってはこの他に「残業手当」の支給も受けていました。
⑹ 平成29年1月の理事会において、Xは副園長を置きたいこと、自分の娘を主幹とすることなどを提案しました。しかし、理事会としては、副園長は置かないことで人事体制を承認しました。
⑺ 平成29年11月、XはYの当時の理事長から「来年度は契約を更新しない」旨を伝えられました。
Ⅱ 争点
Xが「労働者性」を主張する一方で、YはXとの契約が雇用契約ではなく準委任契約であると主張しました。Yの理事・評議員の地位にもあり、自分の娘の採用を推薦したり、税理士と相談して給与案を作成していたりしたXは、会社で言えば取締役に相当する立場にあるとも思えます。しかし、裁判所は、Xは労働者であると判断しました。その判断のポイントは以下のとおりです。
Ⅲ 判決のポイント
⑴ 『Xは、本件幼稚園の予算や職員の人事について、常に理事長又は理事会の承認を得る必要があり、その職務の内容及び遂行方法からすれば、学校法人の指揮監督下において、本件幼稚園の園長として勤務していたものというべき』と裁判所は述べました。すなわち、Xは給与や人事について当時の理事長に意見を言ったり、提案したりできるだけで、Xに実質的な決定権限や裁量はなかったと裁判所は評価しました。
⑵ 続けて、『Xは、固定残業手当及び賞与名目の金銭の支給を受けており、報酬の支払形態等について他の従業員の賃金と大きく異なるところがあったとも認められないから、Xが支払を受けた報酬は、Yの指揮監督の下に労務を提供したことの対価であったというべきであり、(中略)XとYとの間で1年ごとに取り交わされた契約書等の書式には、勤務場所や勤務条件の記載があり、これらが実態と異なっていたことをうかがわせる事実も認められないから、Xの勤務場所は、本件幼稚園と指定されていて場所的な拘束性が認められる上、Xも他の職員と同様の勤務時間の拘束を受けていたことなどが認められることからすれば、XとYとの間の契約の性質は、労働契約であったと認めるのが相当である』と裁判所は述べました。
裁判所は、形式面からも(報酬が「給与」の名目で支払われていたことや、取り交わされていた書面の表題が「雇用契約書」等の表題で作られていたこと等)、実質面からも(給与が他の従業員の給与と大きく異なるものではなかったこと、他の従業員と同じように時間的・場所的な拘束を受けていたこと等)XとYの法律関係は雇用契約であったと結論付けました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
会社と取締役・執行役の関係は委任とされ(会社法330条、402条3項)、労働者性は否定されるのが原則です。しかし、裁判所は個々の契約が労働契約であるか、委任、請負などの契約であるかは形式に捉われず、実質的に判断しています。特に、定款の業務執行権限の有無、取締役としての業務遂行、代表取締役からの指揮監督の有無、提供した業務の内容、取締役に就任した経緯、当事者の認識等の事情を総合的に考慮して、当該労働が他人の指揮監督下で行われていたかどうか判断していることが窺えます。
すなわち、代表取締役や他の取締役等の指揮命令を受けて労務に従事し、これに対する報酬を受けている者であれば「理事」「取締役」「執行役」等の法的な役職や肩書を与えられていたとしても、「労働者」と判断されることがあります。「経営者は労働者ではない」と、形式面だけに着目して単純に考えてしまうことは注意が必要です。なお、園長としての裁量の大きさや人事採用への意見の提示などがあることが、気にかかる方がいるかもしれませんが、本件は管理監督者性が争点となったものではなく、労働者性が争点となったものであるという違いがあります。
労働者の権利保護の要請も日毎に高まっているような昨今の情勢も鑑みれば、今後も同様の傾向が続く可能性が高く、より一層の注意が必要なテーマだと考えています。
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