フリーランスへのハラスメントと安全配慮義務等(アムールほか事件)~東京地裁令和4年5月25日判決~ニューズレター 2023.8.vol.140

Ⅰ 事案の概要

本件は、フリーランスである原告(以下「X」といいます。)が、被告株式会社(以下「Y1社」といいます。)に対して、同社との間でウェブサイトの掲載に関する記事執筆及びSEO対策を受託していたところ、Y1社の代表者である被告(以下「Y2」といいます。)からハラスメント行為を受けて、うつ状態で不眠、憂鬱気分、集中困難、思い出すと動悸や震えが出現する等の症状となっていることを理由として、Y2及びY1社に対して損害賠償請求として、連帯して、慰謝料500万円と弁護士費用50万円の合計550万円の支払いを求めた事案です。

Ⅱ 争点

本件の主たる争点は、①Y2のXに対するハラスメント行為の有無及び不法行為の成否、②Y1社の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任の有無、③Xが被った損害の額等が争点となりました。

Ⅲ 判決のポイント

1.XとY1社の関係について

裁判所は、XとY1社の代表者であるY2が、委託する業務の内容や報酬の金額について具体的なやり取りを重ねており、署名押印がない契約書案が作成されていた上、Xが、Y2の意向を確認しながら現に業務を履行したことに照らして、X及びY1社との間において、業務委託契約が成立していたものと認めるのが相当であると判断しました。

2.争点①:不法行為について

裁判所は、Y2の一連の言動(過去の性体験等に関する質問、エステの施術を行うにあたって着衣を脱ぐよう求める、大きな露出を伴う写真の撮影、繰り返された性的な要求及び接触等)は、Xの性的自由を侵害するセクハラ行為にあたるとともに、本件業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、Xに対する報酬の支払いを正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たるとし、それらY2の行為は、Xに対する不法行為に当たるものと認めるのが相当であると判断しました。

職場におけるセクハラについて、性的な言動等による場合は職場環境の維持・確保が被侵害利益とされる傾向にあり、身体的接触や性交渉が問題となった事案では、被害者の「性的自由」や「人格権」が被侵害利益とされる傾向にあります。本判決は、性的な発言のみならず身体的接触を伴う事案で、被害者の「性的自由」を被侵害利益とし、本人の意に反してそれが侵害されたことを不法行為として認定しています。

本判決の特徴としては、契約関係がなくとも法的保護に値するものである性的自由を被侵害利益とすることにより、セクハラ行為の違法性を肯定し、契約締結前の時点での性的言動についてまで不法行為の成立を認めた点にあります。

また、パワハラの態様と被侵害利益は多様ですが、これも事案の類型に応じて一定の動向を見出すことができます。暴力を含む悪質ないじめ等が問題となった事案では、その行為自体の悪質さにより不法行為性が肯定され、暴力を伴わない侮辱等の言動が問題となった事案では、業務遂行に関連して行われた言動について、利益侵害の存在と共に、それが職務上の優越性を利用して業務の適正な範囲や社会的に許容される限度を超えて行われたものか否かが、違法性の判断において考慮される傾向があります。本判決は、Y2がXに優越する関係の下で、正当な理由なく経済的不利益を課したことを、パワハラ行為として違法としました。

3.争点②:安全配慮義務違反について

裁判所は、Xは、実質的には、Y1社の指揮監督の下でY1社に労務を提供する立場にあったものと認められるから、Y1社は、Xに対し、Xがその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務(安全配慮義務)を負っていたものというべきであるとした上で、Y1社は、代表者Y2自身によるセクハラ行為ないしパワハラ行為によってXの性的自由を侵害するなどし、安全配慮義務に違反したものと認められるから、Y1社がXに対し、上記義務違反を理由とする債務不履行責任を負うと判断しました。

安全配慮義務は、判例上、公務員の死亡事故の事案で「特別な社会的接触の関係に入った当事者間において…信義則上負う義務」として確立され(最判昭和50・2・25民集29巻2号143頁)、公務員のように労働契約関係にない当事者間でも成立し得るものとされてきました。

本判決は、業務委託契約によるフリーランスについて、専属性や業務上の指示の存在という事情から、実質的な指揮監督関係があるとして、安全配慮義務を肯定しています。中でも、フリーランスについて委託者の安全配慮義務を肯定した先例的な裁判例であること、業務委託契約締結前のセクハラ行為についても安全配慮義務違反の成立を認めたことが本判決の特徴といえます。

4.争点③:損害額について

裁判所は、Y2の行為は、約7か月間にわたるものであり、Xに着衣を脱ぐよう求め、Y2の性的な接触を要求するなどの性的な発言のみならず、Xの性的な接触を伴うセクハラ行為を継続して行うとともに、Xに対する報酬の支払いを正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為を行ったものであり、その態様は極めて悪質であるとし、また、Xは、Y2の行為によりうつ状態に陥ったものと認められるなどとして、Y2の不法行為及びY1社の債務不履行によりXが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、140万円と認めるのが相当であると判断しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

1.本判決の意義

本件は、業務委託契約によるフリーランスへのハラスメントにつき不法行為及び安全配慮義務違反の成否が争われた事件です。

本判決は、行為者及び委託会社の損害賠償責任を肯定したという結論とともに、その理論構成の面でも注目され得るものです。①業務委託契約成立前の行為についても言及して責任を肯定したこと、②業務委託という契約形式が取られている事案でも、当事者間に優越的な関係が存在している場合にはパワハラの存在が認定され得ること、及び、③正当な報酬の支払いを受けるという経済的利益がパワハラの被侵害利益となり得ることを示した点が特徴的です。ハラスメント行為(セクハラ・パワハラ)を理由として、フリーランスに対する企業の債務不履行責任を認めた事例は多くはありません。セクハラについて安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任を認めた事案は、おそらく本件が初めてのようです。

2.実務上の留意点

企業が雇用する労働者との関係では、企業(事業主)は、パワハラ及びセクハラなどの各種ハラスメントについて、就業規則等における方針の明確化や研修の実施等の防止措置を講ずることが求められています。

他方で、フリーランスとの関係では、2023年4月28日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下「フリーランス新法」といいます。)が成立し、5月12日に公布されたところです。公布後1年6月を超えない時期に施行されます。

働き方の多様化の進展に伴い、フリーランスという働き方を積極的に選択する個人が少なくありませんが、事業者間取引において、業務委託を受けるフリーランスが不当な不利益を受けるといった取引上のトラブルが生じている実態があることから、フリーランスであっても安定的に働くことのできる環境を整備することが重要となります。

フリーランス新法では、報酬支払確保、ハラスメント防止等についても規定されており、今後の実際の運用等に注目し、留意する必要があります。

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