3度のPIPを経たうえで能力不足と判断した従業員への解雇が無効とされた裁判例~東京高判 平成25年4月24日~ニューズレター 2014.3.vol.19

Ⅰ 労働契約法16条と「PIP」

従業員を解雇するためには、法律上、「客観的に合理的な理由」の存在が必要になるとされています(労働契約法16条)。一般的に、従業員の能力不足は合理的な理由にあたり得るものとされていますが、どのような場合に「客観的に」能力不足であるといえるのかについては、当該従業員の雇用理由や職歴等の事情を総合的に勘案し、ケースバイケースで判断されているというのが現状です。

では、雇用主が、ある従業員に対して、業績改善のために一定の業務目標(Performance Improvement Plan、略称「PIP」)を課し、当該目標が達成されなかったことをもって労働能力が不足すると判断して解雇する場合は、「客観的に合理的な理由」があるといえるのでしょうか。外資系企業が採用することの多い、一見客観的と思えるこの方法に対して法的な判断を下したのが、今回ご紹介する裁判例となります。

Ⅱ 事案の概要と裁判所の判断

1.本件の事案の概要は、次の通りです。

Xは、前職において記者として十数年間勤務した後、国際的な通信社であるY社に、管理職等ではない一記者として、中途採用されて入社しました。Xは、入社後3年程度が経過した時点で、心身の疲労から3ヶ月程度の休職をしました。

Xが復職して9か月が経過した頃、Xの業務状況の改善を望むY社は、Xに対して、Xの業務に関する4項目について一定の目標を設定したうえで、約1ヶ月後までの期間内に全目標を達成するように業務に従事することを求めるというアクションプラン(PIP)に取り組むよう命じました(「第1回PIP」)。しかし、Xが達成できたのは4項目中1項目のみで、残りの3項目については不完全な達成しか出来ませんでした。

そこで、Y社は、Xに対し、再度、第1回PIPとほぼ同内容のPIPに取り組むことを命じました(「第2回PIP」)。その際、Y社は、Xに、PIPの全目標を達成できない場合は、解雇を含む更なる措置を受ける可能性があることを警告しました。

Xは、第2回PIPでは、第1回PIPの際に不完全な達成しかできなかったいずれの項目についても改善を見せましたが、この際にも全項目の達成には至りませんでした。これを受けたY社は、Xに対して、再々度のPIPへの取り組みを命じるとともに(「第3回PIP」)、第2回の際に行ったものと同じ警告を行いました。なお、Y社はPIP各項目について6段階で評価しており、Xは概ね4番目または3番目の評価が多くなっていました。

2.これに対して裁判所は、以下の理由からXの請求を認め、解雇を無効と判断しました。

まず、判決は、従業員の職務能力の低下を理由とする解雇に「客観的に合理的な理由」が認められる場合の一般論として、(1)当該従業員との労働契約から当該従業員に求められている職務能力の内容を検討した上で、(2)当該従業員の職務能力の低下が当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるか否か、(3)使用者側が改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善されなかったか否か、(4)今後の指導による改善可能性の見込みがあるか、等の事情を総合考慮して決すべきであるとしました。

その上で、まず要素(1)について、XY社間の労働契約においてXに求められる労働能力とは、社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の従業員に求められていると想定される水準以上の能力を求めるものでも、異なる能力を求めるものとも認められないとしました。

次に、要素(2)について、Y社がXの不足する能力として解雇事由に掲げた、上司や同僚との関係を築けないこと(所在不明になること、協力関係を築かないこと)及び記者としての能力の不足(執筆スピードの遅さ、記事本数の少なさ、記事内容の質の低下)は、単独で考えても、これらを総合的に考えても、いずれも、本件の解雇時点でXY社間の労働契約を継続することが期待できないほどに重大なものとはいえないとしました。

一方、(3)(4)の要素とY社がPIPを踏まえたこととの関係については、PIPによって、Y社の主観的評価としてはXの職務能力が不十分であると評価されていたとしても、他にY社がXの抱える問題を克服するために、Xとの間で原因を究明したり、具体的な指示を出したりする等、具体的な改善矯正策を講じていたとは認められず(要素(3))、むしろ、Xが3回にわたるPIPにおいて一部目標数を達成したり目標に近い数値に及んでいたりするといった評価項目の達成度合いや、Xの各項目における評価が概ね6段階中4番目や3番目であったこと等の事実からすれば、XはY社の指示に従って改善を指向する態度を示していたと評価できるとしました(要素(4))。

以上の検討から、Xに対する能力不足を理由とした解雇は理由がないと判断しました。

Ⅲ 本判決からみる実務における留意事項

本判決から考える従業員の能力不足を理由とする解雇のあり方

このように、本件において裁判所は、PIPについてはY社の「主観的な」評価として位置付けており、たとえ使用者が解雇の前段階として従業員の能力を判定する機会を設けたとしても、そこで設けられた基準自体が当該従業員の能力を客観的に評価できるものでない限り使用者の主観的な評価に過ぎず、当該基準の不達成は従業員の解雇を正当化する「客観的に」合理的な理由のある能力不足とはならない旨を判示したものと考えられます。特に、上記の要素(4)についての判断を見ると、裁判所はXに対するPIPの結果が一部でも改善を指向している点をとらえて、解雇の正当性を消極的に評価する事由として用いたと考えられ、解雇の正当事由にしようと考えていたであろうY社の意図とは正反対の結果が生じたとも考えられます。

本判決に従えば、今後、企業が従業員の能力不足を理由に解雇をしようと考える場合、能力を判断するために定める基準自体が上記(1)~(4)の諸要素からして客観的に合理的な基準となっていなければ、逆に解雇を妨げる事情となるおそれがあると考えられます。解雇の前段階としてPIPの導入を検討する企業にとっては、客観的な基準設定、基準に基づく評価とそれに対する客観的な処分方針をあらかじめ検証する必要があると考えられます。

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