Ⅰ.事案の概要
Xは派遣会社との間で平成21年7月1日、派遣先となる会社でXが労働に従事する旨の派遣契約を締結しました。当該派遣契約に基づき、Xは平成21年7月から医薬品等の製造販売等を業とするY社の工場に派遣され、派遣先で配属されたチーム(以下「本件チーム」といいます。)において製造等を内容とする労働に従事することとなりました。Xは本件チームに所属し、製造ライン責任者であるY社の正社員であるE及びFの指示・監督を受けながら業務に従事していました。
平成22年9月、XはE、Fから「殺すぞ。あほか。」等の言辞を受けたり、休暇取得に対し嫌がらせを受けたりしたこと等に対して、パワハラを受けている旨派遣会社に対し申告し、Y社は派遣会社から苦情申出を受けました。同年11月、XはE及びFからのパワハラに関し紛争調整委員会にあっせんを申請して双方が話し合いましたが、話し合いがまとまらなかったため、Xは平成23年6月、Fらからパワハラを受け、派遣先会社での就労を辞めざるを得なくなったと主張し、Y社を被告とする損害賠償請求訴訟を提起しました。
裁判では、①Y社の使用者責任追及の前提としてY社従業員らの不法行為の成否、②Y社が従業員に対する指示監督義務違反による固有の不法行為の成否という点が主要な争点となりました。
Ⅱ.大阪高裁平成25年10月9日判決
(1)Y社従業員らの不法行為の成否
本判決では、Fらの各発言について、「労務遂行上の指導・監督の場面において、監督者が監督を受ける者を責し、あるいは指示等を行う際には、労務遂行の適切さを期する目的において適切な言辞を選んでしなければならないのは当然の注意義務と考えられる」ことを前提に、「監督を受ける者に対し、極端な言辞をもってする指導や対応が繰り返されており、全体としてみれば違法性を有するに至っている」と判断されました(Fらの行為の詳細については後述します)。
(2)Y社固有の不法行為の成否
本判決では、
「控訴人(Y社)は使用者責任を負うものと判断するところであり……業務上の指示・監督を行う際の指導方法、指導用の言葉遣い等について何らの指導を行っていなかったことが認められるが、この点は、Fら従業員の不法行為責任について控訴人(Y社)が使用者責任を負う以上に別途の評価を行うに足りる控訴人(Y社)独自の違法行為があったとまでは認められない。」
と判断され、使用者責任は肯定されましたが、Y社の指示監督義務違反に基づく固有の不法行為の成立は否定されました。
(3) 結論
本判決は、Y社従業員の不法行為についてのY社の使用者責任に基づく損害賠償請求について、慰謝料30万円及び弁護士費用3万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容しました。
Ⅲ.本裁判例から見る実務における留意事項
本件は派遣社員に対する派遣先会社従業員(正社員)の行為が違法であり、その使用者であるY社には損害を賠償する義務があるとの判断がされた事案です。本裁判例において違法な行為と認定されたFらの行為をいくつかご紹介しますと、①Xが体調不良で欠勤した際、その翌日FがXにパチンコに行っていたのではないかと休暇を取ったことをとがめる言動をした事実、②Xの業務遂行に対する「あほ。」「殺すぞ。」等という責の発言が挙げられます。
①については、仮にFが冗談で述べているとしても、労務管理事項や人事評価にも及ぶ事柄であることや、Xが契約上立場の弱い者であることを考慮し、「通常、監督者にそのような話をされれば非常に強い不安を抱くのは当然であるから不適切と言わざるを得ない。」と判断されました。
また、②につきましては、「仮に「いい加減にしろ。」という意味で責するためのものであったとしても、指導・監督を行う者が被監督者に対し労務遂行上の指導を行う際に用いる言葉としてはいかにも唐突で逸脱した言辞というほかなく、Fがいかに日常的に荒っぽい言い方をする人物でありそうした性癖や実際に危害を加える具体的意思はないことを被控訴人(X)が認識していたとしても、特段の緊急性や重大性を伝えるという場合の他はそのような極端な言辞を浴びせられることにつき業務として日常的に被監督者が受忍を強いられるいわれはないというべき。」と判断されました。
契約上弱い立場にあるものに対する指示監督の方法について、使用者側に厳しい判断がされたように思える一方で、本判決は「監督を受ける者との人間関係や当人の理解力等をも勘案して適切に指導の目的を達しその真実を伝えているかどうかを注意すべき義務があるというべき。」とも判断しており、監督者と被監督者の人間関係に一定の配慮を示しています。
さらに①のような軽口について、「それが1回だけのことであれば違法とならないこともあり得るとしても……当惑や不快の念が示されているのにこれを繰り返し行う場合には、嫌がらせや時には侮辱といった意味を有するに至り、違法性を帯びるというべき」と判断しています。
部下に対するどのような言動が不法行為を構成する違法な行為と認定されるのかについては、興味深いところではありますが一義的に特定するのは困難です。部下と上司との普段からの人間関係によるところが大きく、その前提として職場環境、雇用関係等が大きく影響するためです。しかしながら、本人からの当惑や不快の念が示されているにもかかわらず、監督者として不適切な言辞が繰り返し行われることは違法性を帯びることに留意する必要があります。本判決において示された点を踏まえて、「どのような言動が社員を追い込み、就業に影響をもたらすことになってしまうのか。」を具体的に考察する必要があります。
企業内での研修では裁判例を用いる等して具体的な場面を設定しながら職場ごとに検討をしてみる必要があると思います。
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