Ⅰ 事案の概要
本件は出版社である被告Y社の営業担当の従業員で、Y社労働組合及び出版情報関連ユニオンの組合員である原告X1及びX2が、Y社から平成28年2月1日付でY社の本社社屋から公共交通機関で片道1時間を要する A1分室で勤務するよう命じられたこと(以下、「本件配転命令」)について、本件配転命令は裁量権の濫用に該当し違法、無効であって、不法行為を構成するとして、Y社に対しA1分室に勤務する義務のない地位にあることの確認並びに慰謝料50万円及び遅延損害金の支払いを求めた事案です。
Ⅱ 判決のポイント
1 本裁判例は、①Y社はXらにA1分室勤務を命じる権限を有するか②本件配転命令は裁量権の濫用に当たるか③本件配転命令は不法行為を構成するか④原告らがA1分室に勤務する義務のない地位にあることの確認は認められるかという争点について判断をしています。
2 配転命令権の有無について
Y社の就業規則には、「会社は、社員の学識・技能・適性・経験・健康・勤怠・希望などを考慮して業務分担を定め資格職および異動の決定を行う」との規定や「他の職場」への応援についての規定が定められていました。
原告は、この就業規則の制定時にはA1分室が存在せず、今までY社では分室への配転命令が発せられたことはなかったため、就業規則上は勤務地の変更を伴った従業員の配置変更は予定されておらず、同就業規則をもって本件配転命令の法的根拠とすることはできないと主張しました。
本裁判例は、就業規則は事後の事情変更にも対応するために抽象的な定めを置く形になるのが通常であることを理由として、原告の主張する個別事情を踏まえても、Y社の就業規則が配転命令権の根拠となることは妨げられないと判示しました。
3 本件配転命令は裁量権の濫用に当たるか
本裁判例は、本件配転命令に基づく勤務形態が、Yらの仕事内容は従来とほぼ同様であるにもかかわらず、A1分室に往復するための2時間は全く業務ができないという点において明らかに不合理であり、配転する業務上の必要性がないという推定が働くと判示しました。
その上で、本裁判例は、版元の営業社員が倉庫会社に常駐することが一般的に行われていることを認めるに足る証拠はないし、A1分室に行く具体的な業務上の必要性は認め難い上、複数の不当労働行為救済命令が発せられたという経緯からはY社が労働組合を嫌悪し本社社屋から組合員を排除するという不当な目的が推認されること等を総合考慮すると、本件配転命令には業務上の必要性がないと言えるし、同命令は裁量権を濫用したものとして違法、無効であると判示しました。
4 本件配転命令は不法行為に当たるか
本裁判例は、本件配転命令が違法無効であることを前提として、Xらは不合理な勤務形態を余儀なくされており、外気を遮断されていない倉庫の一角での作業を強いられた上、Y社から合理性の認められない説明を受け続けたことに鑑みて、不法行為の成立を認め、慰謝料として原告1人当たり30万円の支払義務を認めました。
5 地位確認請求は認められるか
本裁判例は、X2は既に定年退職しているため確認の利益を欠いていると判断しましたが、X1については A1分室に勤務する義務のない地位にあることの確認を認めました。
6 結論
本裁判例は、以上のとおり判断して、X1についてはA1分室に勤務する義務のない地位にあることの確認を認め、Xら両名からY社に対する慰謝料30万円及び遅延損害金の請求を認めました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
1 配転命令に関する最高裁判例
東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14労判477号6頁)によれば、配転命令は①業務上の必要性が存在しない場合②業務上の必要性が存在する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたときや、当該労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるときには権利濫用となると判示していました。
そして、東亜ペイント事件では、労働者が通常甘受すべき不利益の程度が判断の焦点になっており、その後の下級審裁判例でもこの点に着目した判断が行われてきました。
2 従来の下級審裁判例
従来の裁判例では、配転命令に業務上の必要性があることを前提として、業務上の必要性と労働者の被る不利益性の程度を比較衡量して、配転命令の行使が濫用に当たるかどうか判断されてきました。
例えば、精神疾患を抱えた子供と体調不良の両親を抱え家業の農業の面倒を見ている労働者に対する転勤命令(北海道コカ・コーラボトリング事件・札幌地決平9・7・23労判723号62頁)や、両親の介護問題を抱えている労働者に対する遠隔地転勤(NTT 東日本事件・札幌高判平21・3・26労判982号44頁)等については、業務上の必要性と労働者の不利益性を考量して、配転命令は無効という判断が下されています。
3 本裁判例の意義
本裁判例では、業務自体に大きな変更はないにもかかわらず毎日往復2時間かけて移動させるという配転命令の内容自体の不合理性に着目し、このような明らかに不合理な配転命令には「業務上の必要性がないという推定が働く」と判示しました。労働者の被る不利益の程度と比較するまでもなく配転命令が違法無効と判断されたという意味において、本裁判例には先例的な価値があります。今後の配転命令に関する問題については配転命令の業務上の必要性に十分留意する必要がありそうです。
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