Ⅰ 事案の概要
1 概要
原告Xは、被告Y社との間で、平成20年10月頃から期間を1年として有期労働契約を締結し(いわゆる「契約社員」)、トラック運転手として業務に従事していました。Y社の就業規則では、無期労働契約を締結している者(正社員)には、各種手当等の支給をする旨の規定があったが、有期労働契約者(契約社員等)には、これらの規定の適用がありませんでした。
そこで原告Xは、当該労働条件の相違は、期間の定めがあることにより設けられたものであって不合理であることから、労働契約法20条に違反し、原告は前記手当等の支払を受ける権利があるとして、未払賃料等の支払請求を求めた事案です。
2 判断の前提事実
(1) 本判決の前提として、以下の事実が認められています。
(2) 就業規則
Y社では、以下の就業規則が、正社員にのみ適用されていました。
- ①1ヶ月間無事故で勤務した場合には、無事故手当として金1万円を支給する。
- ②特殊業務に携わる場合には、作業手当を支給する。
- ③月額3500円の給食手当を支給する。
- ④22歳以上の従業員に対しては月額2万円の住宅手当を支給する。
- ⑤皆勤手当として月額1万円を支給する。
- ⑥通勤手当を支給する。
(3) 業務内容等
正社員と契約社員の間には、業務内容及び業務に伴う責任の程度に相違はなく、また、正社員は、出向や配転により全国異動の可能性があるが、契約社員の出向は予定されていませんでした。
なお、⑥通勤手当については、契約社員には不支給とするものではなく、正社員よりも少ない金額で認められていました。
(4) 争点
本件の争点は、手当等に関する規定が正社員にのみ適用されていることが、不合理な相違にあたり、労働契約法20条に違反するかという点です。
労働契約法20条は、労働条件が、期間の定めがあることにより有期雇用労働者(非正規社員)と無期労働者(正社員)との間で相違がある場合には、当該相違が業務内容及び業務に伴う責任の程度、配置変更の有無等その他の事情を考慮して不合理と認められるものであってはならない旨を規定しています。
この点に関し、本件の原審(大阪高裁判決平成28年7月26日)では、上記(2)の諸手当①から⑥のうち、手当④⑤を支給しないことについては不合理な相違ではないとし、その他の手当を支給しないことについては不合理な相違であると判示しました。
Ⅱ 判決のポイント
1 本判決では、原審の判断に対し、以下のとおり判示しました。
2 不合理と認められた諸手当
(1) 無事故手当
無事故手当については、優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼獲得を目的として支給されるものであるとしました。その上で、契約社員と正社員とで職務の内容は異ならないのだから、安全運転及び事故防止の必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生じるものではないこと等を理由として、契約社員に対して無事故手当を支給しないとする労働条件の相違は不合理であると認めました。
(2) 作業手当
作業手当については、特定の作業を行った対価として支給されるものであり、賃金としての性質を有するとしました。その上で、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないこと、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることによって作業に対する金銭的評価は異なるものではないことを理由として、契約社員に対して作業手当を支給しないとする労働条件の相違は不合理であると認めました。
(3) 給食手当、通勤手当
給食手当及び通勤手当については、労働契約期間に定めがあるかどうかによって、勤務時間中に食事を要することや、通勤に要する費用が異なるものではないこと等を理由として、契約社員と正社員とで差異を設けることは不合理であると認めました。
(4) 皆勤手当について
原審では、契約社員であっても勤務成績を考慮して昇給することがあること、現にXの時間給は1150円から1160円に増額していることから、皆勤手当を不支給とすることが不合理とはいえない旨を判示しました。
これに対し、本判決では、皆勤手当について、Y社が運送業務を円滑に進めるためにトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものとしました。その上で、出勤をする者を確保することの必要性については、職務の内容によって差異が生じるものではないこと、契約社員は原則昇給なしであって、Y社がXの勤務成績を考慮して昇給を行ったとの事情はないことを理由として、契約社員にのみ皆勤手当を不支給とすることは、不合理であると認めました。
3 合理性があるとした諸手当
住宅手当については、正社員は転居を伴う出向や配転が予定されているため、契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となりうることから、かかる出向や配転が予定されていない契約社員に対し住宅手当を不支給にしたとしても、不合理とは認められないとしました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、契約社員と正社員との間の労働条件の相違がある場合に、当該労働条件の相違が労働契約法20条に違反するかどうかについて、職務内容の差異や配転等の有無と労働条件の相違の関連性から判断するという手法をとったと考えます。我が国においては、現在、契約社員を含めた非正社員と正社員との間で、労働条件に差異を設けている企業は多いと思われますが、最高裁がこのような判断手法を採用したことで、当該差異の違法性を判断する際において、実務上、大きな影響を及ぼすものと考えます。
例えば、慶弔休暇や慶弔一時金等に関する慶弔規定については、慶弔事由が生じた場合に結婚式や葬式等の儀式を行う慣習があること、これらの儀式を行うには相当な時間と費用を要することを理由として設けられた規定と考えられます。これについて、正社員には慶弔規定を適用し、非正社員には適用しないとする企業も珍しくはないでしょう。
しかし、本判決の考え方によれば、慶弔事由の発生及びそれに伴う儀式の実施は、雇用期間の定めにかかわらず、全ての従業員に必要性があることを考慮すると、正社員にのみ慶弔規定を適用するということは不合理であり、労働契約法20条に違反する可能性があると 考えられます。
このようにして、これまで運用してきた労働条件の相違が違法と判断され、当該相違に基づく金銭の差額を過去に遡って請求される場合があるため、労働条件の相違を設けている場合、または新規に設ける場合には、慎重な判断を要するといえます。
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