監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社は、労働組合からの団体交渉申し入れに対して、誠実に対応する義務を負っている一方で、必ずしもすべての要求に応じる義務があるわけではありません。本稿では、労働組合から不当な要求があった場合の会社としての適切な対応例をご紹介します。
目次
労働組合から不当な要求をされてしまったら
労働組合から団体交渉の申入れがあった場合に、会社は必ずこれに応じなければならないのではないか、と思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。不当な交渉申入れであれば、これを毅然と拒否することも必要です。
会社には不当要求に応じる義務がない
使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否すれば不当労働行為となります。しかしながら、労働組合が行う団体交渉は、その全てが法的に保護されるわけではありません。労働組合の要求が不当なものであれば、使用者は団体交渉を拒否することができます。
団体交渉の要求に応じるべきか否かの判断
労働組合が団体交渉を申し入れた場合に、使用者が団体交渉を行うことを法的に義務付けられる事項を義務的団交事項といいます。労働組合による申入れ事項が義務的団交事項に該当するか否かは、使用者が交渉に応じるか否かを判断するポイントの一つになると考えられます。
義務的団交事項とは
義務的団交事項の範囲について、労働組合法は明確な規定を置いていませんが、団体交渉による労働条件の対等決定等の労働組合法の趣旨からして、【①労働者の労働条件その他経済的地位に関する事項、および労使関係の運営に関する事項であって、②使用者が使用者としての立場で支配・決定できるもの】がこれに該当すると考えられています。
なお、団体交渉における協議事項について、以下のページで詳しく説明していますので、ぜひご覧ください。
団体交渉において不当な要求をされた場合の対応例
団体交渉において労働組合から不当な要求をされた場合の対応例を、以下ケース別にご紹介します。
団体交渉義務の範囲外の要求があった場合
義務的団交事項に該当しない団体交渉の申入れについて、使用者はこれに応じる義務がありません。任意に団体交渉事項として取り上げることも可能ですが、申入れを拒否しても不当労働行為には該当しないと考えられます。
社長の出席を強要させられた場合
労働組合から社長を団体交渉に出席するよう求められることがありますが、社長が団体交渉に出席する必要はありません。広範な決定権をもつことが多い社長が団体交渉の場に出席すると、その場での決断を迫られる等のデメリットがあり、むしろあまり好ましくないと考えられます。
暴言・暴力・脅迫行為等があった場合
団体交渉の場において幾たびも暴言・暴力・脅迫行為等があり、将来的にも暴力等が行使される見込みが高いと判断できるようなケースでは、過去の暴力行為等に対する謝意や、将来的において暴力等の行使をしない意の表明がない限り、使用者は、団体交渉を拒否することができると考えられます(参考裁判例:東京地方裁判所 昭和58年12月22日判決)。
要求額が法的根拠を欠く過大なものである場合
労働組合の要求額が法的根拠を欠く過大なものであって要求に応じられない旨を、使用者側が資料を提示して説明したにもかかわらず、合理的根拠をもって反論することもなく組合側が団体交渉を求める際には、使用者側は組合側に歩み寄りの意思がないものとして団体交渉を拒否することも許されるとされています(参考裁判例:東京高等裁判所 昭和43年10月30日判決)。
事前に知らされていない質問があった場合
団体交渉を実施するにあたっては、労働組合から使用者へ要求事項を記載した書面が交付され、また、使用者から労働組合へ、要求事項に関して確認を行っておくなど、事前に調整が行われることがありますが。しかし、かかる事前の調整段階で挙がっていない質問事項であったとしても、義務的団交事項に該当するのであれば、団体交渉を拒否することはできないものと考えられます。
そのような質問については、交渉の場で直ちに結論を出すよりも、一度持ち帰り検討したうえで回答するほうが良いのではないかと考えられます。
団体交渉の拒否が認められた判例
ここで、団体交渉が平行線をたどり、これ以上交渉を継続する余地がなくなっていたことから、交渉を打ち切ることに「正当な理由」があったと判断した事案をご紹介します。
事件の概要
労働組合が、会社再建及び解雇の撤回を求めて団体交渉を申入れ、昭和62年5月13日から同年7月20日まで5回にわたり、団体交渉が行われた。
しかしながら、会社は、会社再建及び解雇の撤回は考えられない旨を明言し、両者の主張は平行線をたどった。そして、会社がこれ以上交渉をする余地はないとして団体交渉を拒否するに至った。
これに対して労働組合側は、不当労働行為に該当するとして不当労働行為救済の申立てを行った。
右事実関係によれば、本件救済命令の発令当時において、補助参加人両名の会社再建、解雇撤回の要求について、右両名と被上告人との主張は対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団体交渉を継続する余地はなくなっていたというべきであるから、被上告人が右の問題につき団体交渉の継続を拒否していたことに正当な理由がないとすることはできない。
ポイントと解説
使用者は、労働組合の団体交渉申入れが義務的団交事項に該当するものであれば、これに誠実に対応する義務があります。しかしながら、これは労働組合の要求を受け入れなければならないことを意味するものではなく、誠実に対応を行った結果として交渉が進展する見込みがなくなったのであれば、交渉継続を拒否することが認められる場合もあるということを示した判例になります。
不当要求から会社を守るためには
労働組合からの団体交渉申入れのうち、何が義務的団交事項に該当するのかということを正しく理解し、使用者として交渉に応じなければならないものと、そうではないものとの棲み分けを行うことが肝要と考えられます。
団体交渉問題について弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼すれば、会社担当者等と一緒に団体交渉の場に出席することができますので、労働基準法や労働組合法の観点から、会社側の説明をフォローし、更なる紛争が生じることを未然に防止することができます。
弁護士介入のメリットにつきましては、以下のページでさらに詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
よくあるQ&A
労働組合からの全ての要求に対し、団体交渉に応じなければならないのでしょうか?
- 労働組合からの要求であっても、上述の「義務的団交事項」に該当しない場合には、団体交渉に応じる義務はありません。
この点、使用者の誠実交渉義務が問題となるケースがあります。詳しい説明は、以下のページに譲ります。
労働組合からタイムカードの提出を求められたのですが、拒否することは可能ですか?
- 使用者は、団体交渉において、合意達成の可能性を模索して誠実に交渉する義務(誠実交渉義務)を負っていると解釈されています。その一環として、使用者は、必要に応じて自らの回答や主張の論拠を示し、必要な資料を提示する等して、相手方の理解と納得が得られるよう誠意をもって交渉しなければなりません。そのため、仮にタイムカードの提出を拒否するのであれば、それを拒否する合理的理由を示す必要があると考えられます。
一方的に日時を指定された団体交渉についても応じる必要はありますか?
- その日時に交渉を行わなければ交渉自体が無意味となるような特段の事情がない限り、必ずしも一方的日時指定に応じる必要はなく、労働組合との調整が可能と考えられます。
すでに解雇した社員に対する解雇撤回の団体交渉に応じる義務はありますか?
- 解雇後10年近く経過している等の特段の事情がない限り、基本的には団体交渉に応じる義務があると考えられます(参考裁判例:東京地方裁判所 昭和63年12月22日判決)。
労働組合による長時間にわたる団体交渉の強要は、不当な要求に該当しますか?
- 団体交渉があまりに長時間にわたる場合には、その日の交渉は中断し、次回に持ち越すことは許容され得ると考えられます。ただし、交渉の時間を常に2時間以内に制限し、交渉の進展如何にかかわらず、これを打ち切ろうとする条件は合理性を有しない、と判断した事例もありますので、注意が必要と考えられます(参考裁判例:東京高等裁判所 昭和62年9月8日)。
会社に対して不当な要求がなされたら、団体交渉問題に強い弁護士にご相談ください
何が不当要求に該当するかの判断は、法的な解釈を伴うものであるため、必ずしも簡明ではありません。また、その判断を誤って団体交渉を拒否すれば、不当労働行為に該当し労働委員会から救済命令を出されるに至るおそれもあります。そのような事態に陥らないためにも、早期に弁護士へご相談ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある