Ⅰ 事案の概要
1 本件は、株式会社ゆうちょ銀行(以下、「Y社」といいます。)の従業員であった亡Aの母であり唯一の相続人である原告X(以下、「X」といいます。)が、Y社に対し、AがY社の他の従業員からパワーハラスメントを受けて自殺したと主張して、AのY社に対する不法行為責任(使用者責任)又は雇用契約上の義務違反による債務不履行責任に基づく損害賠償を請求した事案です。
2 Aは、平成25年7月にY社の某センターに赴任し、同年8月に同センター内にある預金申込課に異動し、主任として着任しました。
当時の預金申込課は、課長1名(その後、DからEに交代)、係長1名(F)、主査2名(GとH)主任2名(Aを含む)及び期間雇用社員数名で構成されていました。
3 Aは、業務上のミスが多く、上司である主査G及びHから叱責されることが続き、自ら不向きであるとの認識の下に、課長Dに仕事量が多く1日かかっても終わらないと訴え、係長Fには異動の申し込みをしましたが、Y社は異動を認めず比較的簡単な業務を担当させるようにしました。
その後、Aの同僚であるもう一人の主任職の異動が生じ、不慣れな新任をフォローするためAの負担とミスが増加し、GやHからの叱責の頻度も増え、程度も強まっていく経過を辿りました。Aは親戚に「仕事を辞めたい」と言ったり、同じ部署の期間雇用社員らに「死にたい」等と言ったりするようになり、平成27年6月に実家へ帰省した際に自殺を図って亡くなりました。Aは、当初担当部署に異動してきた直後は体重70㎏であったのが、自殺直前時には体重55㎏まで減少し、係長FもAが疲れている印象を受けており、体調不良が気にかかっていたとのことでした。
なお、Y社には、社内外にハラスメントに関する相談窓口や内部通報窓口が設置されており、事業所内にその連絡先が掲示され、社員が相談、報告できる制度が存在していました。本件ではAがこれらの制度を利用した事実はありませんでした。
Ⅱ 徳島地裁平成30年7月9日判決のポイント
1 本件の争点
本件では、①Y社の使用者責任(G及びHによるAに対するハラスメントの有無並びにF及びEの上記ハラスメント防止措置の懈怠)及び債務不履行責任(F及びEによる職場環境配慮義務違反)の有無並びに②Aの損害の内容が争点となりました。
2 裁判所の判断内容
(1) 裁判所は、争点①について、使用者責任の有無と債務不履行責任の有無とに分けて検討しました。 ア 使用者責任の有無について、裁判所は「G及びHは、日常的にAに対し強い口調 の叱責を繰り返し、その際、Aのことを…呼び捨てにするなどもしており……、部下に対する指導としての相当性には疑問があるといわざるをえない。しかし、部下の書類作成のミスを指摘しその改善を求めることは、Y社における社内ルールであり、主査としての上記両名の業務であるうえ、Aに対する叱責が日常的に継続したのは、Aが頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによるものであって、証拠上、GやHが何ら理由なくAを叱責していたというような事情は認められない。」「G及びHのAに対する具体的な発言内容はAの人格的非難に及ぶものとまではいえないこと(中略)や、他の者の業務に支障が出ないように静かにすることを求めること自体は業務上相当な指導の範囲内であるといえることからすれば、GやHのAに対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない」と判断しました。
また、「自身の体調不良の原因がAにあるなどとするGの発言や、GやHのAの事務処理能力を揶揄するような発言は、いずれも直接Aに対しなされたものではなく(中略)、GやHの上記の発言をAが知っていたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、これらについて、G及びHがAに対し何らかの不法行為責任を負うものとまでは認められない」とし、Y社の不法行為責任(使用者責任)を否定しました。
イ 債務不履行責任の有無について、裁判所は、「雇用者には、労働契約上の付随義務として、労働者が、その生命、身体等の安全を確保しつつ、労働することができるよう必要な配慮をする義務があるから(労働契約法5条参照)、雇用者であるY社は、従業員であるAの業務を管理するに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことのないように注意する義務があるところ、雇用者の補助者としてAに対し業務上の指揮監督を行うFやDには、上記の雇用者の注意義務に従いその権限を行使する義務があるものと解するのが相当である」と、安全配慮義務に関する判断基準を立てました。
そして、Aの自殺に至るまでの経緯を踏まえて、「少なくともFにおいては、Aの体調不良や自殺願望の原因がGやHとの人間関係に起因するものであることを容易に想定できたものといえるから、Aの上司であるDやFとしては、(中略)Aの執務状態を改善し、Aの心身に過度の負担が生じないように、同人の異動をも含めその対応を検討すべきであったといえるところ、DやFは、一時期、Aの担当業務を軽減したのみで(中略)、その他にはなんらの対応もしなかったのであるから、Y社には、Aに対する安全配慮義務違反があったというべきである」と義務違反を認めました。
(2) ②Aの損害について
裁判所は、A死亡時(43歳)から労働可能年齢の上限である67歳までの逸失利益(約3582万円)、A死亡の慰謝料(2000万円)及び弁護士費用相当損害金(560万円)を損害として認定しました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本件は、Aの死亡について、G及びHによるAへの扱いを中心とした不法行為責任(使用者責任)は否定しながらも、Y社の安全配慮義務違反を認め、債務不履行責任を肯定しました。おそらく、A自身の業務におけるミスの頻度、内容は相応のものがあり、上司が叱責するといった行為自体は違法といえるほどのものではなくやむを得ないものの、安全配慮義務の一環としての労働環境づくりの観点から、上司との人間関係や所属部署から辞められないことを思い悩んで衰弱していくAに対し、Y社が改善に向けた措置を講じなかった責任を認めることで、裁判所はバランスを取ったのではないかと考えられます。
本件では、Y社側による、AからG及びHによるパワハラの事実の訴えはなかったとの反論について、裁判所が、G及びHによるパワハラがある旨の外部通報がなされたり、内部告発がなされたりした事実はないものの、「Aが、G及びHとの人間関係等に関して、何らかのトラブルを抱えていることは、被告においても容易にわかりうるから、外部通報や内部告発がなされていないからといって、Aについて何ら配慮が不要であったということはでき」ないと排斥した点が印象的です。
すなわち、当裁判例の言わんとするところは、たとえ制度としてハラスメントに関する相談窓口や内部通報窓口を設置し、当事者による利用がなかったとの事実があったとしても、事実認定として、被害者本人を基点とした人間関係のトラブルや被害者本人の「辞めたい」「死にたい」といった愁訴を、会社(使用者)として認識できていたならば、職場環境の改善に着手する具体的な行動が求められることを意味します。判旨では「容易にわかりうる」と書かれているため、誰が、認識していた(し得た)ことが求められるかが判然としませんが、当裁判例の判断からすると、現場を統括する管理職レベルが認識していた(し得た)場合や部署が比較的小規模で把握がしやすい場合には、いわゆる安全配慮義務や職場環境配慮義務の問題が生じると整理しておくのが無難でしょう。
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