監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働条件の不利益変更とは従業員の賃金を引き下げるなど、労働条件を労働者に不利益な方向に変更する手続きです。従業員の生活に大きな影響を与えるため、実施する際は適切な手順を踏まなければなりません。
方法を誤ると会社にもさまざまなデメリットがあり、かえって事態を悪化させるリスクがあるため十分注意が必要です。
そこで本記事では、不利益変更の具体例や適切な進め方、注意点などを詳しく解説していきます。後々トラブルとならないよう、しっかり確認しておきましょう。
目次
労働条件の不利益変更とは?
労働条件の不利益変更とは、給与や手当などの労働条件を、従業員にとって不利な内容へ変更することをいいます。
不利益変更は従業員の生活に大きな影響をもたらすため、会社が一方的に行うことは認められません。従業員本人の同意を得たうえで行うのが基本です。
「不利益変更」にあたるのは、例えば以下のようなものです。
賃金(手当、退職金) | ・基本給や手当の減額 ・定期昇給の廃止 ・基本給に固定残業代を含ませる |
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休日や有休休暇 | ・年間の所定休日を減らす ・それまで休日だったお盆や年末年始を有給休暇扱いにする |
労働時間 | ・労働時間の延長(賃金は変わらない場合) ・シフト変更 |
雇用形態 | 正社員からパート社員、無期パートから有期パートなどに変更する |
異動・出向 | ・賃金が低い企業や休日が少ない企業に出向させる ・休みが不規則な部署へ異動させる |
懲戒解雇 | 懲戒事由の追加や厳格化 |
労働条件の不利益変更が認められるための条件
不利益変更は本来望ましくありませんが、経営上やむを得ない場合もあるでしょう。とはいえ、従業員から同意を得るには時間がかかりますし、不利益変更にあっさり応じてくれるとも考えにくいです。
そこで、以下2つの条件を満たせば、従業員本人の同意を得なくても不利益変更が認められる可能性があります。
- 労働条件の変更に合理性がある
- 就業規則が労働者に周知されている
それぞれの手順について、次項から詳しくみていきます。
労働条件の変更に合理性がある
変更に合理性があれば、会社の判断で労働条件を変更できる可能性があります。
「合理性」の判断基準については、労働契約法10条で以下のように定められています。
①従業員が受ける不利益の程度
賃金カットや退職金減額などは、従業員の生活に支障が出やすいため厳しく判断される傾向があります。他の労働条件で調整するなど、緩和措置を試みることも重要です。
②変更の必要性
「賃金を減額しないと会社を存続できない」「役員報酬や新卒採用をストップしても、経営が改善されない」など、切迫した状態が必要となります。
③変更後の内容の相当性
変更後も、一定水準の労働条件は維持する必要があります。同業他社などと比べ、著しく低い条件になっていないか確認するのがおすすめです。
④従業員側との交渉状況
労働条件を変更する前に、従業員代表や労働組合と十分協議する必要があります。また、「変更内容はしっかり説明したか」「理解を得るよう努力したか」といった点も重視されます。
就業規則を周知している
変更に合理性が認められる場合、就業規則の変更によって労働条件を変えることができます。ただし、就業規則の変更後は、その内容を従業員へ「周知」することが義務付けられています。
この「周知」については、実質的にみて、従業員が変更後の就業規則の内容を知り得る状態にすることとされています。具体的には、以下のような方法が一般的です。
- 従業員に配布する
- 事務所や休憩室、更衣室などいつでも見られる場所に掲示する
- パソコンに保存し、誰でも閲覧できる状態にする
実際の裁判では、事務室内の施錠されていないキャビネット内に備えていた場合や、背表紙に「就業規則」と表示されたファイルに編綴し、事業所内の棚や机の上に置いていた場合も、周知方法として認められたものがあります(東京高等裁判所平成28年5月30日判決、東京地方裁判所平成29年5月15日判決)。
就業規則の扱いについては、以下のページもぜひご一読ください。
労働条件の不利益変更を行う3つの方法
不利益変更の方法には、以下の3つがあります。
- 従業員の同意を得る
- 就業規則を変更する
- 労働組合との労働協約により変更を行う
それぞれの方法について、具体的にみていきましょう。
従業員の合意を得る
不利益変更について、従業員から個別に同意を得る必要があります。具体的には、変更内容がわかる書面と同意書を作成し、従業員の署名押印をもらうのが一般的です。
このとき、変更点だけでなく、変更の理由や不利益の大きさなども十分説明することが重要です。説明が不十分だったり、半ば強引にサインさせたりした場合、同意が無効となる可能性もあります。
また、「同意できなければ辞めてもらうしかない」など、解雇や退職を示唆することも認められません。
後々トラブルにならないよう、やり取りを録音・録画しておくのもおすすめです。
パートやアルバイトの合意も必要?
パートやアルバイトでも、不利益変更の対象であれば同意が必要です。このほか、契約社員や嘱託職員などの有期労働者も同じように同意を得る必要があります。
つまり、不利益変更では雇用形態に関係なく個別同意を得なければならないと覚えておきましょう。
有期労働者の雇用については、以下のページで詳しく解説しています。
口頭での合意は認められる?
合意の方法に法的なきまりはないので、口頭での合意でも問題はありません。
ただし、後に従業員から「そんな同意はしていない」「断ったはずだ」などと訴えられるおそれもあるため、同意書を取り交わすのが基本です。
口頭で済ますのであれば、やり取りを録音・録画し、合意を得た証拠を残しておくと良いでしょう。
実際の裁判例でも、従業員が「自由な意思」に基づき合意したとわかる「客観的な事情」が必要とされています。
書面や録音などの証拠がないと、裁判所に「合意は無効」と判断されやすくなるため注意が必要です。
就業規則を変更する
労働条件の変更に合理性があれば、「就業規則の変更」によって不利益変更が認められる可能性があります。
ただし、合理性については以下の要素を考慮したうえで慎重に判断されます。
- 従業員が受ける不利益の程度
- 変更の必要性
- 変更後の内容の相当性
- 従業員側との交渉状況
また、就業規則の変更後はその内容を従業員に周知することが義務付けられています。適切な方法で周知しなかった場合、変更が無効となるおそれもあるため要注意です。
労働組合との労働協約により変更を行う
社内に労働組合がある場合、労働協約の締結による不利益変更も可能です。
労働協約の締結であれば、組合員から個別に同意を得る必要がないため、手間や時間を大幅に削減することができます。
注意点は、労働協約の効力が及ぶのは「組合員のみ」という点です。つまり、非組合員にも不利益変更を適用する場合、それぞれ個別に同意を得なければなりません。
もっとも、労働組合が事業場の4分の3以上の従業員で構成される場合、例外的に非組員にも労働協約が適用される可能性があります。
また、労働協約の締結によって一部の組合員のみが著しい不利益を被る場合、当該協約は無効となります。地位や年齢、性別などによって受ける不利益の程度が異なる場合は注意が必要でしょう。
合意または合理性のない労働条件の不利益変更をするとどうなる?
従業員の合意なく労働条件の不利益変更をした場合、その変更は無効となります。
また、就業規則の変更によって労働条件を引き下げる場合、一定の合理性がないと変更は認められません。
ただし、合理性がなくても、就業規則の変更自体は有効となる場合があります。
例えば、「一部の従業員からは合意を得られたものの、他の従業員は不合意だった」というケースです。
この場合、不合意の従業員には従来の内容が適用されますが、合意した従業員には変更後の就業規則が適用されます。つまり、社内に複数の就業規則が存在するということです。労務管理が複雑になるため、十分注意しましょう。
ほかにも、不利益変更の方法を誤ると以下のようなリスクが発生します。
労使トラブルが発生する可能性
一度合意を得ても、いざ運用を開始すると社内で不平・不満が上がることはよくあります。
後から「不利益変更には同意していない」「聞いていた話と違う」「無理やり同意させられた」などと訴えられるケースも少なくありません。また、不利益変更の無効を求めて労働審判や訴訟を起こされる可能性もあります。
この場合、会社は、合意を得た証拠(同意書や録音データなど)がないと変更を認めてもらうのが難しくなります。実際に変更が無効になれば、再び経営難に陥る可能性もあるでしょう。
合意を得る際は、会社の状況をしっかり説明し、従業員の理解や納得を得ることも重要です。
労働者のモチベーションが下がる
労働条件の引下げは、従業員にとってデメリットしかありません。収入が減ったり、生活リズムが変わったりすれば、当然仕事に対するモチベーションも下がってしまうでしょう。
その結果、社内の生産性が低下し、売上や企業利益のダウンにつながるおそれがあります。また、離職者や転職者が増え、人手不足に陥る事態も想定されます。
せっかく労働条件を見直しても、このような悪循環が続けばかえって経営を悪化させかねません。
不利益変更おいては、先々のリスクやデメリットも踏まえて慎重に進めることが重要です。
企業のイメージが悪くなる
近年はSNSの発展により、従業員や退職者が会社の内情をネットに投稿してしまうケースが増えています。
例えば、
「一方的に給料を下げられるから入社はオススメしません。」
「退職金を支給しないとの書面に無理やりサインさせられました。」
などと投稿されれば、企業イメージの低下は避けられません。取引の打ち切りや、採用活動の難航といったリスクも考えられます。
一度ネットで情報が広まると、事態を収拾するのは非常に困難です。場合によっては、経営が傾きそのまま倒産・・・というケースも想定されるため、不利益変更の進め方には十分注意が必要です。
労働条件の不利益変更で争った判例
就業規則を変更することによる「労働条件の不利益変更」に関するリーディングケースである、下記判例をご紹介します。
【最高裁 平成28年2月19日第二小法廷判決 山梨県民信用組合事件】
事件の概要
信用組合が経営難により2度にわたって吸収合併され、その度に退職金支給規程が変更され、従業員の退職金が大幅に減額されました。会社側は、従業員から、1度目には変更への同意書の署名捺印を取得し、2度目には説明会報告書への署名捺印を取得しました。しかし、従業員が定年退職した後になって、署名捺印の効力を争い、会社に対して退職金の請求をしたという事案です。
裁判所の判断
最高裁は、「合意」の有無については慎重に判断すべきであり、従業員の不利益の内容や程度、従業員への情報提供・説明の内容等を踏まえて「自由な意思」に基づき署名捺印がされたと認められる、合理的な理由が、客観的に存在しなければならないという規範を定立しました。
そして、事実について改めて審理するために差し戻された東京高裁の判決では、従業員に対する情報提供・説明は、経営困難による合併の必要性について伝えられたのみで、従業員の不利益の具体的な内容や程度に関する説明等はなされていないものとして、個別の「合意」は認められない旨、判示されました。
ポイント・解説
判例は、同意書等への署名捺印があったとしても、「自由な意思」に基づく署名捺印であったというためには、不利益の内容・程度について説明をしなければならないという、手続的な要件をクリアする必要がある旨を示しており、この点が大きなポイントとなります。
そして、説明の内容については、従業員が受ける不利益の内容・程度を説明しなければなりません。これを説明すると、従業員から署名捺印がもらえないのではないかと考え、会社側としてはその全てについて説明することが憚られるところですが、その説明をしなかったがために、本件では「自由な意思」に基づく「合意」が認められませんでした。
本判決は先例として極めて価値の高いものであり、現在の不利益変更に関する裁判実務は、本判決に従って審理、判決がなされています。それゆえ、企業の労務実務も本判決を踏まえて「労働条件の不利益変更」を行っていく必要があります。
労働条件の不利益変更によるトラブルを回避するためにも、労働問題を専門とする弁護士にご相談ください
労働条件の不利益変更については、従業員の「自由な意思に基づく合意」を得るのがポイントです。
しかし、従業員にどこまで「不利益の内容・程度」を説明するかは非常に悩ましいところでしょう。実務上、裁判例が徐々に蓄積されてきているとはいえ、紛争が起きた時に類似の事例が見つかるとは限りません。
労働問題に詳しい弁護士に相談・依頼しておけば、不利益変更における労働トラブルを未然に防止できる可能性があります。
例えば、不利益変更の流れについてアドバイスを受けることで、後々従業員から不利益変更の無効を訴えられたり、変更前の給与等を請求されたりするリスクを抑えることができます。特に、従業員が結託して請求してきた場合、請求額は何倍にも膨れ上がるため、十分な対策が求められます。
労務問題は、放置するとどんどん事態を悪化させます。「もっと早く相談すれば良かった」と後悔しないよう、早めに弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
また、弁護士は訴訟対応だけでなく、交渉対応や合意書のレビュー、クライアントのニーズや費用感によって柔軟に対応可能ですので、まずは一度ご相談ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 弁護士中村 和茂
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある