労働者の意見聴取
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者にとって、社内のルールや労働条件の内容にもなる就業規則の規定は、非常に重要です。そのため、労働基準法は、就業規則の作成または変更にあたり、労働者の意見を聴取することを使用者に義務づけています。
今回は、就業規則の作成・変更に際して、労働者に対して行うべき意見聴取の概要について、その重要性にも触れながら解説していきます。
目次
就業規則の作成・変更における労働者の意見聴取
労働基準法第90条1項によると、使用者は、就業規則を作成・変更するにあたって、労働者の過半数で組織する労働組合の意見を聴かなければなりません。
なお、過半数労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者の意見を聴きます。
この規定は、就業規則が労働契約の内容にもなり得る重要なものであることを考慮し、作成・変更について労働者に内容を確認させ、一定の範囲内で意見を陳述する機会を与えることを目的としています。
就業規則を作成する義務があるのは常時10人以上の労働者を使用する事業所であり、事業所ごとに意見聴取を行う必要があります。
詳細については次項以下で解説します。
「労働者の過半数を代表する者」とは
意見聴取をしなければならない「労働者の過半数で組織する労働組合」とは、事業所の労働者の過半数が組合員となっている労働組合を指します。
このような労働組合がない場合に、意見聴取をしなければならない「過半数代表者」とは、管理監督者以外から民主的な方法によって選ばれた、当該事業所に在籍する労働者の代表を指します。
このとき、選ぶ側の労働者には、過半数代表者になり得ない管理職も含まれます。
会社が代表者を指名することはできないので、必ず民主的な方法によって選任してもらいましょう。また、正社員用の就業規則の作成・変更をするケースでも、契約社員やパート・アルバイトなど、当該就業規則の対象者とはならない労働者も選任する側に含まれるため注意が必要です。
過半数代表者の選出方法は使用者が決定できますが、以下の要件を満たす方法でなければなりません。
- 選出の目的(就業規則の作成・変更に際して意見聴取をするため)を明らかにしていること
- 使用者の意向に影響されない、民主的な方法であること
過半数代表者への不利益取扱いの禁止
使用者は、過半数代表者について、労働者の過半数を代表する者であること、もしくは過半数代表者になろうとしたこと、または過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として、解雇や降格等、不利益な取扱いをすることが禁止されます(労基則6条の2第3項、平成11年1月29日基発45号)。
「過半数代表者としての正当な行為」とは、例えば、法に基づく労使協定の締結を拒否することや、1年単位の変形労働時間制における各労働日の労働時間に関して同意しないこと等をいいます。
「意見を聴く」とは
労働基準法90条にいう「意見を聴く」とは、“意見を傾聴する”ことを指し、同意を得ることまでは意味しません(昭和23年3月15日基収525号)。したがって、前述の労働組合または過半数代表者の意見は、必ずしも賛成意見である必要はなく、たとえ反対意見であったとしても、使用者が当該意見に拘束される等、就業規則の効力に影響が及ぶことはありません。
賛成意見であれ反対意見であれ、労働者代表の意見書が添付されていれば、就業規則の届出は受理されます。
「事業所ごと」の意見聴取とは
事業所とは、同じ場所で同じ事業をしている一体を指します。
就業規則は、原則として常時10人以上の労働者を使用する事業所ごとに作成し、それぞれを所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。意見聴取も事業所ごとに行う必要があります。
就業規則の作成義務の詳細に関しては、下記の記事をご覧ください。
労働基準監督署への「意見書」の提出義務
事業所が就業規則を作成したり、変更したりしたときには、労働者に周知する義務と、所轄労働基準監督署への届出の義務があります。作成・変更した就業規則を所轄の労働基準監督署に届け出る際には、労働者から聴取した意見を記した意見書を添付する必要があります(労基法90条2項)。
この届出は事業所ごとに行うため、意見書も事業所ごとに作成しなければなりません。
なお、意見書を作成するのはあくまでも意見を陳述する労働者側であり、聴取する側の使用者が、聞き取った意見を書面にまとめて意見書とすることは認められません。
意見書の書式と記入例
意見書の書式について、特に定めはありません。もっとも、一から作成するのは手間ですから、省庁が公表している書式をダウンロードして活用することをお勧めします。
ただし、就業規則のように電子媒体で意見書を届け出ることは認められておらず、書面での提出が義務づけられているため注意しましょう。
なお、意見書への署名押印の義務は廃止されています。
厚生労働省東京労働局の以下のサイトでは、意見書のテンプレートをダウンロードできます。
意見書には、次の事項の記入が必須とされています。
- 就業規則に対する意見(異義がない場合にはその旨を記入すれば足ります)
- 意見を陳述する労働組合の名称、または過半数代表者の職名・氏名
- 過半数代表者を選出した場合には、その選出方法
就業規則に異議がない場合
意見書には、労働者側の自由な意見を書いてもらえば基本的に問題ありません。そのため、就業規則に異議がなければ、その旨を端的に記載してもらいます。
就業規則に異議がある場合
就業規則に異議がある場合には、異議がある条文と、それについての意見を記載してもらいます。労働者の同意が必要なわけではないため、異議があっても、意見書をそのまま提出すれば問題ありません。
また、意見に従って就業規則を修正することもできます。修正しても問題ない部分だと考えられる場合には、なるべく労働者側の意見を反映するのが望ましいでしょう。
意見書の提出を労働者側から拒否された場合
労働者側から意見を聴取したものの、意見書の提出を拒否された場合でも、使用者が“労働者側から意見を聴取した旨を客観的に証明できる限り“、労働基準監督署は作成・変更した就業規則の届出を受理すべきとされています(昭和23年5月11日基発735号、昭和23年10月30日基発1575号)。
具体的には、意見聴取から拒否までの経緯を説明した「意見書不添付理由書」を提出すれば、当該就業規則の届出が受理されます。
労働者の意見聴取をしない場合の罰則
使用者が労働者側から意見聴取をしない場合、労働基準法90条1項違反として、30万円以下の罰金が科されます(労基法120条1号)。
しかし、意見聴取をしていないからといって、対象の就業規則は直ちに無効とはなりません。
もっとも、労働者側の意見をまったく聴くことなく就業規則の作成・変更を進めても、労働者の理解は得られないでしょう。労使トラブルを回避するためにも、意見を聴くことは重要です。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある