内部告発(公益通報)があった場合の企業の対応や事前の予防策について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「内部告発」とは、企業や官庁等で行われている不正・法令違反を、内部の人間が外部へ伝えることをいいます。法律上では、「公益通報」と呼ばれます。
2004年に、内部告発者を保護する「公益通報者保護法」が制定されました。
同法は、2020年6月に一部が改正され、2022年6月に施行されています。
ここでは、内部告発を予防するために企業側がとるべき対策や、過去に起こった実際の事例も含めて、内部告発(公益通報)について詳しく解説します。
目次
内部告発とは
内部告発とは、企業など組織においてなされた法令違反を、内部の労働者が会社内の通報窓口や社外通報窓口などに通報する行為です。
内部告発の対象となる不正や違法行為の例として、「不正な会計処理」や「製品の重大な不具合の隠蔽」、「食品の産地偽装」などが挙げられます。
内部告発により法令違反が明るみに出れば、企業のイメージが下がることは避けられず、企業にとって不利益となることは否定できません。
しかし、内部通報で法令違反が明らかになることで、不正が深刻になる前に対応できます。また、マスコミによって報道される前に対処することで、ダメージを最小限に抑えられる可能性があります。
企業にはコンプライアンス(法令遵守)が求められています。不正は放置せず、自ら積極的に対応するようにしましょう。
内部告発は懲戒処分の対象となるのか
内部告発が懲戒処分の対象となることはあり得ます。ただし、公益通報者保護法によって保護される場合や、正当な内部告発を行った場合には、当該行為を理由として懲戒処分をすることは許されません。
内部告発は、社内の重要な情報の漏洩を伴うケースがあります。情報漏洩は、労働者の秘密保持義務に違反するため、懲戒処分の対象になり得ます。
また、内部告発によって企業のイメージが悪化することは、形式的には名誉棄損であり、懲戒処分の対象となり得ます。
しかし、内部告発が公益通報者保護法で保護される場合や、正当な内部告発に該当する場合には、懲戒処分も含めた不利益な取り扱いが禁止されます。
公益通報と認められる要件
公益通報者保護法とは、正当な公益通報を行った労働者等を保護するための法律です。
通報には様々なものがありますが、公益通報者保護法による保護を受けるためには、同法にいう「公益通報」に該当する通報でなければなりません。
同法には、「公益通報」の定義がされており(同法第2条1項柱書)、その定義はかなり複雑ですが、基本的には、労働者等が、不正の目的なく、勤務先における不正行為(通報対象事実)を法定の通報先に通報することと定義できます。
「公益通報」の要件としては、主に次の4つが挙げられます。
- ①通報者が、労働者や役員等、法定された者であること
- ②通報先が、企業内部、行政機関、その他(報道機関や消費者団体など)法定された通報先であること
- ③通報対象事実が、公益通報者保護法において対象としている法律の、罰則(刑事罰、過料)の対象となり得る規定に違反する事実であること
- ④不正の目的がない通報であること
公益通報者保護法について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
①通報者
内部告発の通報者として保護されるのは、主に次の者が挙げられます。
- 労働者(パートタイム労働者、派遣労働者等の非正規労働者も含まれます。)
- 退職者
- 下請事業を行う企業の社員や派遣労働者
- 役員
②通報先
法定の通報先として、次の3ヶ所が挙げられます。
①事業者内部(1号通報先)
役務提供先又は役務提供先があらかじめ定めた者(事業者の役員、通報窓口の担当者、社外の弁護士や労働組合等)をいいます。労働者が300人を超える企業では、企業内部に通報窓口を設置する等の義務があります。通報窓口業務を外注している企業もあります。
②権限を有する行政機関(2号通報先)
通報対象の事実について勧告や命令をする権限を有する行政機関が対象となります。
③その他被害の発生又は拡大の防止に必要と認められる者(3号通報先)
典型例としては、報道機関や消費者団体、労働組合などが対象となります。企業内部に通報すると、不利益な取扱いを受けると信じるに足りる相当の理由がある場合などに通報できます。
通報先には優先順位が設けられているわけではないため、内部告発が企業内部を経ずに、報道機関などの外部に行われるリスクがあります。
そのため、まずは企業内部に通報が行われるような体制を整えることが望ましいでしょう。
なお、行政機関や外部への通報が保護される要件として、通報対象事実が生じているか、生じようとしていると信じるのに相当の理由があることが求められます。
通報者の勘違いであるリスクについて考えると、企業内部に通報できることは、通報者にとっても利益があるといえるでしょう。
③通報対象事実
通報対象事実は、公益通報者保護法において対象としている法律(対象法律)の、罰則(刑事罰・過料)の対象となり得る規定に違反する事実をいいます(法2条3項)。
同法により保護を受けるためには、通報対象事実が生じ、又は生じようとしていることが必要です。例えば、食品偽装は、対象法律である食品衛生法や不正競争防止法に抵触しますので、通報対象事実です。
ここで注意するべきなのは、セクハラやパワハラは通報対象事実に該当しないケースがあることです。強制わいせつや傷害等、刑事罰が科され得るケースであれば、保護される可能性が高いでしょう。
④通報の目的
公益通報として保護されるためには、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的がない通報であることが必要です(法第2条1項柱書)。
ただし、自身の労働条件を改善することが主目的だったとしても、残業代の未払いを労働基準監督署に通報すること等は認められる可能性が高いでしょう。
内部告発の正当性
内部告発を行った労働者が、就業規則に違反したとして懲戒処分をうけるケースがあり、裁判で争われるケースも少なくありません。
このとき、内部告発が公益通報に該当しなければ、懲戒処分が有効になることもあります。しかし、公益通報に該当しなくても、以下の①~③を総合的に考慮し正当性が認められる場合には、これを理由とする懲戒処分は無効となります。
- ①告発内容が真実である、又は真実だと信じる相当の理由がある(内容の真実性)
- ②公益が目的である(目的の公益性)
- ③手段や態様が相当である(態様の相当性)
内部告発を予防するために企業側がとるべき対策
内部告発の発生を予防するためには、社内コンプライアンスを見直すことが大切です。企業内で法令遵守の精神がきちんと周知され守られているか確認し、もし不十分であれば研修等を実施しましょう。
また、内部告発による会社のダメージを抑えるためには、外部への告発がなされる前に、不正を内部で発見して自主的に対応するべきです。そのために、内部通報制度を導入しましょう。
内部通報の受付は、正社員だけでなく、契約社員やパート・アルバイト等の非正規労働者も通報できるような窓口を定め、通報手段(電話、メール等)を労働者に周知します。通報に関する秘密を保持し、通報者の立場が守られることは、特に重点的に周知するべきでしょう。
内部通報制度 (公益通報制度) 導入
公益通報者保護法の改正により、常時雇っている労働者が301人以上の企業には2022年6月から内部通報の体制整備が義務化されました。
内部通報とは、企業の違法行為等を内部通報窓口などに通報することであり、これを導入することによって自浄作用が働きます。また、外部に通報されてダメージが大きくなる事態も防ぐことができます。
なお、常時雇っている労働者が300人以下の企業については、内部通報の体制整備は努力義務とされています。
内部告発がなされた場合の対応
労働者から内部告発がなされた場合、企業側としては、事実の調査や外部への公表等の対応が必要になります。
これらの対応について、以下で解説します。
不祥事などの事実の調査
まずは、迅速に事実関係の調査を行います。
内部告発された当該事実が、実際に起こった・起こっていることなのか、実際に起こっていたとすれば、その当該事実に違法性はあるのか、あるとすれば、当該事実全体が違法行為や法令違反にあたるのか、それとも一部だけなのか、当該事実を把握している社員は社内でどれだけいたのか、誰が把握していたのか、関係者への聴取等々、調査しなければならないことは多岐に渡ります。
しかし、内部告発後の調査は初動が肝心といえます。調査不足のまま公表を行えば、さらなる事態の悪化を招きかねません。内部告発があれば、まずは迅速な調査に注力しましょう。
対外的な公表
告発の内容について調査を行い、それが事実だと判明したら、対外的な公表についても検討しなければなりません。このとき、人々の健康や命に影響するような告発については、緊急事態と認識して調査を進め、すぐに公表しなければなりません。
後で公表されて、隠蔽だと受け取られるようなことがあれば、企業の存亡にかかわると認識しておく必要があります。
内部告発の手段となりうる「司法取引」
2018年から、日本においても司法取引制度が導入されました。
司法取引とは、被疑者や被告人が証拠の提出、共犯者の情報の提供などをして検察官の捜査に協力することと引き換えに、起訴猶予や刑の減免を受ける制度です。企業内の違法行為にかかわった労働者が司法取引に応じることによって、結果的に内部告発が行われる可能性があります。
なお、司法取引によって、企業側が労働者の違法行為を告発することも可能です。実際に、司法取引の最初の事例とされた三菱日立パワーシステムズ株式会社の贈賄事件では、企業側による司法取引の結果として取締役個人の刑事責任が問われました。一方で、会社としては不起訴処分となっています。
内部告発の事例
内部告発で有名な事例として、以下のケースが挙げられます。
【大王製紙事件】目的の公益性が否定されたケース
内部告発の事例として、大王製紙事件(東京地方裁判所 平成28年1月14日判決)があります。
これは、大王製紙の従業員(以下「X」といいます。)が、同社においてマネーロンダリングや不適切会計があるとして、外部役員に告発状を送付し、業界新聞にもその内容が掲載されたという事件です。同社は、Xを降格処分として出向を命じましたが、Xがこれに応じないため懲戒解雇としました。
裁判では、Xの告発は、経営陣を失脚に追い込むことが告発の主たる目的であったとして、目的の公益性が否定され、降格処分は有効とされましたが、降格処分に応じなかったことは懲戒事由に当たらないとして、懲戒解雇は無効とされました。
【オリンパス事件】報復人事が行われたケース
別の事例として、オリンパス事件(東京高等裁判所 平成23年8月31日判決)が挙げられます。
これは、上司が取引先から機密情報を持つ社員を引き抜こうとしていたこと(不正競争防止法違反の可能性があります。)を社内のコンプライアンス室に内部告発した労働者が、配置転換やパワハラ等を受けたとして、配置転換の無効確認等を訴えた事件です。
一審は労働者側敗訴でしたが、二審では、配転命令が制裁人事であったと認められ、労働者側が逆転勝訴(平成24年6月28日上告棄却により勝訴が確定)しました。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある