支給日在籍要件
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員に賞与を支給するうえで、『支給日に在籍していること』をルールとしている会社は多く見られます。しかし、一般的に賞与の査定対象となる期間から支給日までは一定期間空くことから、従業員の解雇・退職のタイミングによって、あるいは、休職・休業中の従業員に対して、賞与を支払うべきかどうか、悩んだり、迷ったりすることもあるのではないでしょうか。
このページでは、「支給日在籍要件」に関して、会社が直面し得る問題について解説していきます。
なお、そもそも【賞与】とはどのようなものを指すのか、基本事項を先に押さえたいという方は、こちらのページをご覧ください。
目次
賞与支給日在籍規定について
「支給日在籍要件」とは、賞与の査定対象期間の全部あるいは一部に勤務していたとしても、賞与の支給日に在籍していなかった従業員に対しては、賞与を支給しないとする取扱いを指します。
賞与を支給する基準は、労使間の合意や労使慣行、使用者の決定により自由に定めることができますが、「支給日在籍要件」を設けることが合理的かどうかについて、しばしば問題となっています。
多くの場合、賞与には、査定期間中の従業員の労働に対する労いと、従業員のモチベーション向上を図り将来の労働力を確保する趣旨があるとされています。そのため、「支給日在籍要件」は、賞与の受給資格を明確に示す基準として、不合理とはいえないと解されています
賞与支給在籍要件の法的な定め
賞与の支給は、会社が法的に義務付けられているものではありませんので、会社の制度として運用する場合には、原則として、就業規則に賞与支給のルールを定めなければなりません(労基法89条4号)。「支給日在籍要件」を設ける場合には、このルールの一つとして記載することになります。
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賞与支給日に在籍していない従業員の賞与
「支給日在籍条項」を合理的なものと認める裁判例が多く、就業規則に「賞与の支給対象者は、賞与支給日に在籍する者とする」等の記載がある場合には、これに従って、支給日に在籍していない従業員への賞与は不支給とする取扱いがなされることが一般的です。
自主退職と賞与の支給日在籍要件
自己都合退職者の場合は、退職する日を自分で選べることから、賞与の支給につき、支給日に在籍していることを要件とする規定が就業規則等にあれば、基本的に賞与を支給する必要はないものとされています。
他方で、賞与の支給がもっぱら賃金の後払い的な趣旨である場合、「支給日在籍要件」は、賃金全額払いの原則(労基法24条)に反し、規定そのものが無効となると考えられます。この場合、賞与規定によって確定している分の賞与(例:月給の●ヶ月分)については、その通りに支払わなければならないでしょう。
解雇した場合の賞与について
では、賞与の支給日よりも前に、会社都合による“整理解雇”や、従業員側に解雇原因がある“懲戒解雇”“諭旨解雇”をした場合の扱いはどのようになるのでしょうか。それぞれ確認していきましょう。
整理解雇した場合
整理解雇など、会社都合で解雇した者については退職日を自分で決めることができないため、「支給日在籍要件」を適用し、全く支給しない取扱いとするのは合理的ではないとした裁判例があります(東京地方裁判所 平成24年4月10日判決 リーマン・ブラザーズ証券事件)。このような場合、賞与の査定期間中の勤務日数等に応じた額を支給することが考えられます。
以下のページでは、「整理解雇の4要素」など、“整理解雇”の定義や関連する問題について解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。
懲戒解雇や諭旨解雇の場合
懲戒解雇や論旨解雇(=懲戒解雇よりもひとつ軽い処分)※1のように、従業員側に非難される原因があって解雇した場合、懲戒解雇者に対する賞与の算定方法が具体的に定められている場合を除いて、賞与支給日に在籍していない従業員に対し賞与を支給しなくてもよいと考えられています。
※1:従業員に退職を促す懲戒処分です。懲戒解雇相当の事由があるものの、情状酌量の余地がある場合に検討されます。従業員が退職に応じないときは、多くの場合、懲戒解雇処分とします。
なお、解雇のための手続や、会社が留意すべき事項について解説しているページもありますので、ぜひ併せてご覧ください。
支給日前後に定年退職を迎える従業員
今度は、“定年退職”の時期が賞与支給日の前後にあたる場合の扱いを見ていきます。同じ「退職」でも、自分のタイミングで退社できる“自主退職”と考え方がどのように異なるのかにも着目してみましょう。
なお、以下のページでは、「定年退職となる日」の規定例等、“定年”に関して会社側が把握しておくべきことなどを解説しています。ぜひこちらも併せてご覧ください。
支給日前の定年退職
定年退職者に「支給日在籍要件」を適用できるかどうかは、その賞与の性質等の観点から、意見が分かれています。
定年退職者は、自らの意思で退職日を選んでいません。そのため、学説では査定期間中の勤務期間等に応じた賞与を支給すべきとする考え方が有力です。
一方で、裁判例は、退職日を選べない定年退職者も、退職時期を予測できるため、賞与の不支給が想定外の損害を与えるものとはいえないなどとして、「支給日在籍要件」の適用を有効と判断する傾向にあります。
支給日直後の定年退職
この場合、従業員は支給日に在籍しているため、問題となるのは退職する者と退職する予定のない従業員との間に、賞与額の差をつけることが可能かどうかという点です。
この点について、会社が支給する賞与の性質に“将来に対する期待”が含まれている場合には、そのことを根拠に賞与額の差をつけること自体を不合理とまではいえないものの、減額の程度は2割までとした裁判例があります(東京地方裁判所 平成8年6月28日判決、ベネッセコーポレーション事件)。
賞与の性質に対し、減額する割合が合理的といえるかどうかが判断の基準となりますが、この判決の内容からみても、大きく差をつけることは難しいといえるでしょう。
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休職・休業中の従業員について
休職・休業中の従業員は、解雇や退職した者と異なり、籍は会社に置いてあります。しかし、在籍しているものの、実際には就労していないことから、その期間につき不支給・減額とすることが可能かどうか、【不利益取扱い】にあたるかどうかといったことが、「支給日在籍要件」との関係で問題になります。
産前産後休業を取得した従業員
産前産後休業は、労働基準法65条で認められている女性従業員の権利です。産前産後休業を取得したことのみを理由に賞与を不支給とする規定や措置は、労働基準法65条の趣旨を失わせるものであるため、違法・無効となります。
他方で、法律上、産前産後休業の期間を出勤として取り扱うことを義務付けているわけではないため、賞与額の算定にあたって、産前産後休業の取得日を欠勤の扱いとすることは問題ありません。そのため、産前産後休業の日数に応じた割合分の減額をすることは有効と考えられます。
ただし、産前産後休業の日数に応じた割合を超えて減額をしてしまうと、【不利益取扱い】となるおそれがありますので、注意しましょう。
私傷病休職の従業員
私傷病休職※2は産前産後休業と異なり、法律には規定がありません。制度として運用する場合には、各会社で就業規則等にルールを定め、そのルールに従うことになります。
したがって、賞与の査定期間中に私傷病により休職した日数に応じて一定額を控除する、あるいは、出勤日があったとしても賞与を支給しないとルール化することも可能で、基本的に【不利益取扱い】に問われることもありません。
※2:仕事以外の理由による怪我や病気で従業員の就労が見込めない場合に、会社に在籍させたまま一定期間の就労を免除する制度のことです。
賞与の支給が遅延した場合の対応
就業規則等の賞与規定において、支給日について具体的に定められているにもかかわらず、実際の支給日が規定よりも遅れた場合の賞与の支給・減額の有無については、支給日変更の際の対応に関して就業規則上の規定や慣行が存在するかどうかによって異なります。
支給日変更の際の対応に関する規定等が特になければ、実際の支給日に在籍していなくても、賞与規程上の支給予定日に在籍していた者には「支給日在籍要件」を適用し、賞与を支払う必要があると考えられます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある