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労働者に義務付けられている「自己保健義務」について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

使用者が労働者に対する安全や健康に関して負う義務は、多々あります。しかし、こういった義務は使用者のみが負うべきなのでしょうか?どんなに使用者が措置をとっていても、労働者個人が気を付けなければならない場合があります。そういったことに対応する、労働者に義務付けられている「自己保健義務」について、本記事では説明していきます。

労働者の自己保健義務について

自己保健義務とは、労働者が負う義務であり、労働安全衛生法で定められています。労働者は、企業が労働災害を防止するための必要事項を守り、併せて、企業がとる措置に協力するよう努めなければなりません。また、健康に関して注意をする義務でもあるため、健康診断の受診を義務付けられていたら、受診をする、といった義務も有します。会社としては、このような労働者が有する義務について就業規則に規定する等、労働者に周知させることが必要となるでしょう。

自己安全義務と自己保健義務

自己保健義務は、労働者が自身の健康管理に関して注意を払う義務であり、対して、自己安全義務とは労働者が安全を確保するために、注意を払う義務になります。労働者には、自分自身で安全に配慮しながら、業務を行うことが義務付けられています。

企業側の安全配慮義務

労働者自身が負う義務に対して、企業にも労働者の安全と健康を守る、安全配慮義務があります(労契法5条)。安全配慮義務は、労働者が安全に働けるような環境を提供する配慮や対策を行う、企業の責任になります。この義務は、1人でも労働契約を結んで、使用する場合には当然に発生します。

労働者の怪我や病気、メンタルヘルス不調等の原因が、使用者の安全配慮義務の怠りと考えられた場合、安全配慮義務違反ととらえられ、損害賠償を求められてしまうおそれもあります。

安全配慮義務違反が認められた判例

ここでは、実際に企業の安全配慮義務違反が認められた判例を紹介します。

【最高裁 平成12年3月24日第二小法廷判決、電通過労自殺事件】

事件の概要
大手広告代理店に勤務するAは、膨大な業務量にもかかわらず、期限を遵守することを強く求められる態様の業務に従事していたため、長時間にわたって残業を行うことが常態化している状況にありました。Aの上司は、Aが深夜まで残業をしていること、健康状態が悪化していることに気付いていながら、時間配分のみ指導を行ったのみで、業務の量を調整するために措置はとりませんでした。Aは1年余り、長時間にわたる残業を継続した結果、心身ともに疲労困憊となり、それが誘因となりうつ病に罹患し、衝動的、突発的に自殺に至りました。
以上から、Aの両親が会社に対し、損害賠償を求めた事件になります。
裁判所の判断
裁判所は、使用者は、雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である、と判断しました。そのうえで、労働者Aの業務の遂行とうつ病の罹患による自殺には、相当因果関係があるとし、上司がAの健康状態が悪化していることを認識していながら、負担を軽減する措置をとらなかったことは過失があるとして、民法715条に基づく損害賠償責任を肯定しました。

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メンタルヘルスと自己保健義務の関係

メンタルヘルスは「心の健康」といわれ、近年、社会的にうつ病といった精神疾患、いわゆるメンタルへルス不調が問題となっています。このようなメンタルヘルスに関しては、本人のプライバシーの領域に属するため、企業側が直接話を聴いたり、病院に受診するように勧めたりすることは容易ではありません。より悪化させないため、労働者自身が使用者のメンタルヘルス措置に協力し、自身の健康確保に努めるように求めることが必要となります。

メンタルヘルスについての詳細は、下記のページをご覧ください。

企業のメンタルヘルスケアについて

労働者の私生活における健康管理の重要性

労働者の健康障害には、業務上の有害業務やストレス等に加えて、労働者自身の私生活状況も大きくかかわってきます。

脳疾患や精神疾患等においても、業務中のストレスや長時間労働等のほかに、私生活上のストレスや飲酒・喫煙・睡眠不足等の生活習慣が大きく影響するため、注意し、必要に応じて医療機関への受診を勧めることが望ましいでしょう。

労働者の健康を確保する措置について

企業が労働者の健康確保をするためには、どのような措置をとるべきでしょうか?実際に、企業がとるべき措置を紹介します。

健康な体を維持するための措置

働きながら健康を維持することは難しいため、職場に健康を確保できる環境作りをすることで、労働者も意識しながら取り組むことができるでしょう。

具体的には、以下のような措置が挙げられます。

  • ・健康診断の受診、健康状態を把握して病気の予防をする
  • ・レクリエーション企画等で体を動かす機会を作る 
  • ・休憩スペースを作り、職場環境を整備する
  • ・社員食堂で栄養バランスの良い食事を提供する
  • ・健康セミナー等、啓発活動を実施する 

詳しい健康診断の実施義務については、以下のページをご覧ください。

安全衛生法における健康診断の実施義務

メンタルヘルスを守るための措置

労働者のメンタルヘルスを守るために、企業がとるべき措置は以下のようなものが挙げられます。

●ストレスチェックの実施

ストレスチェックの実施は、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的としています。ストレスチェックの結果を踏まえて、予防や対策を講じることができます。

ストレスチェックの詳細については、下記のページをご覧ください。

ストレスチェックについて

●相談窓口の設置

産業医やカウンセラーへの相談をする場所の設置が重要となります。メンタルへルス不調の予防や悪化を防ぐ効果が得られるでしょう。

また、メンタルヘルス問題はプライバシーの領域であるため、個人情報には注意が必要となります。

●長時間労働禁止

長時間労働はストレスの原因となり、メンタルヘルス不調を及ぼしやすくなります。そのため、長時間労働をさせないよう労働条件等を改善する必要があります。

また、長時間労働者は脳疾患や心臓疾患等のリスクが高く、事業場の産業医による面接指導やカウンセリングを実施する措置をとる必要があります。

面接指導、産業医に関する詳細は、下記のページをご確認ください。

面接指導について
産業医の選任

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自己保健義務の意識を高めるための企業側の取り組み

実際に、労働者が自身の健康を守る義務がある、といった認識を持っている方は多くはないでしょう。労働者に自己保健義務があることについて周知させるためには、どのような対応をとれば良いでしょうか?

本項では、労働者に周知させる対応・取り組み等について説明していきます。

就業規則の整備・周知

自己保健義務は、合理的な労働条件であるため、就業規則に明文化することが望ましいです。就業規則は、労働者に周知するものであるため、有効といえるでしょう。

具体的な就業規則の規定例は、以下のとおりです。

  • ・勤務内外を問わず、健康の維持・増進に努める
  • ・医師及び産業保健スタッフの指示・指導を受けた場合は、従わなければならない
  • ・健康状態に異常がある場合は、速やかに会社に申し出、必要に応じ医師の診察を受け、回復に努める

従業員への教育研修の実施

使用する労働者のみでなく、使用者等の会社の管理職員も含めたすべての従業員に対して、自己保健義務についての教育や研修を行うことが望ましいでしょう。

労働者等への安全衛生教育については、下記のページをご覧ください。

安全衛生教育の重要性

自己保健義務に関する裁判例

この項では、自己保健義務に関する裁判例を2つ紹介します。

【東京高等裁判所 平成11年7月28日判決、システムコンサルタント事件】

コンピュータソフト会社に勤務するAは、入社以来、長時間労働が続いていました。それに加えて、プロジェクト・リーダーを務めており、精神的にも緊張を伴う業務にあたっていました。そのような業務が重なり、Aが患っていた高血圧がさらに悪化し、脳幹部出血によって死亡しました。Aの遺族は、会社に対し、安全配慮義務違反であるとして損害賠償を求めた事例になります。

この事例においては、結果として、会社は業務を軽減する等の配慮義務を負うにもかかわらず、特段の負担軽減措置をとることなく過重な業務を継続させたことから会社の安全配慮義務違反が認められるとして、損害賠償責任が認容されました。

しかし、その判断の中で裁判所は、Aは健康診断結果から自身が高血圧であり、治療が必要であると認識していたうえ、会社から精密検査を受診するよう指示されていたにもかかわらず、治療も受診も行わなかったことが認められ、自身の健康の保持について何ら配慮を行っていないと述べ、そのような事実も踏まえ損額につき50%の減額を行っています。裁判所の認定からも、労働者の自己保健義務を肯定したものと考えられます。

【名古屋地方裁判所 昭和56年9月30日判決、住友林業事件】

労働者A は、課長補佐として単身赴任をしていましたが、激務や精神的疲労により、急性心筋梗塞を起こし死亡しました。そこで、Aの遺族が会社の安全配慮義務違反であるとし、損害賠償請求をした事例になります。

結果として、裁判所は、会社にAの死の結果についての予見可能性があったとは認められず、過失があるとはいえないとして遺族の損害賠償請求を棄却しました。

判断の中で裁判所は、本人が多忙であったとはいえ、健康診断を受診するために上司に申し出るとか、自ら仕事内容を調整することは立場上可能であったと推認されるにもかかわらず、かかる所為に出たことを認めるに足りる証拠もなく、また会社において強制的にAに健康診断を受けさせる義務があったことを認めるに足りない以上、Aは自己の健康に対する過信からか健康診断受診を怠ったといわざるをえず、その責任は同人が負うべきと述べています。労働者の自己保健義務を肯定した判断であると解されるところです。

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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