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健康診断の実施義務とは?検査項目・対象者・費用などの基礎知識

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

事業主は、労働者に健康診断を受診させることが義務付けられています。これは法律上の義務ですので、怠った場合は罰則の対象となります。

近年、労災や過労死、うつ病などを発症する労働者が増えており、労働者の健康管理がますます重要視されています。健康診断はこの一環であり、労働者の健康リスクの早期発見・解決につながります。

本記事では、事業主に課せられる健康診断の実施義務や実施のポイントについて解説していきます。対象者や実施項目は企業によって異なりますので、しっかり把握しておきましょう。

健康診断の実施義務

事業主は、労働者に健康診断を受診させることが義務付けられています(労働安全衛生法66条)。

労働者を1人でも雇用する場合必ず年1回健康診断を実施しなければなりません。違反に対する労働基準監督署からの指導に応じなかった場合には罰則も予定されています(労安衛法120条)。

また、常時50人以上の労働者を使用する事業場は、健康診断結果を所轄の労働基準監督署に報告する必要があります。
これは、事業主の「安全配慮義務」に基づくものです(労働契約法第5条)。

安全配慮義務とは、労働者が健康で安全に働けるよう、職場環境に配慮しなければならないという義務です。違反した場合、損害賠償責任を負う可能性があります。

健康診断の目的

健康診断の目的は、労働者の病気の予防や異常の早期発見、職場環境の改善に役立てること等です。
労働者の健康リスクを早期に発見することで、労災の発生や離職による人手不足を未然に防ぐことができます。また、職場環境の見直しにもなり、企業が労働者の安全や健康へ配慮する姿勢を明確に示すことは、労働者のモチベーションアップにもつながるでしょう。

実施義務に違反した場合の罰則

健康診断の実施義務に違反すると、50万円以下の罰金が科せられます(労安衛法120条)。

事業主は労働者の健康を管理する義務があり、健康診断の結果を踏まえて適切な措置を講じなければなりません。
健康診断を怠って労災を発生させてしまうと重大な問題となり、業務上過失傷害などに該当すれば刑事罰の対象となるおそれがあります。

なお、健康診断を実施してその情報を漏洩した場合には、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます(労安衛法119条1項)。

実施義務のある健康診断の種類・検査項目

健康診断にはいくつか種類があり、対象者や実施時期、検査項目などに違いがあります。業種によって受診すべき内容が変わることもあるため、しっかり理解しておくことが重要です。

以下で詳しく見ていきましょう。

一般健康診断

一般健康診断とは、常時使用する労働者など一般的な労働者について実施が義務づけられている健康診断のことであり、雇入れ時の健康診断や定期健康診断などが該当します。

【雇入れ時の健康診断】
常時使用する労働者などを雇入れたときに実施する義務のある健康診断。ただし、健康診断を受けてから3ヶ月を経過していない労働者については実施する義務がない。

【定期健康診断】
常時雇用する労働者などについて、1年に1回実施する義務のある健康診断

以下表にもまとめましたのであわせてご覧ください。

対象者 実施時期
雇入れ時の健康診断 常時使用する労働者 雇入れ時
定期健康診断 常時使用する労働者 1年以内ごとに1回
特定業務従事者の健康診断 労安衛則13条第1項第2号に掲げる業務に常時従事する労働者 ・配置換え時
・6ヶ月以内ごとに1回
海外派遣労働者の健康診断 海外に6ヶ月以上派遣する労働者 ・海外に6ヶ月以上派遣する前
・帰国後国内業務に就労するとき
給食従業員の検便 事業に附属する食堂又は炊事場における給食の業務に従事する労働者 ・雇入れ時
・配置換え時
雇入れ時 定期健康診断
  • 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
  • 既往歴及び業務歴の調査
  • 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
  • 血圧の測定
  • 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
  • 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
  • 血中脂質検査(LDLコレステロール,HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
  • 血糖検査
  • 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
  • 胸部エックス線検査
  • 心電図検査
  • 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
  • 既往歴及び業務歴の調査
  • 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
  • 血圧の測定
  • 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
  • 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
  • 血中脂質検査(LDLコレステロール,HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
  • 血糖検査
  • 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
  • 胸部エックス線検査及び喀痰検査
  • 心電図検査

特殊健康診断

特殊健康診断とは、法令で定められた業務や特定の物質を取り扱う労働者に対して実施する健康診断です。実施が義務付けられているのは、以下の業種です。

  • 高気圧業務
  • 放射線業務
  • 特定化学物質業務
  • 石綿業務
  • 鉛業務
  • 四アルキル鉛業務
  • 有機溶剤等業務

※これらのうち、(3)、(4)については、その業務に従事しなくなった場合でも、雇用が継続している間は実施しなくてはなりません。

特殊健康診断
対象者 当該業務に常時従事する労働者
実施時期 雇入れ時、配置換え時、その後6ヶ月ごとに1回等業務の種類によって異なります。
健康診断項目
  • ①尿検査
  • ②血液検査
  • ③レントゲン

その他、業務に応じて肝機能・眼底・貧血・神経学的検査が実施されます。

じん肺健康診断

粉じん業務に従事している労働者には、じん肺健康診断を実施しなければならず、じん肺健康診断の実施要項は、「じん肺管理区分」によって異なります。これは、じん肺健康診断の結果に基づき、労働者のじん肺重症度を下記5段階ごとに区分したものです。
  • 管理1 じん肺の所見なし
  • 管理2 じん肺の所見あり
  • 管理3(イ)(ロ)じん肺の所見あり
じん肺健康診断
対象者
  • (1)新たに粉じん業務に従事する者
  • (2)常時粉じん業務に従事する者
  • (3)過去に粉じん業務に業務しており、現在は別業務に従事している者
実施時期 ・就業時→(1)
・定期→(2)管理1は3年に1回
 管理2、管理3は1年に1回
・定期外→じん肺所見の疑いがある者、合併症による休業から復帰した者
・離職時→離職時に受診を求めた者
検査項目
  • ①粉じん作業に関する職歴の調査
  • ②胸部レントゲン
  • ③胸部臨床検査
  • ④肺機能検査
  • ⑤(胸部臨床検査の結果疑いがある場合)結核精密検査その他合併症に関する調査

歯科医師による健康診断

歯などに有害な業務を行う労働者に対し、歯科医師による健康診断を実施することが義務付けられています。特定の物質を扱う場合、その取扱量にかかわらず受診させる必要があります。

また、健康診断実施後は、結果の保管、医師からの意見聴取、労働者への通知、作業転換などの措置、労働基準監督署への報告などの手続きが必要です。

対象者 塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、フッ化⽔素、⻩りん、その他⻭⼜はその支持組織に有害な物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務に常時従事する労働者
実施時期 雇入れ時、配置換え時、その後6ヶ月以内ごとに1回

健康診断実施義務の対象者

健康診断の実施対象は、「常時使用する労働者」です。具体的には、以下の労働者をいいます。

  • 雇用期間の定めがない者
  • 契約期間が1年以上である者、又は契約更新により1年以上の使用が予定される者

一般的には、「正社員」及び一定の要件を満たした「契約社員」が対象といえるでしょう。また、年齢による制限はないため、上記に該当するすべての労働者に実施義務があります。

なお、パートやアルバイト、役員、妊産婦も対象ですが、それぞれ実施が必要となる要件が異なります。どんなケースで実施義務があるのか、次項からみていきましょう。

パート・アルバイト・派遣社員の場合

契約期間の定めがないか1年以上の期間の定めのあるパートやアルバイトについては、所定労働時間が正規労働者の4分の3以上である場合正社員と同じく、雇入時の健康診断、定期健康診断を含む健康診断を実施しなければなりません。

それ未満であっても、フルタイム労働者の2分の1以上勤務している場合は健康診断を受診させるのが望ましいとされています。

派遣社員については、派遣元会社に健康診断を実施する義務があります。ただし、派遣先で行う業務が放射線を扱うなど有害な業務であるため行われる「特殊健康診断」については派遣先に実施義務があります。

役員の場合

労働者性がある役員は、健康診断を実施する必要があります。例えば、取締役と工場長を兼任し、現場作業にもかかわっているような者(従業員兼務役員)が対象となります。

一方、代表取締役など経営を担う事業主の場合健康診断を実施する必要はありません。

もっとも、健康診断の実施義務がないだけで、健康管理を果たしておくことは、事業を継続していくためには重要でしょう。役員の健康状態が悪化すれば経営にも影響が及ぶため、労働者性のない役員も積極的に健康診断を受診しておくことが望ましいでしょう。

従業員の家族の場合

従業員の家族については、健康診断を実施する義務がありません。しかし、大企業のうちの一部については、会社が負担して家族の健康診断を実施している場合もあるようです。

健康診断の費用負担

年に一度の定期健康診断の実施は法律上の義務ですので、基本的に会社が全額負担しなければなりません。健康診断にかかる費用は、1人あたり1万円前後が相場です。

ただし、人間ドックやオプション検査など実施が義務付けられていない検査もあります。これらを任意で受診する場合、当該オプション検査部分の費用は労働者の自己負担としても構いません。

健康診断の費用は医療機関や都道府県によって異なるため、事前に見積もりをもらうなどしてしっかり検討しましょう。

健康診断受診中の賃金の支払い義務

健康診断受診中の賃金支払い義務の有無は、健康診断の種類によって異なります。
詳しくは以下の表にまとめましたのでご覧ください。

賃金の支払い義務
一般健康診断 賃金の支払い義務はありません。
しかし、労働者が受診しない等のトラブルを防止するためにも、就業時間内に受診させた上で賃金を支払うことが望ましいでしょう。
特殊健康診断 賃金の支払い義務があります。
健康診断の時間も労働時間になるため、就業時間外に健康診断を受けさせると割増賃金が発生するので注意しましょう。

従業員が健康診断を拒否した場合

会社に、労働者に対して健康診断を受けさせる義務があるだけでなく、労働者にも健康診断を受ける義務等(自己保健義務)があります。
しかし、労働者が健康診断を受けない状況を放置して健康被害が生じた場合、安全配慮義務違反として損害賠償請求されるリスクが生じてしまいます。
労働者には、健康診断は法的義務であることを伝えるようにしましょう。

自己保健義務の詳細は、以下のページで解説しています。

労働者に義務付けられている「自己保健義務」について

受診拒否する従業員に対する懲戒処分

健康診断の受診を拒否した労働者に対して、懲戒処分を行うことができる可能性があります。
ただし、懲戒処分を行うには、健康診断の受診拒否が懲戒事由となることを就業規則に定めておくことが有効と考えられます。

また、懲戒処分は労使関係の悪化につながるため、まずは健康診断の必要性や懲戒処分のリスクなどを十分説明して受診を促しましょう。

なお、労働者は会社が指定した医療機関以外で受診することも認められています。指定医以外による健康診断を受診した場合、必ず結果を提出してもらい、法定健診項目が充足されているか確認しましょう。

指定医の設定については、以下のページをご覧ください。

会社の指定医による検診と就業規則を定める際の注意点

健康診断の受診拒否に関する判例

実際に労働者が健康診断を拒否し、争われた判例をご紹介します。

【最高裁判所第1小法廷 平成13年4月26日判決】

〈事件の概要〉
市立中学校の教諭である原告が、定期健康診断の胸部X線検査を拒否し、校長の発した受診命令に従いませんでした。そこで、教育委員会である被告は、懲戒事由に該当すると判断し、原告に対して減給処分を下しました。それに対し、原告が減給処分の取下げを求めた事例です。

〈裁判所の判断〉
裁判所は、市町村立中学校の教諭その他の職員は、その職務を遂行するに当たって労働安全衛生法第66条に従うべきであり、当該校長の受診命令に従わなかったことは、地方公務員法第29条に該当するとしました。したがって、原告が受診命令に従わなかったことは、懲戒事由に該当すると判断しました。

健康診断実施後における企業の義務

健康診断の実施後も、事業主はさまざまな手続きを行うことが義務付けられています。重要なのは、以下の6つです。

①健康診断結果の記録 健康診断結果は、書面又は電子データで5年間保管する義務があります。
②健康診断結果について医師等からの意見聴取 検査によって異常所見がみられた労働者について、3ヶ月以内に医師などから必要な措置の意見聴取を行う必要があります。
③健康診断実施後の措置 医師が「就業上の措置が必要である」と認めた労働者について、労働時間の短縮や作業の転換、休職などの措置を講じる必要があります。
④健康診断結果の通知 健康診断の結果は、必ず労働者本人へ通知する必要があります。
⑤健康診断結果に基づく保健指導 健康リスクがある労働者に対し、医師や保健師による保健指導を行うよう努めなければなりません。
⑥健康診断結果の報告 常時使用する労働者が50人以上の事業場は、健康診断の結果を所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。

健康診断結果の5年間の保管義務

労働者がおこなった健康診断の結果は、5年以上保管する義務があります(具体的に、一般健康診断の結果は5年間。特殊健康診断の結果の保管期間は、健康診断の種別に応じ、5年間~40年間で定められています。)。

これは、過労などの労働災害が疑われる事態が発生したときに、労働者の健康診断結果を確認するための義務だと考えられます。

健康診断結果の報告義務

労働者が50人以上になった事業場については、労働基準監督署へ健康診断結果報告書を提出する義務が生じます。
ここでいう50人には、契約社員や派遣社員、パート・アルバイト等を含みます。

ただし、派遣社員に健康診断を実施する義務を負うのは派遣元会社である等、健康診断を実施する義務を負う労働者の人数と事業場の労働者の人数が異なるケースがあるため注意しましょう。

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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