EAP(従業員支援プログラム)とは|導入するメリットや運用方法
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員の健康を守ることは、企業の重要な責務です。心身が不調だと仕事のパフォーマンスが落ち、労災・過労死など痛ましい事故にもつながるため、日頃から従業員のメンタルヘルスケア対策を行うことが重要です。
この具体策として、従業員支援プログラム(EAP)の利用が挙げられます。EAPは、社外の機関を利用してメンタルヘルスケアを行う制度であり、プログラム内容が充実しているため、効果的なメンタル管理が期待されます。
本記事では、EAPの概要やメリット、効果的な運用方法などについて解説します。自社でEAPを導入する際の参考になさって下さい。
目次
EAP(従業員支援プログラム)とは
従業員支援プログラム(EAP)とは、ストレスや大きな不安、悩みがあるなど、メンタルヘルスに問題を抱えている従業員のケアを行い、心と体の両方の健康を支援する制度です。
医師や臨床心理士など社外の専門家と連携し、カウンセリングや病院の紹介、ストレスケアの教育、復職支援など、メンタルヘルス全般の対策を行います。
制度の正式名称は「Employee Assistance Program」ですが、略して「EAP」と呼ばれるのが通常です。元々は、1960年代のアメリカで社会問題となったアルコール依存症への対策としてスタートしたもので、日本でも大手企業の従業員の過労死問題等がきっかけとなり、2000年頃よりEAPが普及し始めました。
EAPは、企業が福利厚生として任意に導入できる制度です。長時間労働や成果主義が広まる現代において、EAPの重要性はますます高まるでしょう。
なお、EAPには「貴重な人財を確保する」という役割もあります。
メンタルヘルスケアについての詳細は、以下の記事をご覧下さい
EAPを導入する目的
EAPを導入する目的は、従業員が抱える問題や悩みをケアし、心身の健康を改善することにあります。また、それにより、仕事のパフォーマンスを向上させる、職場内のトラブルを減らす、休職や労災、過労死を防止するといった効果が期待され、最終的には企業経営にも好影響を与えると考えられています。
従業員のストレスの要因を取り除くことが目的のプログラムであるため、従業員個人だけでなく、その家族のメンタル支援も行うのが通常です。
なお、現在EAPのプログラム範囲は広がってきており、メンタルヘルスケアだけでなく、キャリア支援やコンプライアンスなども行われています。
厚生労働省が定める「4つのケア」のひとつ
EAPは、厚生労働省が定めるメンタルヘルス対策(4つのケア)のひとつに含まれます。
4つのケアとは、
- セルフケア
- ラインケア
- 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
- 事業場外資源によるケア
のことで、EAPは「事業場外資源によるケア」に該当します。専門家による高度な支援を受けられるため、国も積極的に導入を促しています。
「4つのケア」について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
企業がEAPを導入するメリット
EAPを導入すると、以下のようなメリットがあります。
- 生産性の向上
メンタル不調による集中力低下やミスを防ぎ、高い生産性を維持できます。 - 労働力の確保
従業員が生き生きと働くことで、定着率アップが期待できます。また、充実した福利厚生に惹かれ、応募者が増える可能性もあります。 - コンプライアンスの向上
メンタル管理は、企業の安全配慮義務の徹底(法令遵守)にもつながります。 - 労災の発生を防ぐ
日頃から心身をケアすることで、思わぬ重大事故やうつ病の発症を未然に防止できます。
EAPの具体的な内容
EAPでは、以下のような対応を行っています。
- ストレスチェック
- カウンセリング(対面・電話・メールでの相談)
- 治療勧奨
- メンタルヘルスに関する教育や研修
- 人事担当者へのコンサルティング
- 復職支援プログラム
EAP機関によっては、提携する医療機関を紹介してくれるケースもあります。
また、会社での悩みだけでなく、夫婦関係や子供の事情などの家庭問題・経済的な不安・健康管理などプライベートな問題にも対応しているものが多いです。
もっとも、専門家に頼るだけでなく、自社のメンタルヘルス対策を強化することも重要です。企業に求められる対応については、以下のページをご覧ください。
EAPの2つの種類
従業員支援プログラム(EAP)には、以下のとおり2種類あります。
- 内部EAP
- 外部EAP
2つの違いは、EAPに関する取組をすべて自社で行うか、外部機関を利用して行うかという点です。
次項で、それぞれのEAPの特徴やメリットについて解説していきます。
内部EAP
内部EAPとは、社内に産業医・看護師・保健師・カウンセラーなどの専門スタッフを常駐させ、心身の不調に悩む従業員に対し、カウンセリングやストレスチェックなど、EAPに関するすべての取組を自社で行う方法です。
内部EAP のメリットとして、以下が挙げられます。
- 的確な解決策を講じることができる
スタッフは社内事情や雰囲気を把握しているため、従業員の悩みなども理解しやすく、自社の業務に合わせたケア体制の整備や、ケアプランの作成・実施等が可能です。 - すぐに相談できる
スタッフが社内に常駐しているため、従業員が困ったときにすぐに相談できます。 - 問題がスムーズに進みやすい
従業員の相談を社内で受けつけるため、相談を受けてから問題を解決するまで迅速な対応をとることが可能です。
なお、従業員数が50人以上の事業場では、産業医を選任することが義務付けられています(労働安全衛生法13条)。詳しくは以下の記事をご確認ください。
外部EAP
外部EAPとは、EAPの専門機関・外部カウンセラー・弁護士など、社外に相談窓口を設ける方法です。外部EAPを利用する場合は、業務委託や顧問契約の形をとるのが一般的です。相談方法は、専門機関等への直接の訪問や電話相談、メール相談などがあげられます。
外部EAP のメリットとして、以下が挙げられます。
- 気軽に相談しやすい
社内では話しにくい「人間関係のトラブル」や「些細な不安」も気兼ねなく相談できるため、従業員が安心感を抱けます。 - 勤務時間外でも相談できる場合がある
EAPの専門機関によっては、「24時間受付可能」「オンラインでの相談が可能」など、勤務時間外でも相談できるサービスを提供している場合があります。 - コストの削減
スタッフを自社で雇うわけではないため、内部EAPよりも、人件費などのコストを抑えることができます。
弁護士による外部EAPサービス
弁護士によるEAPサービスとは、法律のプロである弁護士の視点から、従業員が抱える問題を分析し、改善・解決を行うことを目的としたサービスです。
弁護士EAPは、社内トラブルからプライベートな問題まで、従業員の悩みに幅広く対応できるのが特徴であり、法的なアドバイスにより、問題を根本から解決できるというメリットがあります。
弁護士EAPで相談できるのは、例えば以下のような問題です。
- 離婚
- 夫婦関係や子供のこと
- 金銭トラブル
- 介護や相続
- 交通事故
- 犯罪被害や消費者被害
- 近隣トラブル
なお、会社が弁護士とEAP契約を結ぶ場合、注意点があります。
弁護士は利害の対立する両者から相談を受けることができません(利益相反)。つまり、会社と契約しておきながら、会社を訴える従業員の味方はできないということです。
そのため、例えば、従業員からの「会社の安全配慮義務違反に対して損害賠償請求したい」といった相談は受けつけられないことになります。
EAPの効果的な運用方法
会社内にEAPを導入したとしても、適切に運用しなければ、求める効果が得られません。
そこで、実際にEAPを導入した後、EAPを効果的に運用するための方法について、以下でご説明します。
従業員への周知
EAPの導入後は、社内説明会を開き従業員に周知します。せっかく導入しても利用されないと意味がないので、EAPのメリットや相談内容、気軽に利用できる点などをアピールしましょう。
また、管理職に向けた研修も必要です。管理職は部下のメンタル管理に悩むことも多いですが、その相談先は少ないのが現実です。
EAPカウンセラーや産業医から指導を受けることで、より効果的な管理方法を考案できるでしょう。
相談窓口の設置
社外に相談窓口を設置するという方法もあります。これは、従業員のプライバシー保護や問題の早期解決に効果的です。
例えば、「社内で相談→専門スタッフへの取次ぎ」という流れだと、問題解決までに相当な時間がかかります。また、従業員によっては「社内の人に聞かれたくない」「情報漏洩が心配だ」と考え、相談自体をためらう者もいます。
従業員と専門家が直接コンタクトをとることで、気兼ねなく悩みを相談したり、迅速に解決したりできる可能性が高まるでしょう。
連携体制の構築
企業は、できるだけ多様な専門家と連携しておくことが重要です。そうすることで、従業員に悩みに応じて適切な相談先を紹介でき、メンタルケアが円滑に進むためです。
例えば、職場の人間関係の悩みであれば産業医や精神科、体調不良であれば専門医、法律問題や家庭内トラブルであれば弁護士というように使い分けが可能です。
また、人事担当者が様々な分野からアドバイスを受けることで、知識を深めることもできます。
EAPを導入する際の注意点
EAPを導入する際に、企業が注意すべきポイントとして、以下の2点が挙げられます。
- ①個人情報の保護を徹底する。
- ②従業員の評価は適正に行う。
個人情報の保護の徹底する
EAPを運用する際は、従業員が安心してEAPを利用できるよう、個人情報の保護の徹底に努めることが大切です。
メンタルヘルスに関する情報は、相談者にとって、誰にも知られたくない大変重要な情報です。
従業員の情報管理の徹底がなされず、万が一情報が漏れてしまった場合は、従業員のプライバシー侵害となる可能性があり、EAPの適切な運用ができていないとして、社内外の信用を失うリスクもあります。
そのため、使用者は、相談内容などの個人情報が社内外に漏えいしないよう、適切な措置を講じる必要があります。
例えば、EAPシステムを導入する際は、セキュリティ機能が充実しているものを選択するのが望ましいでしょう。
また、外部EAPを導入する場合は、個人情報の保護に配慮している機関を選ぶこともポイントです。さらに、外部EAP機関と、個人情報の取り扱いに関するルールについて、話し合いを重ねておくことも必要となります。
従業員の評価は適正に行う
従業員について人事評価を行うときは、メンタルヘルスを判断基準(対象)に加えず、切り離して評価しなければなりません。メンタルヘルスが人事評価の対象になると、評価が下がることをおそれて、従業員がEAPに参加するのを控えてしまうことになるからです。これでは、EAPを導入する意味がなくなってしまいます。
そもそも、人事評価とは、目標の達成度、個人の業績、会社への貢献度、仕事に取り組む姿勢など、業務上の評価を行うためのシステムです。そのため、業務と関係のない、メンタルヘルスに関する事項は、人事評価の対象外とする必要があります。また、体調不良などを原因に人事評価を下げると、労働契約法の「公正査定義務」違反になる可能性もあるため、注意が必要です。
なお、会社は従業員を人事評価する管理職に対しても、適正な評価が行えるように、指導・教育を目的とした研修などを実施していく必要があるでしょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある