国際労働裁判
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
グローバル化に伴い、外国人労働者の雇用や日本人労働者の海外派遣等が増えています。その一方で、労働契約が複雑になり、どの国の法律を基準にするか悩まれるケースも多いでしょう。
きちんと理解しないまま手続きを進めると、思わぬトラブルや法律違反を招くおそれがあるため注意が必要です。
本記事では、国際労働裁判における法適用の考え方について解説していきます。外国人労働者と労働契約を締結する場合や海外企業で労働者を働かせる際には、ぜひ参考になさってください。
目次
国際労働裁判について
外国人労働者を日本で雇い入れる場合や、日本人労働者が海外で就労する場合など、労働契約が国際的に展開する事例が増えています。
それと同時に、外国人労働者の過酷な就労状況や低賃金が判明し、当事者間で争いになるケースも生じています。
反対に、外国人労働者による労働契約違反を理由に、会社が当人を訴えるケースもあります。
その他、海外企業とビジネスをする中で、契約内容についてトラブルになるケースもあるでしょう。
このように、国籍が異なる当事者間で労働問題が発生した場合、国際労働裁判として争うことになります。
ただし、国際労働裁判では、「日本の裁判所が管轄権を有するのか(裁判管轄)」「どちらの国の法律を適用するのか」といった点が問題となりやすいため注意が必要です。これらの点にルールはあるのか、以下でみていきましょう。
国際労働事件の適用法規
日本において国際労働問題が発生した場合、どの国の法律が適用されるのでしょうか。ここでは、日本の裁判所が管轄権を有することを前提に説明していきます(管轄権については、後ほどご説明します)。
絶対的強行法規
国際労働裁判では、まず絶対的強行法規が適用されます。絶対的強行法規とは、当事者が選択した準拠法とは別に、その法規が存在する法廷地で当然に適用される法規をいいます。つまり、裁判所が必ず適用しなければならない法規ということです。また、絶対的強行法規の適用に当事者の意志表示は必要ありません。
日本における絶対的強行法規としては、労働基準法・最低賃金法・労働安全衛生法・労災保険法・労働組合法等が挙げられます。
準拠法の適用
日本における国際法上のルールは、「法の適用に関する通則法」(通則法)で定められています。
通則法7条によると、国際契約でどの法律を適用するかは、契約時に当事者が自由に選択できることになっています。また、契約時に選んだ法律のことを準拠法といいます。
なお、準拠法の選択がなかった場合は、当該法律行為と最も密接な関係がある地(最密接関連地)の法律を適用すると定められています(同法8条)。
ただし、国際労働契約については特例が設けられており、最密接関連地法が準拠法に優先して適用される場合があります。これは、一般的に交渉力等において弱い立場にある外国人労働者を十分に保護するため、通常の契約とは区別して規定されたものです。詳しくは次項をご覧ください。
準拠法を選択した場合
労働契約時に最密接関連地以外の法律を準拠法として選択した場合でも、労働者は、使用者に最密接関連地における“特定の強行規定”の適用を求める意思表示をすることで、その強行法規を適用することができます(通則法12条1項)。また、この意思表示は契約時に必要なものではありません。
なお、本項における最密接関連地とは、当該労働契約で労務を提供すべき地のことをいいます。ただし、航空機の乗務員や数ヶ月単位で海外拠点を移動する者など、労務を提供すべき地を特定できない場合は、当該労働者を雇い入れた事業所がある地となります(同法12条2項)。
また、“特定の強行規定”とは、刑事制裁や行政取締により実効性を確保する仕組みをもつ法規を指すと考えられています。例えば、労働契約法・労働組合法・男女雇用機会均等法などが該当します。
準拠法を選択しない場合
契約時に準拠法を選択しなかった場合、当該労働契約で労務を提供すべき地を最密接関連地とみなし、その地の法律が適用されます(通則法12条3項)。
したがって、雇用先の所在地や国籍にかかわらず、日本で就労する外国人労働者には基本的に日本の法律が適用されるということです。
外国人労働者を使用する事業主は、残業時間や最低賃金はもちろんのこと、労働組合や雇用保険についても漏れなく、日本人労働者と平等に取り扱う必要があります。
不法行為の準拠法
故意又は過失によって損害が生じる不法行為については、準拠法の規定が異なります。
不法行為の場合、加害行為の結果が発生した地の法律を準拠法とするのが基本です。ただし、その地で結果が発生することが通常予見しえない場合は、加害者保護の観点から、加害行為が行われた地の法律を適用するとされています(通則法17条)。
労働契約に基づく不法行為としては、例えば以下のケースが考えられます。
- 労働者が会社の資金を横領した
- 労働者が業務中に交通事故を起こし、車両が破損した
- 会社のパワハラによってうつ病になってしまった
これらの事案が日本で発生した場合、日本の法律に基づいて損害賠償請求が認められることになります。
ただし、結果発生地や加害行為地よりも明らかな密接関連地がある場合、その地の法律を適用すると定められています(同条20条)。
国際裁判管轄
国際裁判管轄とは、「どこの国の裁判所で裁判を行うか」ということです。
国際裁判管轄については、契約時に当事者の合意で定めることができます。ただし、契約時の定めがない場合や、合意が著しく不合理であり公序法に違反する場合は、上記合意は無効となります。
例えば、日本国内で生じた紛争につき、当事者の一方に不利な、外国を合意管轄とされたような場合には当該合意は無効となり、日本の裁判所に管轄が認められることになるものと考えられます。
一方で、外国人労働者の居住地等によっては管轄権の所在が争われる可能性もあるため注意が必要です。
国際裁判管轄の詳細は以下のページで解説していますので、ぜひご覧ください。
日本企業で働く外国人労働者の労働事件
通則法によれば、日本で働く外国人労働者には基本的に日本の法律が適用されます。また、契約時に準拠法を定めた場合でも、労働契約の特例(同法12条)によって日本の法律が適用されるケースもあります。
この点、注意すべきなのが外国人実習生です。入管法の改正により、外国人実習生にも技能実習という在留資格が認められ、労働関係法令の適用が明確化されたためです。
この改正の背景には、外国人実習生に違法な労働を強いる事業主が多かったことが挙げられます。例えば、外国人実習生による未払い賃金の請求が認められた裁判例もあります。
会社(原告)は、外国人実習生(被告)に時間外労働賃金の最低額を下回る賃金しか払っておらず、被告がその差額にあたる時間外労働賃金及び付加金を請求したという事案です。裁判所は、当該外国人実習生にも最低賃金法は適用されると判断し、未払いの時間外労働及び付加金を全部認めました(名古屋高等裁判所 平成22年3月25日判決、三和サービス(外国人実習生)事件)。
日本に子会社をおく外資系企業の労働事件
日本にある外資系企業で働く場合、どの国の法律が適用されるのでしょうか。この点、基本的には契約時に定めた準拠法が適用されます。
一方、準拠法の選択がない場合や、労働契約の特例(通則法12条)に該当する場合、労務を提供する地(最密接関連地)である日本の法律が適用されます。
また、準拠法が推定された裁判例もあります。例えば、アメリカジョージア州港湾局(被告)の日本代表部に雇用され、その後解雇されたX(原告)が、被告に解雇権の濫用を訴え、解雇の無効を求めた事案です。
原告はジョージア州の公務員として採用されましたが、日本の雇用保険や健康保険、労災保険に加入していたため、その旨を知りませんでした。また、採用手続きは日本代表部において口頭で行われ、労務提供地も日本に限られていました。
以上を踏まえ、裁判所は、「日本の法律を準拠法とする黙示的な合意があったと認めるのが相当である」と判断し、ジョージア州法に基づく解雇の無効を認めました(東京地方裁判所 平成18年5月18日判決、米国ジョージア州解雇事件)。
海外勤務の労働事件
海外にある企業で働く日本人労働者については、基本的に実際に勤務する国の法律が適用されます。
なお、日本に所在する本社から海外支社や関連会社に出向する場合は、契約時に選択した準拠法が適用されます(準拠法の選択がない場合は、労務提供地である海外の法律が適用されます)。
もっとも、一定期間海外で勤務した後に帰国予定の場合、明示の準拠法選択がなくても、“黙示の法選択”によって日本の法律が適用される可能性があります。これは、一般的に交渉力等で弱い立場にある労働者を保護するため、あらかじめ従来の日本法を選択したとみなす考え方です。
一方、海外派遣や海外出張の労働者は、どの国の法律が適用されるでしょうか。この点は以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある