年次有給休暇の未消化分の取り扱いについて
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
日本では、自由に年次有給休暇を取得できる職場環境はそう多くありません。働き方改革により法改正が行われたとはいえ、業種や勤務形態、会社独自の慣習等によって、思うように消化できないケースもあるでしょう。根本的な解決には、会社側の意識改革や具体的な制度の導入、改善が必要になりますが、ここでは、未消化となってしまった年次有給休暇を【繰越し】又は【買取り】とする場合の扱いについて詳しく解説していきます。早速、順番にみていきましょう。
目次
年次有給休暇の未消化分の取扱い
会社が付与した年次有給休暇の権利について、労働者が行使しないまま一定期間を経過すると、その権利は消滅してしまいます。では、労働者が一定期間内に取得できなかった、つまり、未消化となってしまった年次有給休暇がある場合に、会社ができる対応としてはどのようなものが考えられるでしょうか。
年次有給休暇の繰り越し
当年度中に消化されない年次有給休暇がある場合には、翌年度への繰越しが認められています。
ただし、年次有給休暇は時効により付与後2年で消滅することから、繰越しができるのは翌年度までとなっています。
なお、年次有給休暇の時効について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
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有給休暇の最大保有日数
法律で定められている年次有給休暇の日数は、勤続6年6ヶ月を超過する労働者に対し、1年ごとに20日の付与が最大となっています。年次有給休暇の繰越しは翌年度までですから、保有日数は、2年分の40日が最大となります。
勤続年数に応じた年次有給休暇の付与日数については、以下のページで説明していますので、併せてご覧ください。
法定日数を超えて付与している場合
労働基準法には、労働者に最低限与えるべき年次有給休暇の日数が定められています。そのため、福利厚生の充実等を目的として、会社の判断で、法律で定められた年次有給休暇の日数を超えて付与する旨を、就業規則や労働協約に定め、運用することも可能です。
ただし、この場合でも、未消化分について繰越しができる日数は、法律で定められた年次有給休暇の日数が上限となります。つまり、年次有給休暇の最大保有日数が40日を上回ることはありません。
有給休暇消化の優先順位
労働者に年次有給休暇を取得させる際に、繰越し分と新規付与分のどちらから先に消化すべきなのでしょうか。一般的には、時効が先に到来する繰越し分から消化していくのが順当と思われる傾向にありますが、年次有給休暇を消化する順番について、労働基準法に明確な定めはありません。そのため、新規付与分から消化しても、直ちに違法とはなりません。
この点、基本的には、会社が消化の優先順位を就業規則等に定め、指定することができます(民法488条1項)。他方で、そのような特段の規定や労使間の取り決めがない場合には、労働者が繰越し分と新規付与分のどちらを消化するか指定できることになっています(民法488条2項)。
民法(同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当)第488条
1 債務者が同一の債務者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないときは、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。
2 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。
産休・育休中の繰越しについて
年次有給休暇付与の基準の1つである“出勤率”の算定にあたっては、産前産後休業・育児休業期間中は出勤しているものとして扱われます。そのため、産休・育休中の労働者に対しても、通常出勤している労働者と同様に年次有給休暇を付与し、翌年度への繰越しも認めなければなりません。
出勤率の算定について、また、産前産後休業、育児休業中の取扱いについては、それぞれ以下のページで詳しく説明していますので、併せてご覧ください。
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年次有給休暇の買取り
年次有給休暇の買取りは、原則として違法とされています。なぜなら、買取りを積極的に認めることで、“労働者に金銭を支払えば年次有給休暇を取得させなくても良い、休ませなくても良い”と会社が考えるおそれがあるからです。年次有給休暇は、労働者の心身を休ませ、疲労回復させること等を目的とした制度であるのに、これでは本来の制度の趣旨を逸する結果となってしまいます。
したがって、会社に年次有給休暇の買取りの義務はないため、買取りを行うかどうかの判断は、会社に委ねられることになります。ただし、買取りを行うのであれば、就業規則等への定めが必要です。
会社に年休を買い取る義務はないとされた裁判例
【大阪地方裁判所 平成14年5月17日判決、創栄コンサルタント事件】
- 事件の概要
被告会社で労働していた原告が、被告に対し、退職に伴う未消化分の年次有給休暇の買上げ等を求めた事案で、被告会社において、労働者の年次有給休暇の買上げの制度等があったかどうかといったことが争点となりました。
- 裁判所の判断
裁判所は、使用者には、当然に有給休暇未消化分を買い取る義務はないとしたうえで、被告会社において、年次有給休暇未消化分を買い取る旨の規定の存在が認められないこと、そのような労使慣行を認めるに足る証拠がないこと、原告と被告が買上げ請求について合意していた等の事情も認められないことから、本件請求のうち、未消化分の年次有給休暇の買上げ請求を棄却する判断をしました。
有給休暇を買い取るメリット・デメリット
例えば、労働者の年次有給休暇取得期間中の賃金に比べて、買取り金額が低額である場合には金銭的なメリットがあります。また、未消化分の年次有給休暇を取得させてから退職する場合よりも、未消化分の年次有給休暇を買上げ、退職日を早めた場合の方が、退職日が早まった分、負担する社会保険料等経費の削減、及び年次有給休暇取得中に労使間トラブルが発生するリスクを軽減することができます。
他方で、年次有給休暇の買取りは、労働者にとっても金銭的メリットととらえることもできるため、働き方改革における年次有給休暇取得促進の動きを妨げることにつながりかねません。また、年次有給休暇の買取りについて特段の定めがない場合には、就業規則の変更等が必要になってくることから、制度の導入に二の足を踏むケースもあるのが実状です。
年次有給休暇取得期間中の賃金については、以下のページで詳しく説明していますので、ぜひご覧ください。
有給休暇の買取りが違法とならないケース
原則違法とされる年次有給休暇の買取りについて、例外的に認められるケースがあり、主に3つに分けられます。次項より1つずつ順番にみていきましょう。
退職時に未消化の有給休暇が残っている場合
退職予定の労働者の年次有給休暇は、退職日の前までに消化することが前提ですが、業務の引き継ぎ等の都合により消化が困難なケースもあるでしょう。退職日を過ぎれば、当然に有給休暇を消化することができないため、このようなケースでは、労使間の同意のもとであれば、会社が年次有給休暇を買い取ることは違法ではありません。
退職に係る詳しい説明は、以下のページをご覧ください。
法定日数以上の有給休暇が与えられている場合
会社によっては、法定日数以上の年次有給休暇を与えている場合(<3-1 法定日数を超えて付与している場合>参照)があります。この場合、法定の有給休暇日数を上回った分について会社が買い取ることは、違法にはなりません。例えば、法定の年次有給休暇の付与日数が10日の労働者に、自社のルールに則り15日の付与をしていた場合、5日分を買い取ることは制度の趣旨に反しないと考えられています。
年次有給休暇の付与日数についての詳しい内容は、以下のページをご覧ください。
有給休暇が2年の時効を過ぎた場合
労働者は、時効で消滅してしまった年次有給休暇を消化することができません。このように、本来時効により消滅するはずの有給休暇を会社が任意で買い取ることは制度の趣旨に反しないため、違法にはなりません。
年次有給休暇の時効について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
有給休暇の買取り金額
年次有給休暇の買取りにおける法律上のルールは存在しないため、買取り金額の相場は会社ごとに異なってきます。通常、年次有給休暇を取得した場合の賃金額を基準とします。具体的には、①通常勤務の賃金、②平均賃金、③健康保険標準報酬月額のうちの、どの方法を採用するか、あらかじめ就業規則等に定めておく必要があります。
詳しい算定方法については、以下のページをご参照ください。
買取り金額は給与扱いとなるのか?
年次有給休暇の買取りは原則違法であり、認められるケースは限られています。このように、常時認められ支払われるものではないため、買取り金額を“給与”として扱うことはできず、一時金として“賞与”と同じ扱いをします。そのため、年次有給休暇の買取りを行った際には、年金事務所等への賞与支払届の提出が必要であり、また、給与と賞与の明細書を区別して発行しなければなりません。
法令違反に対する罰則規定
年次有給休暇について、会社が繰越しを認めず、あるいは労働者の同意を得ずに買い取り、労働者の取得を妨げた場合、会社には罰則が科されるおそれがあります。
罰則の詳細については、以下のページをご参照ください。
有給休暇の未消化によるトラブルを防ぐためには
働き方改革で法改正がなされ、使用者には、年次有給休暇の取得率が著しく低い労働者に対して、一定の日数を必ず取得させることが義務付けられました。未消化分をめぐるトラブルを防ぐためには、使用者による時季指定権の行使、計画的付与制度の導入、就業規則の整備等、労働者が年次有給休暇を取得しやすい環境をつくるための取り組みが重要になります。
時季指定権、計画的付与に関する詳しい内容は、それぞれ以下のページで説明していますので、併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある