労働災害における企業の損害賠償責任について|賠償範囲や算定方法、対処法など

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働災害が発生すると、会社は労働者に対する「損害賠償責任」を負う可能性があります。場合によっては労働者から裁判を起こされ、高額な賠償金を請求されることもあるため、十分注意が必要です。
では、会社は具体的にどのような責任を負うのでしょうか。また、どれほどの賠償金を支払うことになるのでしょうか。
本記事では、労災における損害賠償金の項目や相場、注意点などを詳しく解説していきます。
目次
労働災害における企業の損害賠償責任
労災における損害賠償とは、労働者が業務中にケガや病気を負ったり、死亡した場合に、会社がその損害を賠償する責任のことをいいます。会社の安全配慮義務違反などが認められる場合、事業主は被害者に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
通常、労災による損害は「労災保険」でカバーされますが、すべての項目が補償されるわけではありません。
例えば、被害者の精神的苦痛に対する「慰謝料」や「入院雑費」は補償対象外となります。また、仕事を休んだことに対する「休業損害」も、労災保険からは全額支払われません。
会社がこれらの費用を負担し、被害者の損害をカバーする義務を負う場合があります。
労災における損害賠償請求は、以下の3つに基づいて行われるのが基本です。
- ①安全配慮義務違反による債務不履行
- ②不法行為責任
- ③運行供用者責任
以下でそれぞれ解説していきます。
①安全配慮義務違反による債務不履行
会社は、労働者が安全に働ける環境を整備する「安全配慮義務」を負っています(労契法5条)。そのため、企業が安全配慮義務を怠ったことが理由で労災が発生した場合、労働者は会社の“安全配慮義務違反”に基づき、「債務不履行」による損害賠償請求をすることができます(民法415条)。
例えば、以下のようなケースで安全配慮義務違反が認められやすいでしょう。
- 工場での業務中、会社が提供した機械に巻き込まれて負傷した
- 作業効率を上げるため、法令上義務となっている機械の安全確認作業を省くよう労働者に指示をした
- 教育体制が不十分だったために事故が発生した
- 労働基準監督署の災害調査によって会社の法令違反が見つかり、是正勧告を受けた
- 労災発生後の捜査により、事業主が逮捕・送検された
企業に求められる「安全衛生管理」については、以下のページで詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
②不法行為責任
労働者は、企業の「不法行為責任」に基づく損害賠償請求もすることができます。
不法行為責任による損害賠償責任とは、「故意又は過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した場合、それによって生じた損害を賠償する」という責任です(民法709条)。
不法行為責任が成立するための要件は、以下の4つです。
- 故意又は過失が認められること
- 他人の権利や法律上保護される利益を侵害したこと
- 損害が発生していること
- 行為と損害の間に因果関係があること
また、この損害賠償請求は、会社の「使用者責任」に基づいて行われることが多いです。次項で詳しくみていきましょう。
使用者責任
使用者責任とは、不法行為責任の類型のひとつです。具体的には、「従業員が業務上で第三者に損害を与えた場合、会社が損害賠償責任を負う」と定められています(民法715条1項)。つまり、労働者が他の労働者や顧客にケガ・疾病を負わせた場合、使用者である会社が損害賠償責任を負うということです。
これは、「会社は労働者を使用して利益を得ている以上、業務上で発生するリスクも負担すべきだ」という損害の公平な分担の理念から説明されます。
使用者責任が成立する要件は、以下の3つです。
- 使用、被用の関係があること
- 被用者の行為が、民法709条における不法行為の要件を満たしていること
- 損害が、事業の執行につき発生したものであること
例えば、労働者のミスで機械が誤作動し、他の労働者が負傷したようなケースが挙げられます。
なお、会社は「従業員の選任及び事業の監督について相当の注意を払ったこと」「相当の注意を払っても損害が生ずべき状況だったこと」を立証できれば使用者責任を免れるとされますが(民法715条1項但し書き)、実務上、会社が損害の発生を予期して予め損害発生を防止する具体的な措置を講じているようなレベルでない限り、免責が認められることは難しいです。
③運行供用者責任
労働者が交通事故などの“第三者行為災害”に遭った場合、会社は「運転供用者責任」に基づく損害賠償請求をされる可能性があります。
運転供用者責任とは、「自己のために自動車を運転の用に供する者(運転供用者)は、その運行によって他人の生命又は身体を害した場合、生じた損害を賠償する責任を負う」というものです(自動車損害賠償保障法3条)。
なお、運転供用者とは、当該車両につき「運行支配」や「運行利益」のある者だと考えられています。よって、労働者が“社用車”を運転中に事故に遭った場合、会社は運転供用者責任を負いますが、労働者が“マイカー”を運転中に事故に遭った場合、会社は責任を負わないのが一般的です。
また、事業主だけでなく、親会社や元請け会社も運転供用者にあたる可能性があります。
労働災害における損害賠償の範囲
労働者から損害賠償請求された場合、会社はどんな損害について賠償責任を負うのでしょうか。
以下で具体的にみていきましょう。
財産的損害
会社は、労働者に生じた「財産的損害」を補償する必要があります。なお、財産的損害は以下の2つに分けられます。
- 積極損害:労災が原因で実際に支出した費用
治療関係費、付添費用、通院交通費、将来介護費、葬儀費など - 消極損害:労災が発生していなければ得られていたであろう利益
休業損害、逸失利益など
それぞれの項目の詳細は、以下のページで解説しています。
精神的損害
労働者は精神的損害(精神的苦痛)の補償として「慰謝料」を請求できますが、慰謝料は労災保険では一切補償されません。よって、会社が賠償責任を負うことになります。
また、慰謝料には以下の3種類があり、どれを支払うかは労働者の怪我の程度によって異なります。
- 入通院慰謝料:ケガで入院や通院を余儀なくされたことに対する補償
- 後遺障害慰謝料:ケガが完治せず、後遺障害が残ったことに対する補償
- 死亡慰謝料:被害者が死亡したことに対する補償
労働災害における損害賠償額の算定方法
労災によって会社が負う損害賠償額は、被害者のケガや症状の程度によって大きく変わります。
損害のうち「慰謝料」についてみると、ケガが完治した場合は数十万円、後遺障害が残った場合は数百万円~数千万円、被害者が死亡した場合は数千万円以上が概ねの相場感と考えられます。
慰謝料額は、過去の裁判例などをもとに相場が一覧化されているため、それを参考に計算するのが一般的です。
例えば、「入通院慰謝料」は実際に入院・通院した期間や日数をもとに金額が決まります。
また、「後遺障害慰謝料」は、認定された後遺障害等級に応じて金額が定められており、「死亡慰謝料」は、被害者の家庭での立場などの事情によって金額が算定されるのが一般的です。
事業主としては、労働者や遺族から損害賠償請求がされた際は、その請求額が、他の裁判例や一般的な相場観に照らして過度に高額でないかを考慮しつつ、適切に交渉することが重要です。
損害賠償額の減額事由
労災保険給付がなされた場合、給付額の限度で会社の損害賠償責任は減免されます。ただし、損害賠償金から控除できる項目・控除できない項目があるため注意が必要です。
また、他にも損害賠償額を減額できるケースがあるため、把握しておくと良いでしょう。
損害賠償金の減額事由については、以下のページで詳しく解説していますのでぜひご覧ください。
労働災害の損害賠償責任の時効
労災における損害賠償には時効があり、時効期間は会社が負う法的責任の種類によって異なります。
【債務不履行の場合】
- 労働者が権利を行使できることを知った時から5年 または
- 権利を行使できる時から10年
※令和2年3月31日までに雇用契約を締結している場合、民法改正前の「権利を行使できる時から10年」のみが適用されます。
【不法行為の場合】
- 被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年※2 または
- 不法行為の発生から20年
※2:令和2年3月31日までに雇用契約を締結している場合、民法改正前の「3年」が適用されます。
なお、運行供用者責任は民法の規定に基づくため、不法行為と同様のルールが適用されます。
労働災害による損害賠償請求への対処法
労働者から損害賠償請求された場合、まずは、事故状況やケガと治療の状況について確認します。
事実確認が済んだら、労働者と交渉を行います。労働者が感情的になっている可能性もありますので、できるだけ冷静な話し合いを試みましょう。
審判や訴訟には多くの手間と時間がかかるため、交渉で解決するのが望ましいといえますが、交渉が決裂した場合は、労働審判や訴訟といった裁判所の手続きに発展することもあります。
審判や訴訟は高度な専門知識やノウハウを要するため、弁護士に相談のうえ進めることをおすすめします。
労災事故の損害賠償請求に関する判例
【平21(ワ)648号 新潟地方裁判所 平成24年12月6日判決、米八東日本事件】
〈事件の概要〉
食料品店の店長をしていたXが、有給休暇取得中に自宅で死亡しているのが確認された事件です。Xの遺族は、Xの死因が勤務先Y社における「過重労働」だとして、Y社の安全配慮義務違反および不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。
〈裁判所の判断〉
裁判所は、まず会社の安全配慮義務について、「労働者の業務量を管理する際、疲労やストレスが過度にかかり、労働者の健康を損なうことがないよう注意する義務がある」旨を認めました。
そのうえで、Y社が「一般に70時間を超える超過勤務を指示していたこと」「Xのタイムカードを管理していたこと」などから、Xが心身の健康を損なう疾病を発症することは予期できたと判断しました。
また、Y社が過重労働の防止措置を講じていれば、Xの過重労働による死亡は避けることができたとして、Yの安全配慮義務違反を認めました。
なお、本件はXが有給休暇中の事故であり、多少の疲労回復が認められるため、Xにも3割の過失が認められています。
これらの判断を総合的に考慮した結果、Y社には約4000万円の損害賠償金の支払いが命じられました。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある