海外派遣とは|海外出張との違いや安全配慮義務について

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
グローバル化の進展により、海外で働く機会が増えています。企業が労働者を海外に派遣する際には、現地での安全や健康管理を徹底する必要があります。また、派遣前にはさまざまな手続きが求められるため、企業は漏れなく対応することが重要です。
本記事では、海外派遣に関する法律や保険、安全配慮義務などについて、わかりやすく解説します。
目次
海外派遣とは
「海外派遣」とは、海外の事業所に所属して、その事業所の使用者の指揮命令を受けて働くことをいいます。つまり、海外の法人や個人、日本国内の法人や個人の海外支店等に労働者を派遣(出向)することを指します。
海外派遣と海外出張の違い
海外で働く形態には「海外派遣」と「海外出張」がありますが、両者には大きな違いがあります。以下の表で、法律や保険の適用、具体的な業務内容などの違いを整理してみましょう。
海外派遣 | 海外出張 | |
---|---|---|
労働基準法 | 適用されない | 適用される |
労災保険 | 給付を受けるには、労災保険の特別加入手続きが必要 | 給付を受けられる |
具体例 |
|
|
「海外出張」について詳しく知りたい方は、以下のページもご覧ください。
海外派遣の労働基準法の適用
労働基準法等の法律は、日本国内で働く者を対象としているため、原則として海外では適用されません。そのため、海外派遣者の場合、労働条件等のルールについては現地の法律に従うことになります。
例えば、海外派遣者には36協定や裁量労働制が適用されないため、時間外労働や休日労働が生じた際には、現地の法律や労働条件に従って割増賃金等を支払う必要があります。
ただし、会社の就業規則や海外派遣規程等に、「労働契約における準拠法を日本法とする」「日本の労働条件と同様に扱う」旨が定められていれば、海外にいながら労働基準法等の適用が可能です。
一方、海外で労働基準法等に違反する行為があった場合は注意が必要です。
通常、海外派遣者には日本の法律が適用されないため、法令違反行為があっても罰則は科されません。しかし、日本の使用者に責任があるような違反の場合には、“日本の使用者”が罰則を受けるおそれがあるため注意しましょう。
海外派遣を行う際の届出義務
実際に労働者を海外派遣する場合、派遣元は派遣契約の期間ごとに、事前に管轄の労働局を経て厚生労働大臣にその旨を届け出なければなりません(労働者派遣法23条4項)。
届出の際は、以下のような書類の提出が必要です。
- 海外派遣届出書
- 労働者派遣契約書の写し
- 「派遣先が講ずべき措置等」を定めた書面の写し など※
※派遣元は、海外派遣契約を結ぶ際に、「派遣先が講ずべき措置等」について定めた書面を、派遣先に交付・通知しなければなりません。
海外派遣時、厚生労働大臣へ“海外派遣の届出”を提出しなかった、あるいは虚偽の内容を提出した場合は、使用者は30万円以下の罰金が科せられます(同法61条2項)。
海外派遣における労働者派遣契約の締結
海外派遣における労働者派遣契約を締結するにあたって、派遣元会社と派遣先会社がそれぞれ講ずべき措置について、以下で解説していきます。
派遣元会社が講ずべき措置
派遣元会社は、労働者と海外派遣に関する労働者派遣契約を結ぶ際、派遣契約書に加えて、「派遣先の講ずべき措置等」について定めた書面を派遣先の会社等に交付するか、あるいはFAXやメールによる送信により通知しなければなりません(労働者派遣法26条)。
派遣先の講ずべき措置等の定めについては、次項で解説していきます。
派遣先が講ずべき措置の定め
派遣先の海外では日本の法が適用されないため、雇用上のルールが非常に曖昧になります。そこで、派遣元と派遣先は、労働者派遣契約を結ぶ際、以下のような「派遣先の講ずべき措置」についても具体的に定める必要があります。
- (1) 派遣先責任者の選任
- (2) 派遣先管理台帳の作成・記載・通知
- (3) 労働者派遣契約の定めに反することのないように適切な措置を講ずる
- (4) 派遣労働者の苦情等について、派遣元事業主に通知し、その適切かつ迅速な処理を図る
- (5) 派遣先の労働者に業務遂行に必要な教育訓練を行っている場合は、これらと同種の業務に従事する派遣労働者に対しても、派遣元からの求めに応じ、当該訓練を実施するよう配慮する
- (6) 派遣先の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設のうち、給食施設、休憩室、更衣室については、派遣労働者に対しても利用の機会を与えるよう配慮する
- (7) 派遣先は、派遣元の求めに応じ、派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する派遣先の労働者等の賃金水準に関する情報を派遣元に提供するよう配慮する
- (8) 疾病、負傷等の場合における療養の実施その他派遣労働者の福祉の増進に必要な援助を行う
- (9) 派遣受入期間の制限に抵触することとなる最初の日の通知を行う
- (10)派遣受入期間の制限を受ける業務について労働者派遣を行う場合には、同一の業務について継続して1年以上、派遣受入期間以内の期間、労働者派遣の役務の提供を受けた場合において、引き続き同一の業務に労働者を従事させるため、労働者を雇い入れようとするときの、当該派遣労働者の雇用に関する措置
- (11) 派遣受入期間の制限を受ける業務について労働者派遣を行う場合には、同一の業務について派遣受入期間を超えて、引き続き当該派遣労働者を使用しようとするときの、当該派遣労働者に対する労働契約の申込みに関する措置
- (12) 派遣受入期間の制限を受ける業務以外の業務について労働者派遣を行う場合には、同一の業務について3年を超える期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を受けた場合において、当該業務に労働者を雇い入れようとするときの当該派遣労働者に対する労働契約の申込みに関する措置
- (13)その他派遣就業が適正に行われるため必要な措置を行う
派遣先が当該労働者派遣契約に違反した場合
派遣先が労働者派遣契約に違反した場合、その契約は債務不履行とみなされます。
その場合、派遣元は派遣先に履行を求めることができ、また、債務不履行を理由に労働者派遣契約を解除することもできます。
つまり、派遣元会社はこの契約を通し、派遣先の一定の措置を確保することになるのです。
海外派遣における会社の安全配慮義務
昨今、会社と海外派遣者間で最も多いのは、安全配慮義務をめぐるトラブルです。海外派遣先で病気を患ったり、メンタル不調になったりして、帰国を余儀なくされるケースも増えています。
そもそも会社は、労働者が安全で健康に働けるよう配慮するべき「安全配慮義務」を負っています(労契法5条)。
海外派遣だからといってこの義務を免れるわけではないので、会社は、派遣労働者の安全を守るために、状況に応じた適切な対策を講じなければなりません。
安全配慮義務に違反した場合、業務上の災害として、会社の法的責任が追及されたり、多額の損害賠償金の支払いを命じられたりする可能性があるため注意が必要です。
安全配慮義務を果たすための対応策として、以下が挙げられます。
- 海外派遣者の担当窓口の設置
- 海外派遣前の教育
- 海外旅行傷害保険への加入
- 予防注射の接種
- 派遣中の健康診断の実施
- メンタルヘルスケア
- 派遣先に応じた安全講習や安全対策の実施 など
海外勤務の危機管理について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
健康診断の実施
海外派遣者についても、健康診断の実施が義務付けられています(労働安全衛生規則45条の2)。具体的には、6ヶ月以上派遣される労働者に対して、海外派遣前と帰国時に健康診断を実施しなければなりません。
実施が義務化されている項目は、一般健康診断での法定項目(11項目)です。さらに、医師が必要と判断した場合は、5項目が追加される場合があります。
なお、海外派遣中の健康診断の実施については、法的義務はありません。
しかし、健康診断を行わずに労働者に何らかの健康障害が発生した場合、会社の安全配慮義務違反を問われるリスクがあるため、最低でも年に1回、現地で健康診断を受けさせるのが望ましいでしょう。
もっとも、派遣先国で健康診断を受ける場合、医療保険制度や健康診断項目が日本と異なる可能性があります。どの病院で健康診断を受けるのか、どんな項目を受診するのかといった点は事前に定め、労働者に伝えておくことが必要です。
海外派遣者の安全衛生については、以下のページでも詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
海外派遣の労災保険特別加入制度
海外派遣者に日本の労災保険を適用させる場合、「労災保険の特別加入手続き」を行う必要があります。
本来、労災保険は“日本の事業場に所属する労働者”のみを対象としているため、海外派遣者には適用されません。そのため、海外派遣中に事故などに遭った場合、基本的に現地の制度を利用して補償を受けることになります。
しかし、海外の保険は補償内容が手薄なことも多く、労働者を保護するには不十分です。そこで、労災保険の特別加入手続きを行うことで、海外派遣中に怪我や病気を負っても日本と同じような補償を受けることができます。
加入の流れは、会社が「特別加入申請書」を作成し、所轄の労働基準監督署長を経由して労働局長の承認を得る必要があります。
制度の詳細や加入手続きについては、以下のページでさらに詳しく解説しています。
また、労災保険以外の社会保険の適用については、以下のページをご覧ください。
海外派遣に関する就業規則の規定
会社の就業規則や入社時の契約書等に海外派遣について明記があれば、その規定に則って労働者に海外派遣を命じることができます。
しかし、海外派遣について明記されていない場合は、一方的に命じることはできず、労働者の同意が必要となります。
また、就業規則等に海外派遣がある旨が定められていても、業務上の必要性がない場合や、不当な目的による場合、労働者に過度な不利益を与える場合等は、命令が無効になる可能性もあります。
そのため、海外派遣を命じる際は、その目的や必要性を明確にし、本人の意思も踏まえたうえで決定するのが望ましいでしょう。
海外勤務に関する就業規則の規定等については、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある