労働ADR法による個別労働紛争解決手続き
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者と事業主の間で個別労働紛争が発生した場合、当事者の話し合いだけでは解決しないケースも多いです。そこで、第三者に交渉を仲介してもらうADRという手続きが有効です。
ADRは、当事者の負担を少なく、また円満に紛争を解決することを目的としているため、早期解決を望む事業者にとって魅力的な制度といえます。「労働者との交渉は決裂したが、裁判までは行いたくない」という方は、積極的に利用すると良いでしょう。
本記事では、ADRの概要やメリット・デメリットについて解説します。個別労働紛争解決制度もご説明しますので、ぜひご覧ください。
目次
個別労働紛争とは
個別労働紛争とは、労働問題をめぐり個々の労働者と会社との間で発生する紛争のことです。言い換えると、労働者と会社間における労働トラブルです。主に賃金・解雇といった労働条件や、職場環境について争われるのが一般的です。
個別労働紛争の解決には段階があり、まずは当事者だけで話し合い和解を試みます(任意交渉)。しかし、任意交渉は双方が納得しないと成立しないため、事実関係で揉めているケースや、お互いに全く譲歩しないケースでは解決が困難です。
その場合、ADRを利用するのが有効です。ADRでは中立的な第三者があっせんしてくれるため、よりスムーズな解決が期待できます。
なお、任意交渉のポイントを知りたい方は以下のページをご覧ください。
また、ADR以外の解決方法は以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
ADR(裁判外紛争解決手続)とは
ADRとは、裁判をせずに、第三者を挟んで争いごとを解決する制度です。当事者の気持ちを優先し、“話し合い”によって解決を目指すのが特徴です。
一方、裁判は、証拠品や科学的根拠などの“客観的な証拠”に基づき、裁判官が判決を下します。また、判決には強制力があるため、原則として従わなければなりません(控訴や上告を行うことは可能です)。
また、民事調停という制度もあります。これは裁判所を介した手続きですが、“当事者同士の話し合い”という点でADRの一類型となります。ただし、民事調停で作成される「調停証書」には、裁判の判決と同等の拘束力があるのが特徴です。
ADRは、主として以下の3つの手続きに分けられます。
- あっせん
- 調停
- 仲裁
それぞれ詳しくみていきましょう。
あっせん
あっせん人が当事者の主張を整理しながら、双方の話し合いによって解決を目指す手続きです。
当事者に話し合いを促すのが目的なので、基本的にあっせん案(解決案)の提示は行われません。
そのため、法的又は技術的な争いが少ない事案に向いているとされています。
調停
調停委員が話し合いを進行しながら、当事者の合意を目指す手続きです。
最終的には、調停委員が調停案(解決案)を提示し、双方の合意を促します。
委員の人数も多いことから、あっせんと比べ、法的知識や技術を要する事案に向いているとされています。
仲裁
双方の意見を踏まえ、仲裁人が解決方法の判断を下します。なお、仲裁には判決と同等の拘束力があるため、基本的に拒否することはできません。また、その重大性から、仲裁を行うには事前に当事者の合意(仲裁合意)が必要です。
個別労働紛争でADRを利用するメリット・デメリット
ADRを利用するメリット
個別労働紛争でADRを利用すると、以下のようなメリットがあります。
- 費用が安い 訴訟よりも費用を抑えられるのが一般的です。特に、個別労働紛争を多く担う行政型ADRは無料で利用することができます。
- 柔軟に解決できる ADRは、訴訟のように勝ち負けを決めるものではありません。そのため、双方の主張を踏まえた柔軟な解決が可能です。
- 早期に解決できる ADRは、2ヶ月以内に終了するケースが多いです。訴訟は1年~1年半かかることも多いため、より迅速な解決が見込めます。
- 非公開である 訴訟は外部に公開されますが、ADRは非公開で行われます。そのため、会社や労働者のプライバシーを守りながら進めることができます。
- 専門性が高い あっせん人や調停人、仲裁人は、紛争内容に詳しい専門家が就きます。そのため、円滑な進行や適切な解決案の提示が期待できます。
ADRを利用するデメリット
一方、ADRの利用にはデメリットもあるため注意が必要です。
- 相手方が応じない可能性がある ADRは当事者同士の話し合いですが、相手に参加を強制できるものではありません。そのため、相手が話し合いに応じない場合、他の手続きを検討する必要があります。
- 強制力がない ADRでは基本的に当事者の合意が必要ですが、あっせん案や解決案に強制力はありません。そのため、どちらかが納得しなければ解決せず、訴訟に発展する可能性が高くなります。
- 上手く交渉できない可能性がある ADRは、弁護士等の代理人を立てず、ご自身で対応するのが基本です。あっせん人や調停人が進行してくれますが、こちらの主張や請求内容を上手く伝えられないリスクもあるでしょう。
個別労働関係紛争解決促進法による個別労働紛争解決制度
個別労働紛争解決制度とは、労働者と会社間の労働トラブルを、迅速かつ手軽に解決するための手続きです。わかりやすくいうと、両者の関係が悪化する前に問題を解決する事前措置のようなものです。
この制度は、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて実施されています。
また、各都道府県の労働局が担当しており、行政主導のADR(行政型ADR)に分類されます。
具体的には以下3つの手続きがあり、労働者・事業主どちらも利用することができます。また、利用するのに費用はかかりません。
- 総合労働相談センターにおける情報提供・相談
- 都道府県労働局長による助言・指導
- 紛争調整委員会によるあっせん
それぞれの手続きの詳細は、次項からご説明します。
総合労働相談コーナーにおける情報提供・相談
労働紛争を当事者の話し合いでは解決できない場合、まずは「総合労働相談コーナー」に問い合わせましょう。これは、都道府県労働局や労働基準監督署に設置されており、総合労働相談員から労働問題に関する情報提供や個別相談のサービスを受けられる制度です。
また、相談は面談又は電話で行うことができ、利用の事前予約も必要ありません。さらに、希望があれば女性相談員に担当してもらえたり、裁判所や地方公共団体といった他機関の情報を提供してもらえたりするメリットもあります。
個別労働紛争には、単に労働問題の知識不足や勘違いによって発生するものも多いです。その場合、一度専門家に相談することで、紛争の発展を防いだり、紛争の早期解決を図れたりする可能性があります。
都道府県労働局長による助言・指導
当事者から申請があった場合、都道府県労働局長は、労働紛争の当事者に助言・指導を行います。具体的には、当事者に対して紛争の問題点を指摘し、解決の方向性を示すことで、当事者の自主的な紛争解決を促す制度です。この点、法令違反を正すための行政指導とは異なりますので、当事者に何らかの措置を強制できるものではありません(ただし、法令違反が発覚した場合、労働基準監督署等による行政指導が行われる可能性があります)。
なお、助言・指導を申請する際は、事前に総合労働相談センターへの相談を行うのが基本です。
また、助言・指導によっても紛争が解決しない場合、あっせん手続きや他の紛争解決機関の説明・紹介を受けることができます。
紛争調整委員会によるあっせん
当事者だけでは解決できないときに利用する制度です。
紛争調整委員会が当事者の間に入り、双方の意見を整理しながら話し合いを進めてくれるため、スムーズな解決が見込めます。また、当事者が申請すれば、事案に応じたあっせん案(解決案)も提示してくれます。
あっせんの成立には双方の合意が必要ですが、合意すればその内容は民事上の和解契約の効力をもつため、のちに争いごとを蒸し返されるリスクが低くなります。
なお、紛争調整委員会は弁護士や社会保険労務士など労働問題の専門家が担当するので、より迅速かつ適切な解決を目指す方にはおすすめの制度です。
制度の対象となる紛争・ならない紛争
個別労働紛争解決制度では、労働トラブルに発展しやすいさまざまな問題を扱っています。詳しくは下表をご覧ください。 一方、対象外となる紛争もあるので注意が必要です。
対象となる紛争
- 解雇や雇止め
- 配置転換や出向
- 賃金など労働条件の引下げ
- 昇進や昇格
- 懲戒処分
- 労働契約(二重就業の禁止など、合併に伴う労働契約の承継など)
- いじめや嫌がらせ
- パワーハラスメント
- 募集や採用(あっせんのみ対象外)
- 損害賠償(退職に伴う研修・留学・資格取得費用の返還、会社の物品破損による弁償代など)
対象とならない紛争
- 労働組合と事業主間の紛争や、労働者間の紛争
- 裁判中である、すでに確定判決が出ているなど他の制度を利用している事案
- 労働組合と事業者の間で、解決に向けた話し合いが行われている事案
不利益な取扱いの禁止
個別労働紛争解決制度は、労働者と事業主の継続雇用を前提に、紛争の円満な解決を目指すことを目的としています。また、労働者・事業主どちらも自由に利用することが可能です。
したがって、会社は、労働者が都道府県労働局長による助言・指導、又はあっせんを申請したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることが禁止されています(個別労働関係紛争解決促進法4条3項、5条2項)。
これに反して不利益取扱いをした場合、その措置は無効となります。また、労働者から不利益に対する損害賠償請求がなされるおそれもあるため注意が必要です。
民間型のADR機関
ADRは、その提供機関によって民間型・行政型等に分類できます。
都道府県労働局(紛争調停委員会)によるあっせんは、行政型ADRのひとつとされており、個別労働紛争の解決を多く担っています。
しかし、個別労働紛争では以下のようなADRを利用することも可能です。それぞれ特徴をみていきましょう。
弁護士会の仲裁センター
各都道府県の弁護士会が運営する民間ADRです。弁護士や労働問題の専門家が当事者の意見を聞きながら話し合いを進行し、和解を目指します。また、あらかじめ当事者間に仲裁合意がある場合、当センターに仲裁判断を委ねて解決することも可能です。ただし、仲裁の内容について不服申立て等は認められないため注意しましょう。
また、双方の合意があれば、当事者が仲裁人を選択できる場合もあります。
ただし、仲裁センターの利用には、申立手数料や期日手数料(それぞれ数千円~数万円)、成立手数料(解決額の一定割合)がかかるのが通常です。
社労士会労働紛争解決センター
社会保険労務士会が運営する民間ADRです。あっせん委員が当事者の主張を整理しながら話し合いを進め、和解を目指します。
メリットとしては、個別労働紛争に特化した社会保険労務士が進行するため、専門性の高い対応が見込めるということです。また、必要があれば弁護士があっせん委員に加わる場合もあります。
なお、あっせん委員を務める社会保険労務士には、定期的に労働紛争処理に関する研修が行われています。そのため、高度な専門性が維持されているといえるでしょう。
ただし、利用には一定の費用がかかります。詳細は各センターによって異なりますが、数千円~1万円が相場となっています。
ADRの効力について
ADRは、双方の合意をもって成立となります。その内容は民事上の和解契約の効力をもつため、基本的に従う義務があり、のちにトラブルになる可能性も低いでしょう。
ただし、民事上の和解契約には強制力がないため、相手が義務を履行しないからといって、直ちに財産を差し押さえるなどの強制執行を行うことはできません。
このような状況で強制執行をするには、裁判所に訴訟を申し立て、合意内容に沿った判決を得る必要があります。
しかし、せっかくADRで解決したのに、訴訟を行うのは余計な手間がかかります。そこで、ADR成立後には、合意内容を「強制執行認諾文言付公正証書」に残しておくことをおすすめします。この公正証書があれば、のちに相手が義務を履行しなかった場合、訴訟等の手続きを経ることなく強制執行を行うことができます。
訴訟の流れについて詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある