フレックスタイム制において割増賃金の支払が必要となるケース
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
フレックスタイム制とは、一定期間(清算期間)の所定労働時間をあらかじめ定めておき、そのなかで労働者が自由に出退勤時間を決められるという働き方です。しかし、労働者が自由に決められるといっても、時間外労働や法定休日労働が発生した場合、使用者は割増賃金を支払わなければなりません。
ここでは、フレックスタイム制において割増賃金が必要になるケースについて、詳しく解説します。
フレックスタイム制における割増賃金
フレックスタイム制とは、一定期間(清算期間)を限度として、決められた総労働時間の中で、労働者が自由に出退勤時間や一日の労働時間を決められる、変形労働時間制のひとつです。
近年、日本にも少しずつ浸透してきている働き方のひとつですが、フレックスタイム制においても、法定労働時間を超えた時間外労働、法定休日労働、深夜労働に対しては、使用者は割増賃金を支払わなければなりません。
なお、フレックスタイム制、割増賃金の概要については以下の各ページで解説していますので、ぜひご参照ください。
働き方改革による清算期間の延長と割増賃金
フレックスタイム制において、総労働時間を定める期間のことを「清算期間」といいます。以前は清算期間の上限は1ヶ月とされていましたが、労働者がより柔軟に働けるよう、働き方改革の一貫として、2019年4月1日施行の改正労働基準法で3ヶ月に改められました(労基法32条の3第1項2号)。
清算期間が1ヶ月の場合と、それ以上の場合では、時間外労働のカウント方法が異なりますので、注意が必要です。
フレックスタイム制における時間外労働、また、働き方改革におけるフレックスタイム制については以下の各ページで解説していますので、ぜひご一読ください。
割増賃金の支払が必要なケース
法定時間外労働の場合
労働者に時間外労働をさせるためには、36協定の締結は必須となります。フレックスタイム制を採用している場合、1日単位の延長時間ではなく、1ヶ月、1年について延長時間の協定が必要です。
法定時間外労働に該当するのは、清算期間で設定された法定労働時間の上限を超過した分となります。
フレックスタイム制導入時において、法定労働にあたる時間の総枠を計算する方法は、
1週間の法定労働時間(40時間)×(清算期間の暦日数÷7)=清算期間における法定労働時間の総枠
です。
例えば、清算期間を1ヶ月としており、その月の暦日数が30日であれば、1ヶ月の法定労働時間について総枠は171.4時間となり、これを超過すると25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
特例措置対象事業場について
通常40時間と定められている法定労働時間ですが、一部例外となる対象があります。特例措置対象事業場がそれにあたり、法定労働時間は44時間とされています。
認識すべき点として、まず特例措置対象事業場に該当する業界は、「商業、映画・演劇業(映画の製作の事業は除く)、保健衛生業、接客娯楽業」です。加えて、「常時10人未満の使用者を使用している」という条件があります。
ただし、上記条件に当てはまっても、36協定の締結・届出と割増賃金の支払いが必要な場合があります。清算期間が1ヶ月を超え、かつ週に平均40時間を超えて労働させるケースです(労働基準法施行規則25条の2第4項)。
フレックスタイム制を導入している特例措置対象事業場において、1ヶ月の法定労働にあたる総枠時間を計算する方法は、
1週間の法定労働時間(44時間)×(清算期間の暦日数÷7)=清算期間における法定労働時間の総枠
です。例えば清算期間を1ヶ月としており、その月の暦日数が30日であった月の場合、188.5時間が総枠となります。
清算期間が1ヶ月を超える場合について
清算期間が1ヶ月を超えるフレックスタイム制の場合、清算期間における総労働時間が法定労働時間の総枠を超えた部分に加えて、1ヶ月ごとに週平均50時間を超えた労働時間は時間外労働となります。
まず、1ヶ月ごとに週平均50時間を超えた労働時間に対して25%以上の割増賃金の支払いをします。さらに、上記で50時間を超えたものとしてカウントした労働時間を除いた上で、清算期間を通して法定労働時間の総枠を超えて労働した時間も時間外労働とし、割増賃金の支払いが必要になります。
そのため、例えば、月によって繁閑差が大きい会社だとしても、閑散期に労働時間を減らし、繁忙期に労働時間を増やすことで、清算期間全体では時間外労働を発生させず、割増賃金を支払わないということはできません。
清算期間の最後が1ヶ月に満たない場合
フレックスタイム制では、1ヶ月ごとに週平均50時間を超える分は時間外労働となり、割増賃金が発生しますが、清算期間が1ヶ月に満たない期間が生じた場合は、その期間を前月に加算し、1.5ヶ月等として取り扱います。そして、その期間を平均して週平均の労働時間を算出し、50時間を超えていれば割増賃金を支払うことになります。
深夜労働の場合
労働基準法では、労働者を午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が認める場合においては、その定める地域または期間については午後11時から午前6時まで)の深夜時間に労働させた場合、25%以上の割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条4項)。
これはフレックスタイム制でも変わらず、労働時間が午後10時から午前5時のあいだにかかった場合、深夜労働として扱い、割増賃金を支払う必要があります。
深夜労働に関しては以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
休日労働の場合
労働基準法では『使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも一回の休日を与えなければならない(35条1項)』と定められており、これを法定休日といいます。
フレックスタイム制において、法定休日に労働させた場合、清算期間における総労働時間や、通常の時間外労働とは別に扱い、35%以上の割増賃金を支払わなければなりません。法定休日における労働は、すべて休日労働としてカウントします。
なお、法定外休日(例:土日が休日で、日曜日が法定休日、土曜日が法定外休日の会社における土曜日)の労働は、時間外労働の扱いになりますので、法定労働時間の総枠を超えて労働した分として(清算期間を1ヶ月以上と定めた場合には、週平均50時間を超える分も同様)、25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
労働における休日の定義や取扱いなどに関しては以下のページで詳しく解説していますので、ご参照ください。
フレックスタイム制で割増賃金を計算する際の注意点
36協定の締結
フレックスタイム制は労働者が自由に出退勤時間を決められる働き方ですが、清算期間における労働時間の総枠(<法定時間外労働の場合>参照)を超えて労働させる場合や法定休日労働をさせる場合は、36協定の締結・届出が必須となります。
36協定とは、労働者に時間外労働、休日労働をさせようとするとき、労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者と協定を結び、届け出るというものです。この協定を締結・届出していなければ、時間外労働などをさせることは一切認められません。36協定の締結・届出なしに時間外労働などをさせた場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(労基法119条)に処されるおそれがあります。
36協定に関しては以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご一読ください。
中途入社や途中退職の労働者
フレックスタイム制における清算期間を1ヶ月以上に設定している場合、中途入社者や途中退職者など、労働した時間が清算期間に満たない場合もあるでしょう。そのような場合、実際に労働した時間を平均し、週40時間を超えて労働していた場合、その超過分について、時間外労働として25%以上の割増賃金の支払いが必要になります(労基法32条の3第2項)。
清算期間が同じフレックスタイム制の事業場に異動した場合
異動先の事業場が、清算期間が同一であるフレックスタイム制を採用していたとしても、締結している労使協定が異なる場合、労働時間を合算することはできません。そのため、異動前と異動後の各事業場で労働した期間のみを考慮し賃金の清算を行うことになります。別々に清算し、それぞれ労働時間の週平均が40時間を超えていれば時間外労働となり、25%以上の割増賃金の支払が必要になります。
清算期間の途中でフレックスタイム制を導入していない事業場に異動した場合
清算期間中に、フレックスタイム制の事業場からそうでない事業場への異動がある場合、異動前の事業場での労働期間についてはフレックスタイム制に、異動後の分は通常の労働時間制度に従った賃金計算を行います。
例えば、清算期間が3ヶ月と設定されたフレックスタイム制の事業場で2ヶ月勤務したのち、3ヶ月目から異動となった場合、1ヶ月目はフレックスタイム制に従った賃金を支払います(1ヶ月目での実際の労働時間が週平均で50時間を超過するときは、その分に対する割増賃金も支払います)。2ヶ月目の賃金は、まず、実際の労働時間が週平均で50時間を超過するときには、その分に対する割増賃金を支払います。さらに1ヶ月目、2ヶ月目で週平均が50時間を超え時間外労働にカウントした時間を除き、週平均40時間を超える部分についても割増賃金を支払うことになります。
清算期間の途中に昇給があった場合
フレックスタイム制を利用し、清算期間が1ヶ月以上に設定されている事業場で期間中に昇給があった場合、割増賃金は賃金計算の締切日時点での賃金額をもとに確定します。
例えば、清算期間を3ヶ月とするフレックスタイム制を採用している事業場で、2ヶ月目の賃金計算の締切日前に昇給があった場合、1ヶ月目の実労働時間の中で週平均50時間を超過する分の割増賃金は、昇給前の賃金を基礎として計算をします。一方、2ヶ月目、3ヶ月目の実労働時間のうち週平均50時間を超過する分の割増賃金と、その清算期間において法定労働の総枠時間を超える実労働時間への割増賃金は、昇給後の賃金を基礎として計算することになります。
超過分の繰り越し
清算期間中の総労働時間に超過があった場合でも、超過した分の労働時間を次の清算期間に繰り越すということはできません。労働基準法24条に、賃金はその当月分として全額支払わなければならないと定められているからです。
例えば、清算期間が1ヶ月で、清算期間における総所定労働時間が160時間と定められているとします。1ヶ月の実際の総労働時間が180時間だったとき、超過分の20時間を次の1ヶ月に繰り越し、その月の労働時間に充当して総労働時間を140時間とするということはできません。超過分があった場合は繰り越しをせず、当月分として賃金を支払わなければなりません。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある