派遣の休業補償と休業手当について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

「休業補償」と「休業手当」は、言葉こそ類似しているものの、その意味・扱いはまったく異なります。これらは、派遣社員を抱える企業にとっても重要であり、きちんと理解したうえで運用していかなければなりません。そこで本コラムでは、休業補償と休業手当の違い、派遣契約が締結されている際に派遣元と派遣先のいずれが支払うべきか、新型コロナウイルスの感染拡大があり休業要請に応じた際の支払い義務といったことに関してわかりやすく解説していきます。

派遣社員にも休業補償・休業手当の支払いは必要か?

そもそも休業補償や休業手当は、派遣社員も支払いの対象となるのでしょうか?
まずは、それぞれの概要をチェックしていきましょう。

休業補償と休業手当の違いとは

(1)休業補償とは
労働者が、業務上負傷したり、病気を発症したりしたこと等により、労働することができない場合に、使用者は、当該労働者の療養中、平均賃金の100分の60を支払わなければなりません(労働基準法76条1項、以下、本コラムにおいて単に「法」といいます。)。この場合の支払いのことを“休業補償”といいます。

(2)休業手当とは
使用者が、使用者の都合によって休業をする場合に、使用者は、休業期間中労働者に平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければなりません(法26条)。この場合の支払いのことを“休業手当”といいます。

休業補償と休業手当については、以下のページでさらに詳しく解説しています。理解を深めていただくためにも、ぜひご一読ください。

休業補償・休業手当の対象者について

休業補償及び休業手当は、いずれも、使用者が、労働者に対し支払うべきものとされています。
したがって、支払いの対象者となるのは、使用者と雇用契約を締結している労働者となります。なお、雇用契約を締結していればよいため、非正規雇用といった派遣社員の場合も対象となります。

以下のページでは「休業手当の対象者」についてさらに詳しく解説していますので、併せてご覧ください。

支払い義務は派遣元・派遣先のどちらにあるのか?

派遣労働者が雇用契約を締結しているのは、派遣先ではなく派遣元です。派遣先は、派遣労働者と直接の契約関係にはなく、派遣元との派遣契約に基づき、派遣労働者からの労務の提供を受けていると考えられています。

したがって、派遣労働者の休業補償及び休業手当を支払う義務を負うのは、派遣先ではなく、派遣元です。

派遣先は休業補償や休業手当を一切負担しなくて良いのか?

では、派遣労働者から実際労務の提供を受けている派遣先は、果たして休業補償や休業手当の一切を負担しなくても良いのでしょうか?

実際のところ支払いを求められるケースもあるようです。具体的にみていきましょう。

休業補償で不足する部分の支払いを求められるケースも

派遣先の故意(義務違反であることを認識したうえで行うこと)又は過失(派遣先に通常必要とされる注意義務に違反すること)によって、労働者が休業を余儀なくされた場合には、派遣元は労働者に対し、休業補償だけでなく、賃金額全体を支払わなければならないと判断される可能性があります(民法536条2項)。

その場合、派遣先は、派遣元から派遣契約の違反があったとして、休業補償で不足する部分の支払いを求められる可能性があります(労働者派遣法29条の2)。

派遣先の都合で休ませた場合の休業手当は?

派遣先の都合で休ませた場合であっても、派遣先が、派遣労働者に対し、直接休業手当を支払うことは原則としてありません。

ただし、派遣先と派遣元の間で締結されている派遣契約に基づいて、派遣元に対し、派遣代金を支払わなければならないと判断される可能性があります。

派遣契約を中途解約した場合はどうなる?

派遣契約を中途解約した場合、それに応じて派遣元が、派遣労働者に対し、次の派遣先が決定するまでの期間休業手当を支払わなければならないと判断される可能性があります。

この点、仮に、派遣先の事情で派遣契約が解除された場合、派遣元は、派遣先に対し、派遣契約の内容に従って、派遣労働者に支払った休業手当分の費用を請求できる可能性があります(労働者派遣法29条の2)。

また、仮に、派遣労働者に能力不足や業務命令違反等の解雇事由があった場合には、派遣元は、派遣労働者に対し、休業手当を支払う必要はないと判断される場合もあります。

緊急事態宣言下における派遣社員の休業手当

緊急事態宣言下にあっても、派遣先の実施した休業が単に自主的に行われたものであった場合には、「使用者の都合」による休業であるとして、派遣元が、派遣労働者に対し、休業手当を支払わなければならないと判断される可能性が高いです。

また、緊急事態宣言下にあり、派遣先が、都道府県知事から施設の使用制限や停止等の要請・指示等を受けて休業をした場合について、厚生労働省HPには、「新型コロナウイルス感染症に関するQ&A(労働者派遣について)」問3において、派遣元は、「派遣先とも協力しながら派遣労働者の新たな就業機会の確保を図り、それができない場合はまずは休業等を行い雇用の維持を図るとともに、休業手当の支払等の労働基準法等に基づく責任を果たすことが必要」としております。

すなわち、派遣先が、都道府県知事から施設の使用制限や停止等の要請・指示等を受けて休業をした場合であっても、派遣元は、派遣労働者に対し、休業手当を支払わなければならないと判断される可能性があるということです。

なお、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた派遣元事業主が、派遣労働者の雇用の維持のために休業等を実施し、休業手当を支払う場合には、雇用調整助成金が利用できるケースもあるため、助成金を利用することをご検討ください。

休業補償・休業手当の不払いに対する罰則

休業補償の不払いについては、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処される可能性があります(法119条1号)。

また、休業手当の不払いについては、30万円以下の罰金に処される可能性があります(法120条1号)。

派遣社員の休業補償・休業手当に関する裁判例

ここで、派遣社員の休業補償・休業手当をめぐって争われた実際の裁判例をご紹介します。

【東京地方裁判所 平成20年9月9日判決(浜野マネキン紹介所事件)】

事件の概要

原告は、派遣元である被告との間で雇用契約を締結しており、派遣先で労務の提供をしていました。
あるとき、原告は、派遣先の従業員と高額商品の伝票処理を巡ってトラブルを発生させました。

このトラブルがあったことを主な理由として、派遣先は、被告(派遣元)に対し、原告の派遣を停止するように求めました。
そして、被告(派遣元)は、派遣先の主張するトラブルの内容や発生原因を調査することなく、原告に対し、派遣先に行かないように求めました。

その後、原告は、被告(派遣元)に対し、被告の行った行為は実質的に解雇であると主張し、解雇予告手当の賃金等の支払いを請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、被告の行為によって原告が派遣先で就労しなくなったとしても、被告に新たな派遣就労先を探す債務が生じるに過ぎず、原告と被告との間の雇用契約が終了したものではないため、被告の行為が実質的に解雇であるとはいえないと判断しました。

一方で、裁判所は、被告の行為は、原告の雇用契約に基づく労務提供を一時的に停止させる行為であると言えるところ、被告は原告と派遣先の女性従業員とのトラブルを特段調査することなく、派遣先の指示に従い原告の派遣を停止させたため、原告が労務提供をすることができなかったのは、使用者である被告の責めに帰すべき事由によるものであるから、原告は、労務提供の反対給付である賃金請求を失わないと判断しました(民法536条2項)。

ポイント・解説

この裁判例のポイントは、派遣元が、派遣先のクレームに対し、当該クレームの内容や原因について調査をせず、派遣先との関係性を重視する等して派遣労働者を休業させた場合には、休業手当相当額のみではなく、民法536条2項に基づき、賃料全額について支払義務を負う可能性があるという点です。

派遣元は、派遣労働者と締結している雇用契約に基づき、派遣労働者が労務提供をする場をできる限り提供する義務を負っており、この裁判例は、派遣元が派遣労働者の帰責事由に基づき派遣を停止するには、慎重な調査を要するとともに、他の派遣就労先を提供できるよう努めなければならないという考えを改めて示したものであると考えられます。

休業補償・休業手当に関して派遣社員とトラブルにならないためにも、弁護士に相談したうえで正しい対応をとることが重要です

新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、派遣元及び派遣先の企業が、休業補償・休業手当に関し、派遣社員に対し、どのように対応すれば良いかを判断することは困難を極めるといえるでしょう。

自社で対応した際に、判断を誤り、派遣社員とトラブルを生じさせた場合には、訴訟等により紛争が長期化することも想定されます。

判断を迷う場合には、ぜひ、労務の専門家である弁護士に一度ご相談ください。

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執筆弁護士

弁護士 アイヴァソン マグナス一樹
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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