監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
近年、職場でのメンタル不調が原因で自殺に至るケースが増えています。社内で自殺者が出ると、会社はさまざまなリスクを負うため注意が必要です。
従業員のメンタル不調を防ぐには、日頃からのケアや対策が重要です。また、万が一自殺者が出てしまった場合も、冷静に事実確認などを進める必要があります。
そこで本記事では、メンタルヘルス対策の流れや方法、自殺者が出た場合の適切な対応などを詳しく解説していきます。ぜひご覧ください。
目次
メンタルヘルスを原因とする自殺者の近況
厚生労働省の調査によると、令和4年度の自殺者数は2万人を超え、前年度を上回る結果となりました。また、男女別にみると、男性の方が女性よりも2倍近く自殺者が多いことがわかっています。
自殺の原因で最も多いのは、「健康問題」つまり「心身の病気」です。その中でも、うつ病による自殺者だけで約3割を占めています。
うつ病を発症するきっかけはさまざまですが、会社での人間関係やいじめ、ハラスメントなども大きな要因のひとつです。メンタル不調を抱えたまま仕事を続け、ストレスが蓄積した結果、自殺に至ってしまうケースも少なくありません。
そのため、企業は従業員のメンタル不調を早期に発見し、適切な措置を講じることが重要といえます。
従業員の自殺で企業が問われる責任やリスク
従業員が自殺すると、企業も責任を問われる可能性があります。
企業は従業員を雇うだけでなく、その健康や安全を守る義務も負っているためです。
具体的には、以下のようなリスクが考えられます。
- 損害賠償責任
- 労災認定
それぞれどんな責任を負うのか、以下で詳しく解説します。
損害賠償責任
従業員が自殺すると、企業は「安全配慮義務違反」による損害賠償責任を負う可能性があります。
安全配慮義務とは、従業員が安心・安全に働けるよう、職場環境に配慮しなければならないという義務です。
例えば、慢性的な長時間労働を放置し、それが原因で従業員がうつ病を発症、自殺したような場合、企業は必要な安全配慮義務を怠ったと判断される可能性があります。
遺族から損害賠償金を請求され、高額な支払いが命じられることもあるでしょう。
うつ病による自殺で安全配慮義務違反を認めた判例
【平成24年(ネ)第453号 札幌高等裁判所 平成25年11月21日判決】
〈事件の概要〉
医療法人Yに臨床検査技師として勤務していたXが、長時間労働等が原因でうつ病を発症し、自殺に至った事件です。Xの遺族は、Yの安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求を行いました。
〈裁判所の判断〉
Xは、難易度の高い超音波検査に備えるため、自殺直前には業務終了後に「月96時間」もの自習時間を設けていました。この点、裁判所は以下の点を考慮し、Yの安全配慮義務違反を認めています。
- Yはタイムカードで勤怠管理をしており、Xが長時間労働していることを容易に把握できた
- Xの上司も臨床検査技師であり、技術の習得に相当な時間がかかると認識していた
- 96時間に及ぶ自習時間は、時間外労働と同視できること
以上の事実から、Yは「Xがうつ病を発症すること」を予見可能だったと認めています。そのうえで、YはXの自習時間を削減し、超音波検査に対するプレッシャーを減らすための具体的な対策・措置を講じる必要があったし、当該措置を怠ったYの安全配慮義務違反を認めました。
労災認定
うつ病が原因で自殺に至ったケースで、うつ病が労災に認定されると、「自殺の原因=仕事」だと認められることになります。そのため、企業の責任も一層大きくなると考えられます。
うつ病が労災にあたるかは、以下の要素を考慮して判断されます。
- 業務遂行性
うつ病が使用者の指揮命令下にある状態で発症したこと
例:オフィスや工場で作業していた場合、上司の許可を得てテレワークしていた場合 など - 業務起因性
うつ病と業務の間に因果関係があること
例:極度の長時間労働が続いていた場合、トラウマになるほどの嫌がらせを受けた場合 など
うつ病による自殺で労災が認定された判例
【平成13年(コ)第28号 名古屋高等裁判所 平成15年7月8日判決、トヨタ過労自殺事件】
〈事件の概要〉
トヨタ自動車に勤務していた男性Xがうつ病を発症し、自殺した事件です。
男性の妻は労働基準監督署に労災申請を行いましたが、「自殺と業務に因果関係がない」として認定されませんでした。これに対し、妻が取り下げを求めて訴えを起こしたのが本事件です。
〈裁判所の判断〉
精神疾患による労災認定は、心理的負担の大きさを考慮して検討されます。
この点、裁判所は、Xの自殺前の残業時間(月50時間程度)などを踏まえ、「心理的負担は“中程度”である」と判断しています。つまり、心理的負担だけを見れば、うつ病を発症するほどではないということです。
一方、その過程では「上司からの執拗なパワハラ」が繰り返されており、また、業務が非常に過密だったことから、「総合的な心理的負担は“強”に及ぶ」と指摘し、最終的にXの自殺を労災として認定しました。
従業員の自殺を予防するために何ができるのか?
従業員の自殺を未然に防ぐには、「メンタルヘルス対策を徹底すること」が非常に重要です。具体的には、以下の3つの対策が求められます。
- ①メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)
- ②メンタルヘルス不調の早期発見と適切な対応(二次予防)
- ③職場復帰支援(三次予防)
厚労省『職場における心の健康づくり 労働者の心の健康の保持増進のための指針』
このほか、日常的なメンタルケアも重要になります。詳しい方法や流れは、以下のページをご覧ください。
メンタルヘルス不調の未然防止
メンタル不調を生まない、快適な職場環境を整えます。
例えば、「仕事量が多い」「プレッシャーが大きい」「人間関係が悪い」といった状況はストレスを生みやすいため、早期に発見し排除することが重要です。
これらのストレス要因を探るには、定期的に「ストレスチェック」を行うのが有効です。
ストレスチェックでは、従業員が抱える“ストレスの大きさ”や“その原因”を可視化できるため、メンタル不調を起こす前に対策・予防することが可能となります。
メンタルヘルス不調の早期発見と適切な対応
メンタル不調の早期治療を促し、悪化を防ぐための取り組みです。例えば、以下のような方法が効果的です。
- 相談窓口の設置と周知
- 定期健康診断の実施
- メンタルヘルスに関する研修や教育
これらの対策により、従業員は自分のメンタル不調にいち早く気付くことができます。
また、会社もメンタル不調を見逃さず、すぐに適切な対応をとることが可能です。ストレスの程度を考慮し、「配置転換」や「休職」などの措置を検討しましょう。
なお、休職などの判断にあたっては、産業医や医師の協力が不可欠です。日頃から連携をとり、いざという時すぐに対応できるようにしましょう。
また、相談窓口の担当者を「産業保健スタッフ」に任せるのも1つの方法です。
職場復帰支援
休職中の従業員がスムーズに復帰できるよう、サポート体制を整備します。また、メンタル不調の再発防止にも努める必要があります。例えば、以下のような対策が挙げられます。
- 休職者への精神的フォロー
- 時短勤務などのリハビリ出勤
- 職場復帰支援プログラムの実施
- 簡易作業への配置転換
どのような措置が必要かは、産業医や主治医に相談のうえ決定するのが基本です。復帰が早すぎたり、復帰後の仕事が合わなかったりすると、メンタル不調を再発しやすいため注意が必要です。
職場で自殺者が出たときに企業が取るべき対応
従業員が自殺した場合、まずは遺族にお悔やみの言葉を述べるなど、常識的な対応が求められます。また、遺族の意向があれば話を聞き、悲しみに寄り添うことも重要です。
ただし、遺族の中には「自殺の原因は会社にある」と主張してくる人もいます。
会社としては、以下の資料などから勤務実態を把握し、「自殺と仕事の因果関係」を調査することが重要です。
- タイムカードの記録
- パソコンのログ
- 上司や同僚へのヒアリング
- ハラスメントの有無
- 自殺前の健康状態
過重労働や社内いじめが認められる場合、会社の責任を問われる可能性が高いでしょう。
なお、因果関係がない場合でも、労災申請手続きにはある程度協力するのが望ましいです。事業主の署名・捺印、事実確認の記載などには応じるようにしましょう。
よくある質問
うつ病で自殺未遂をした従業員に対し、会社はどう接するべきでしょうか?
うつ病の原因が会社にある場合、まずは事実確認を行い、対応を検討します。
例えば、「過重労働」であればタイムカードの記録、「ハラスメント」であれば対象者へのヒアリングなどを参考に、会社の責任の程度を慎重に判断します。会社の責任が認められる場合、謝罪や損害賠償金の支払いなど、適切な対応をとることが重要です。
対応に迷われる場合、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
メンタルヘルス不調がみられる従業員に対し、医療機関への受診を勧めることは可能ですか?
医療機関への受診を勧めること自体は問題ありません。
ただし、本人が拒否した場合、受診を強制することはできないと考えられます。医療機関への受診を勧める際には、従業員のプライバシー等に配慮し、不要なトラブルが生じないように気を付けましょう。
メンタルヘルスが原因で自殺者が出たことは公表されますか?
自殺者が出たからと言って、必ずしも公表されるものではありません。
ただし、極度の長時間労働が原因で自殺したような場合、「労働基準関係法令違反に係る公表事案」において、事案の概要とともに自殺者が出たことを公表されてしまう可能性があるため注意が必要です。
企業のメンタルヘルス対策については、企業労務に強い弁護士にご相談下さい
メンタルヘルスの問題は目に見えないため、対応が遅れてしまうことも多いです。
また、予防措置など会社が配慮すべき点も多く、社内で体制を構築・運用することは極めて難しいといえます。
弁護士法人ALGには、これまで数多くの企業トラブル・紛争を解決してきた実績があります。豊富な経験から培った知識やノウハウを活かすことで、会社にとって適切な体制づくりを提案し、運用をサポートしていくことができます。
「従業員の自殺」という最悪の事態を防ぐためにも、メンタルヘルス対策や職場環境づくりにお困りの方は、ぜひ一度弁護士法人ALGにご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所シニアアソシエイト 弁護士大平 健城(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある